第三話
遅れました、第三話です
ステータスを開き、数秒だけ見てから視線を四人と1頭の集団に戻す。
どうやらさっき俺が放った電撃を警戒し、近寄ってこようとせずに
遠距離から攻撃を加えるつもりらしい。
目の前の男から魔法が放たれる前に、急いで巨木の裏に回り込もうとする。
だが、鎧の女が俺の行動を阻む様に短剣を投擲してきた。
「うわっ!?」
思わず悲鳴を上げて右手に持っていたサバイバルナイフを咄嗟に振るう。
運の良いことに、俺が振るったナイフは短剣を弾き飛ばした。
そのまま巨木の裏に回り込んで身を隠す。
すると、鎧の女の呟く声が聞こえた。
「弾かれた…!?」
おお。向こうの言ってることが分かる!
いや、そんな事に感動してる場合じゃないよ。
何かこの状況を打破できるものは…?
切羽詰まりながら自分のステータスを改めて確認する。
すると、ふと二つの『技能』が目に留まった。
『詠唱簡略D』『魔術辞典』
急いで『技能』の項目に触れ、内容を確かめる。
…よし、これは使える!
「隠れてないで出てきたらどうだ!?」
隠れている俺に対して鞭の男が怒鳴る。
ふん、言われなくても今から出てやるさ!
ナイフを左手に持ち替えてから巨木の影から飛び出し、逃げるように駆けだす。
「逃がすか!」
鞭の男が叫び、光球を俺に向けて撃ちだす。
さっきは不意を突かれてまともに喰らったが今度はそうはいかない!
立ち止まって振り返り、高速で飛翔してくる光球に右掌を突き出し叫ぶ。
「魔力の盾!」
俺の詠唱に呼応し、不可視の壁が出現する。
光球と魔力の盾は衝突し、白一色の爆発を起こす。
「なっ!?」
撃ちだした光球を防がれた男は驚いている。
周りにいる奴等も俺が突然魔術を使いだした事に驚いている様だ。
「電撃の矢!」
魔術名を叫ぶと同時に、突き出したままの右掌が一瞬青白く輝き、次の瞬間電撃を撃ちだす。
超高速の電撃は真っ直ぐに鞭の男に飛翔して…
「何をしているゼラフ!」
男のすぐ前に瞬間移動した鎧の女にサーベルで切り払われた。
なんて滅茶苦茶なことしやがるんだこいつ!?しかも感電した様子もないし!
「すまんモルタナ、油断していた。
だがこいつ…いきなり魔術を使いだしたぞ」
「ふん、相手は魔人だ。
魔術を使って当然だろうが!」
……そうだ。
何でこいつらはいきなり襲ってきたんだ?
今モルタナって呼ばれた女は魔人がどうのって言ってるが…。
駄目元で話しかけてみるか。
「お前ら、何故俺に襲い掛かった?」
未だにサーベルを構えたままのリーダーらしい女、モルタナ?に問う。
俺に質問されたモルタナは意味が分からないとでも言いたげな表情で答えた
「…何を言っている?貴様ら魔人は我等の敵だろうが?」
…成程。どんな手段かは知らないが、こいつらは
俺、つまり『魔人』がここに現れたことに気付いた。
『魔人』という種族は人間にとって敵らしい。だから討伐しに来たと。
ある程度理解した所で、左手に持っていたナイフを右足のナイフホルダーに納める。
「…何のつもりだ」
警戒するようにモルタナが問う。
俺は正直に答えた。
「…俺はついさっきこの世界に転移したんだ。
この世界の事もよく知らないし、誰かに害を成そうなんてつもりも無い。
…この通りだ、武器を収めてくれないか?」
俺の返答を聞いた四人は警戒心剥き出しにして俺を見据えている。
数十秒経って、騎兵が噛みつくように言った。
「そんな話信じられる訳ないだろうが!
