3話-ヤツは光と共にやってくる-
3話-ヤツは光と共にやってくる-
SIDE:???
「走りなさい、リリィ! いいから走る! 止まったら死ぬわよ!」
「ひぃ、ひぃ、やです。死にたくないです!」
真っ暗な夜の森の中、私達は全力で駆けていた。枝や草が肌に傷をつけ、うっすらと滲んだ血が衣服を容赦なく汚していくが、そんなことを気にしていられるような状況ではない。私とリリィは今まさしく、生きるか死ぬかの瀬戸際にいるのだから。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAA―――!!」
すさまじい怒りに満ちた雄叫びをあげながら、地鳴りと共に追跡者は私達を容赦なく追い続ける。
太い幹をした樹木を、まるで小枝のように容易く薙ぎ倒し、立ちふさがる岩を、まるで飴細工を砕くかのように粉砕し、それは徐々にだが私達に近づいてきている。
何故あんなモノがこの森にいるのか。まるで意味が分からない。私は悪い夢を見ているのではないか。
だって、こんなの。こんなの、あまりにも非現実的過ぎる。
「なんで、なんで、竜がこんなところにいるのよー!?」
「わ、わたしにも分かりませんよー」
そう今まさに、私達はこのイリアスでも最強の種と呼ばれる存在――『竜』に追われているのだ。
何故、こんなことになったのか。それを説明するには――そう。旅の途中で立ち寄った兎人族の村。そこで偶然仲良くなり、お世話になったリリィに何か一つ恩返しが出来ないかと、私がある提案をした所まで遡る。
■■■
「狩り、ですか? 今から?」
「ええ。ここ数日、私の分余分に食事作ってくれてるでしょ? 流石に申し訳なくってね」
「い、いえ。そんな、悪いですよ。もう夜も遅いですし」
「大丈夫大丈夫。こう見えて私、故郷では一番弓上手かったんだから。夜の狩りも何度も経験してるしね」
「で、ですが……」
「それに、いざとなれば、ドカンと魔法でふっ飛ばしちゃえばいいのよ。私の魔法の腕前、知ってるでしょ?」
「ん、んー。そう、ですね。あの森、そんなに危険な生物いなかったはずですし……」
「お、それじゃあ?」
「はい。申し訳ありませんがお願いできますか?」
「ええ。任せておい――」
「ただし、わたしも着いていきます。土地勘のある人がいる方がいいでしょうしね」
「――もう、リリィは心配症ねえ。私一人で大丈夫なのに」
「念のため、ですよ。じゃあ、ちょっと準備してきますので、待っててくださいね」
「はいはい」
■■■
あの時、ようやく族長より世界を旅する許可を得て、それに浮かれて思い上がっていた自分と出会えるなら、徹底的にその鼻っ柱を折ってやりたい。おそらく百発殴ってもまだ足りないだろう。
自分一人で危険な目に遭うのはまだいい。しかし、それに人を巻き込むのは一体どういった了見なのだと口汚く一晩中罵ってやりたい。
でも、それをするのはこの場をなんとか乗り切って、二人で生きて村に帰ってからだ。
「ハァ、ハァ、ハァ!」
走る足を止めることなく、素早く後ろより追跡してくる竜の姿を確認する。
全身を黄土色の硬い鱗で覆われて、羽はなく、ずんぐりとした体型。うん、間違いなく、地竜。それも身体のサイズからいって子供だろう。大人なら山くらい大きいらしいし。それなら――一矢は報いれるかもしれない。
「リリィ、あなたはこのまま、走って、逃げなさい」
「っつ、ベアトリスさんは、どうするん、ですか!?」
「私は――ここであいつをどうにかする。恩返しするつもりだったのに、こんなことになって、ほんとごめん。それから、ありがとね」
逃げるのは止めだ。このまま二人で走ってても、いずれ追いつかれる。なら、せめてこの子だけでも助かるようにするのが、馬鹿な私に出来る、唯一のことだ。
それでも、優しいこの子は、こんな私でも見捨てることが出来ないのだろう。
逃げてって言ったのに、私に付き合って、足を止めてしまう。
「っつ、ベアトリスさんの馬鹿! そんなの出来るわけないじゃない!」
「逃げなさいって言ってるのよ! あなたまで死ぬわよ!? こんな馬鹿ほっときなさいよ!」
「ほっとけるわけないじゃない、友達なんだから!」
「っつ!?」
大粒の涙を浮かべながら、私のために怒ってくれる。臆病で本当は争い事なんか、全然向いていないくせに私と一緒に戦おうとしてくれている。ああ、ほんとに良い子。私には勿体ないくらいの、友達。だが、だからこそ、逃げてほしかった。私なんてほっておいてほしかった。でも、それももう全てが無駄になった。
「GOAAAAAAAAAAAAAAAA――!!」
「「っつ!?」」
災厄の声が、物理的な衝撃をもって私達のすぐそばで鳴り響く。爬虫類特有の生臭さが周囲を包みこむ。最早逃げ切るなど不可能。待ち受けているのは絶対的な存在による、無慈悲なまでの蹂躙だ。
だが、それでも――
「せめて、この子だけでも!」
そう覚悟を決め、迎撃のために、魔法を練り上げようと、私が全身に魔力を巡らせようとし――
「GOAAAAAAAAAAAAAAAAAA――!!」
私達を食らい、自らの血肉に変えてやると、地竜が雄叫びをあげた、その時であった。
「「「!?」」」
私達と地竜の間を分かつように天より眩い光が降り注ぎ、そして、あろうことかその中より――
「ほい、到着っと……んー、久しぶりのシャバだし空気が美味い!」
その場の緊迫感をブチ壊すような、マイペースな言葉を口にする、コートにシャツ、ズボンにブーツ、さらには髪の毛や瞳の色まで全てを黒一色で染め上げた少年がゆっくりと歩み出てきたのであった。
そして、右を見て左を見て、突然の出来事に驚き、硬直する私達と地竜を見て、一言。
「……あー、もしかして俺。お邪魔だったりする?」
そんな呑気なことを口にするのであった
………
……
…
閲覧ありがとうございます。
ちょっと嫌なことがあると、色々趣味に没頭したくなるものです、人間だもの。
ということで、思いのほか筆が進んだので、間を開けることなく投稿することが出来ました。
今回は主人公視点ではなく別の人物の視点からとなっておりましたがいかがでしたでしょうか?