失った故郷の夢
―――天空教。大神官マルドゥの神託『二つの月が交わり太陽を飲み込んだ後』
―――ヴェルーサ教。聖メレルの託宣『世界を救う救世主に光の聖痕が輝き』
―――魔娑羅教。総父主マイヤートの預言『世界を滅ぼす魔の王に血の印が刻まれる』
統一歴1250年、冬至。
エルード大陸中の神官や巫女の背にその言葉が刻まれた。
それが一人の少年の運命を変える。
◆◆◆
僕には大切で大好きな家族がいた。
魔術のない前世に悩まされる僕が不安でたまらなかったときに優しく受け入れてくれ、楽しくも忙しい毎日を一緒に過ごした家族。
日だまりのように温かで、どんな不安も軽やかな風に吹かれて飛んでいく。
そんな日々だった。
◆◆◆
何度も何度も夢に見る。
もう見過ぎて彼はそれが夢だと分かっている。
それでも眠れば夢を見てしまう。
そこに広がっているのは滅びゆく街。
夜空を赤かと照らす炎。
街の中心にそびえる塔が崩れ落ち、大通りにはもう息をしていない人たちが折り重なるように倒れていた。火の手はあちらこちらで建物をなめ尽くし、熱気と灰が彼の身に降りかかる。
もだえるような熱さの中で、彼は逃げもせずに動くことさえできない。
ただ目の前の影。赤い火を背にして彼を見つめる何かに震えている。その影は自分の大切な人たちを奪った憎悪するべき相手。
しかし、彼の心を占めるのは、憎悪や絶望ではない。
彼の心を覆い尽くすのは恐怖。
自分はここで死ぬんだと背筋が凍り付き全身が硬直して動かない。
なんて、無力なんだ。
そう心の冷静な自分が彼を呪った。
影の後ろで、不意に大きな音を立てて燃えていた家屋が崩れ落ちた。
その音に反応して震えていた彼の体が後ずさった。
光がなくなり、燃える街で顔が橙色に浮かび上がる。
嘲笑に口を歪ませている影は女だった。紫の長い髪、照らされている顔は怖気るほどに妖艶。絹のような光沢を放つ黒いローブからはその見事な体つきが隠し切れていない。
だが、異形。
死人のように青白い肌、こめかみから伸びる山羊のような曲がりくねった角、そして背中に映える黒い羽。
魔族。人に徒なす魔の種族。
魔族の女は妖艶な顔で醜悪に嗤う。
「みぃつけた」
その言葉を聞いた瞬間―――。