武器を収めた程度じゃ信用ならねぇな!」
それを鞭の男…確かゼラフと呼ばれていたな。
ゼラフが止め、俺に質問してくる。
「…よせ、ドレッド。
おいお前、本当に害を成す気はないんだな?」
「ああ、そうだ」
俺の返答を聞いたゼラフは、懐から札を取り出してこちらに飛ばしてきた。
飛ばされた札は俺の足元に落ちる。
「それは封魔札って物だ。
魔人や悪魔の魔力の使用を封印する効果がある。
害を成す気が無いのなら、それを自分で貼りつけてもらおうか」
「…さっきの札のような物じゃないんだな?」
「ああ、魔力を封印するだけのものだ。
ダメージは入らない」
札を拾い上げ、無造作に肩に張り付ける。
確かにさっきの様な熱と痛みは出なかった。
「…これでいいか?」
ゼラフの顔を真っ直ぐ見ると、ゼラフはモルタナに視線を向ける。
視線を向けられたモルタナは鞘にサーベルを収め、俺に近づいてきた。
お互いに手の届く距離まで接近し、じっと俺の目を見据えてくる。
「……成程、騙されて攻撃されるかもしれないというのに
ここまで近づかれても何もしないか…。
ふむ、お前の言う事をとりあえずは信じよう」
モルタナの言葉を聞いて安心し、その場に座り込む。
すると樹上から弓使いが俺の近くに音もなく飛び降りてくる。
弓使いは丁寧な口調で、地面に座り込んでいる俺に話しかけてくる
「魔人殿、お名前を聞かせてもらってもよろしいですかな?」
「え?春か…いや、え~っと…」
異世界に転移して日本語の名前ってのも…。
それに、あの世界での俺はもう死んだんだ。
生まれ変わったつもりで、これからは別の名を名乗ろう。
…どんな名前にしようか?
「あ~…っと…。れ、レッドアイ・ヴェルゼブ」
自分で名乗っておきながらあれだが凄い恥ずかしい。
ルビーの義眼だからレッドアイってそのまんま過ぎるだろ。
ヴェルゼブはあの悪魔の名前をもじったものだが…。
元の世界だったら「厨二乙www」とか言われそうな名前だ…。
「ふむ、レッドアイ…が名でヴェルゼブが姓であっていますかな?」
「あ、あぁ」
「私の名はオーソン・メギスと申します。
以後、お見知りおきください。
…ところで、先程戦っていた時、私が放った矢を掴み取ったのは…」
「え?あぁ、あれは偶然できたというか…」
「不意を突くように放った矢を掴み取るその反射速度、お見事でした」
「いや、そんな褒められても反応に困る…」
「オーソン、会話はそこまでにしてくれ。
レッドアイとやら、お前に質問がある」
俺とオーソンの会話に割り込んだモルタナは
どこからいつの間に出したのやら、椅子に腰かけて寛いでいる。
しかも一緒に置かれたテーブルの上にはティーセットまで置いてある。
ドレッドと呼ばれていた騎兵とゼラフも椅子に座ってこちらを見ている。
「掛けて構わん、オーソンもこっちに来い」
モルタナは空いている二つの椅子に俺とオーソンを腰掛けるように促す。
促されるまま椅子に腰かけると、モルタナはティーカップに注がれた茶を
一口飲んでから、こちらを見透かすかのような目で見据え、話を切り出した。
「さて、まずは何故お前はこの世界に転移してきたのかを知りたい。
…まぁ、本当に転移してきたのか疑わしいが」
一瞬で表情が険しい物になったのが自分でもわかる。
吐き捨てるように問いに答える。
「それは……言いたくない、前の世界の事なんて思いだしたくもない」
「……そうか。では次の質問だ。
どうやってこの世界に転移したんだ?」
「元の世界で胡散臭い奴から聞いた、悪魔の召喚を試したんだ。
何もせずに死ぬよりかは最後に何か試してみてやろうと思ってな」
「胡散臭い奴?」
「あぁ、顔を隠してはいたが黒髪の、長髪の女だった。
旅の占い師とか言っていた。
出会ったのは何ヶ月も前だし、それから一度も会う事は無かったがな」
「ふむ……では次、恐らくは貴様が転移した時だと思われるが
悪魔か魔人の物と思われる邪悪な魔力がこの森から確認された。
我々はその魔力の発生源の調査、そして原因の排除に来ていたんだが
その魔力の発生源はお前なのか?」
「…いや、俺じゃないと思う。
そもそも魔力の扱い方をほとんど知らない。
予想だが、転移するときに俺が召喚した悪魔の魔力が
一緒に流れ込んだりしたんじゃないか?」
「そんな事がありえるのか?
…一応聞いておくが貴様が元居た世界の悪魔に名や爵位はあるのか?
あるのなら、その悪魔の名と爵位を教えてくれ」
「あぁ、分かった。
名はベルゼブブ、爵位は…確か君主だとか王子だとか、魔神と言われていたりもしたな。
時代や研究者によって解釈が違ったからはっきりとはしないが
悪魔の中でも最上位に位置している。」
俺の返答を聞いたモルタナは視線を落とし眉間に皺を寄せ、難しい顔をして考え込む。
そして数分たった後、再び俺に質問する。
「……この世界でも悪魔は召喚し、使役することは出来る。
だが、術者の力量にもよるが伯爵辺りが限界だ。
そちらの世界では君主や魔神であっても召喚、使役が可能なのか?」
「……いや、そういえばベルゼブブやそれに並ぶ悪魔は
人間にはそもそも召喚すらできないと言われていた…筈…」
なら何故俺はあの時ベルゼブブを召喚した上に、その力を借りることが出来たのだろうか。
そんな俺の疑問に重ねるようにモルタナが質問してくる。
「…なら、何故貴様はその大悪魔を召喚、使役できたんだ?」
「分からない…。
…あ、そういえば一つ気になる事があった」
「気になる事?」
「あぁ、俺は正真正銘元の世界じゃ人間だった筈なんだが
ついさっき、戦ってた最中に自分のステータスを見た時
種族が魔人になっていたんだ」
「種族が魔人に?」
「あぁ、この世界では種族が変わる事があるのか?」
俺の問いにモルタナは顎に手を当て、記憶を辿りながら答える。
「…いや、私が知っている限り人間の種族が変化したという例は
魔術や死ぬことによりアンデッドとなる以外には聞いた事が無い。
それと、魔人は文明種族全ての天敵とされている」
「え…そ、それは何でだ?」
「魔人は、魔物が魔力を蓄えて変化…この場合は進化か?
…まぁ、そういった者たちの種族が魔人なのだ。
この世界を滅ぼそうとした魔神、イヴリアムを崇拝し
いつの日か、この世界に生きる文明種族の全てを滅ぼそうと画策している。
我ら文明種族に危害を加える気はないと言った魔人は貴様が初めてだ。
…貴様の言う事を信じるなら、だが」
モルタナはそう言うと、俺の隣に座っていたオーソンに視線を向ける。
視線を向けられたオーソンは何かを察したようだ。
「…分かりました、ではヴェルゼブ殿。失礼します」
何の事だか分からず、呆けていると
オーソンは俺の方に椅子ごと体を向け、俺に手をかざして詠唱する。
「彼の者を見通し、看破せよ、『解析』」
詠唱が終わると同時にこちらに向けられたオーソンの掌に
握り拳ほどの大きさの魔法陣が一瞬浮かび上がり、発光する。
するとオーソンは手元辺りを凝視し、視線を往復させている。
数分後、顔を上げたオーソンはテーブルの方に向き直った。
「なるほど、確かに種族は魔人ですな。
Lvも1なのでこの世界に転移したばかりというのも事実でしょう。
多少気になる点はありますが…信じて問題ないかと。
…まぁ、モルタナ殿は話を聞き始めた時から分かっていたのでしょうが」
なるほど、『解析』は対象の情報を読み取れる魔術なのか。
いや、それよりも最後に言った事の方が…
「勝手にばらすとは人が悪いなオーソン?」
モルタナがオーソンの最後に言った台詞に対し
じろりと睨みつけ、不機嫌そうに言う。
…分かってたってどういう事だ?
そんな俺の思考を読むかのようにゼラフが俺に対して言う。
「モルタナは相手の考えてる事を読む技能、『読心』を持ってるんだよ。
まぁ、その事を知ってる奴は防げるし、格上の相手にゃ通用しないがな」
考えてる事を読む…って、いつから読まれてたんだ?
いや、オーソンの言う通りなら話し始めてた時から読まれてたのか…。
モルタナはどうやら油断ならない性格のようだな…。
「…あぁ、悪かった。悪かったよ。そんな睨みつけないでくれないか?
貴様が嘘を言っていない事が証明できたのだから悪くはないだろう?
あぁそうだ、これを渡しておこう。着けておくといい」
モルタナはそう言うと、俺に自分が掛けていたネックレスを渡してきた。
小さく青い光沢をもつ石がヘッドにあしらわれている。
「解析」
小さく唱えて手に持ったネックレスを対象に魔術を発動させる。
するとネックレスを持った手の上に発光する文字が浮かび上がる。
~正しい対象ではありません。『鑑定』を使用してください~
…あれ?解析は使えないのか?
対象ごとに対応してる魔術が違うのか…。
気を取り直してもう一度唱える。
「鑑定」
~隠蔽の首飾り~
銀と蒼水晶を用いて作られている。
装備者にステータス隠蔽Bを付与する。
特定の魔術に対し偽装効果を発揮する。
このネックレスがどういう物かは分かったが、何故これを俺に?
目線を文章から外し、モルタナに質問しようとした時
モルタナが丁度椅子から立ち、指を鳴らした。
するとテーブルが音もなく掻き消える。
「さぁ貴様ら、立て。
もうここに用はない。ギルドに移動するぞ。
レッドアイ、貴様も一緒に来い」
「は?」
いや、なんか俺の種族…魔人って悪者らしいのに
そんな堂々と街に入っていいのか?
「だからそれを渡したんだろうが。
さ、早くそれを首に掛けろ」
また人の心を読んでるよ。読心ってどうやって防ぐんだ?
心の中で愚痴りながら渡されたネックレスを首に掛け、椅子から立ち上がる。
全員椅子から立ち上がったことを確認したモルタナは再び指を鳴らし、椅子を何処かへと消し去る。
「よし、では転移するか。
…ではまず練兵場に飛び、その後に部屋に飛ぶぞ。
さぁドレッド、騎獣に跨っておけ。
3…2…1…0!」
モルタナのカウントダウンと共に足元に発光する魔法陣が展開し
視界が白い光に包まれていく。
―――
何処かの寂れた街の外れに建っている古い屋敷に隠されている地下室。
燭台の蝋燭のぼんやりとした光で照らされたその空間に7人の男女が
大きな魔法陣を囲むように置かれた黒石の玉座に座っている。
7人の男女は黒いローブを纏い、その素顔は
杖に絡みつく赤い蛇が描かれた白い仮面で隠されている。
地下室を包んでいた沈黙を破り、黒い髑髏で装飾された杖を持つ男がくぐもった声で告げる。
「…異世界の者が現れた」
杖を持つ男はそれだけ言うと、魔法陣の端をその杖で突く。
突かれた端から魔法陣は赤く発光し、地下室が赤い光で照らされる。
魔法陣の中心には光の羅針盤がうっすらと浮かび上がり、ある方角を示している。
「…ウルテオ北部の方向」
示された方向を見て、フードと仮面の隙間から赤髪が覗く女が呟く。
その呟きと共に、バチリと大きな音が響く。
「落ち着け。ウルテオは貴様の担当ではない」
杖の男から窘められた大柄な男は袖口から紫電を発生させている。
「…ウルテオ担当は私と彼ら」
不気味な装丁を施された本を持つ女が、金髪の長髪の男と隻腕の男に視線を向ける。
視線を向けられた隻腕の男は浮かび上がる光の羅針盤を見つめている
黒髪の長髪の女が杖の男に視線を向ける。
視線を向けられたことに気付いた杖の男は面倒そうに告げる
「ああ…行って構わん、アルラ」
アルラと呼ばれた女は小さく頭を下げて玉座を立ち、左腕を振る。
するとその姿は一瞬のうちに掻き消えた。
それを皮切りに他の者も席を立つ。
玉座に腰かけたままの杖の男が告げる
「…あの者が作った好機だ、この機会を逃す訳には行かん」
それを聞いた5人は小さく頷き、各々の方法で地下室から姿を消した。
やがて魔法陣の発光は収まり、再び薄暗くなった地下室で杖の男は呟く。
「…今度こそ」
そして杖の男も自らのローブの隙間から噴き出した黒い靄に包まれ、地下室からその姿を消した。