23話-森を抜ければ、そこは-
閲覧ありがとうございます。
なんとか本日中に二話目投稿出来ました。
お楽しみください。
23話-森を抜ければ、そこは-
SIDE:カーラ
兎人族は弱い。
それはあたしが今まで培ってきた経験からも裏打ちされた、この世界の常識だ。
そして、その弱さに向き合わず、戦いからは逃げ惑い、争いは良くないという理想論だけは立派に口にする、そんな兎人族が、あたしは大嫌いだった。それこそ、軽蔑を感じるほどに。
それでも奴隷狩りをするほどに嫌っているかと言えば、それは違う。何度も言うが、この作戦の参加はあたしの本意ではない。願うことなら失敗してくれ。そう思いながらも、その結末に至らないと、ならばさっさと終わらせて、さっさと忘れちまおうと、この戦いが始まる前まで、思っていた。そう思っていたんだ。
だと言うのに、今のあたしは――
「待て、止まれって!」
「だが、カーラの姉御! あいつら、俺らを犬って呼びやがった! それを見逃せって言うのか!?」
「それにあいつら、汚え不意打ちで、グランとグレンを殺りやがった。俺の弟達をだ! 絶対許せねえ! ぶっ殺してやる!」
「そりゃ、あたしだって腹立ってるよ! 仇もとりたい! でもお前らも落ち着けって! 絶対罠だ、これは!」
「そんなもん、俺らに関係あるか!」
「どうしちまったんだよ、姉御!? ビビってんのか!?」
「違うって――ああ、もう!」
かつてないほどに、戦場で混乱していた。
怒りに我を失いかけている部下に対しても、もちろんそうだが、それよりもなによりも、部下をそこまで追い込んだ、兎人族の悪辣極まりない、それでいて、実に無駄のない見事なまでの戦いぶりに、これまで培ってきたやつらに対するイメージを完膚なきまでに破壊されて。
(何があった!?)
怒りに任せ、連中を追いかける部下達を、なんとか落ち着かせようと声を掛けながらも、この兎人族の急激な変化について思考する――が、答えは出ない。
見え透いた罠で、油断を誘い、本命の罠は巧妙に隠す。
囮も本命も罠自体には殺傷能力はない。引っ掛かっても解除自体も簡単。
それ故に、油断し、罠に引っ掛かった間抜けを助けるために誰かが近付く。こんな子供騙しに引っかかって馬鹿だなあと。それこそが、ヤツらの本当の狙いだと気付くことなく。
そうしてあたし達は早々に戦力を二人も失った。一人は助けようと近付いたところを、瞬く間に無数の矢で撃ち抜かれ、一人は罠に嵌って身動きが取れないところを、まるであたし達に対する見せしめのような形で、右目と心臓を射抜かれ、痛みと死の恐怖に顔を歪めながら、無残にも殺された。あたし達の助ける間もなく。
最初に感じたのは、今の部下達と同じく怒り。しかしそれはすぐに恐怖に変わる。
あたしらがここまで見事に嵌められた? あの兎人族に?
それはまさしく未知に対する恐怖だ。それが幸いなことかは分からないが、それ故に周囲よりも冷静になれたあたしは、周囲に冷静になるように声をかけようとして――
「ここに餌はねえぞ、野良犬共。欲しけりゃ酒場の裏口に行け、はははは」
そんなあたしらにとっての最大級の侮辱に当たる言葉によって、それは永遠に遂行されることがないままに、今に至った。至ってしまった。
これは完全にあたしの失策。そしてその失策を巧妙に突いてきた敵の戦巧者っぷりは常軌を逸している。まるで、その背後に、何かとんでもない化物がいるような、そんな不気味な感覚を、今、あたしは拭い切れずにいる。
しかし、状況は刻一刻一刻と悪化する。
周囲の気配がある時点で突然倍になり、そして、そこであたしは、あたしたちよりも前方、少し離れた位置にて駆ける、敵の部隊を率いる者の姿を視認する。
それはあたしよりも年下の小柄で可憐な容姿を持つ少女だった。白銀の髪、黒装束より僅かに露出した肌は白く、その瞳は夜の森の闇の中で、妖しく紅に輝いている。
少女は嗤っていた。あたし達の方を見て、そしてなにより――
「親父!?」
「ああ!? カーラ、テメェ、こんなとこで何してやがる!?」
「親父こそ! 残る二人は!?」
「ああ!? 死んだよ! 殺された!」
自分を追い立てる親父達を見ながら、決して追いつけないよう、時折手にした妙な筒より、冗談のような威力を誇る一撃を放ちつつ。
親父の様子により、向こうでもこちらと同じような事態になったのだと確信し、ますますあたしは焦りを募らせる。
どうする、ここで止まるべきか? 臆病者と罵られることを覚悟で撤退を打診するか?
そんなことを考えた時、後方より飛来した無数の矢により、それすらも出来ない……いや、させない、逃げることも許さないという相手の執念にも似た覚悟を知らされる。
「ちっくしょう!?」
そうしてあたし達は至る。至ってしまう。
敵があたし達との戦いを勝利で終えるために用意した最後の罠にして、必勝の策の下へ。そして、この状況を演出した、リーダーの少女のさらに上、兎人族をここまで変えた真の黒幕が待つ場所へ。
そこはあり得ない空間だった。少し先には正面門とも言えるモノと、村の周囲全てを囲むように聳え立つ、無数の木々が絡みつき完成された城壁とも言える分厚く高い壁。
そしてそれを背にして立つのは二人の男女。
一人はウェーブがかった緑髪を持つエルフの女。そして残る一人は、つい先ほど、森に入る前に、あたし達の前に現れた黒ずくめの少年。しかし、それが身に纏う空気は先ほどとは比べ物にならないほどに、死の気配に満ちている。それこそ数えきれぬほどの戦場を駆け抜け、数えきれぬほどの人間をその手にかけてきた生粋の戦闘者のように。
少年は嗤っていた。敵を侮り過ぎだ、馬鹿共め。そう言わんばかりに。
そして、少年は告げる。
「出来れば降伏してくんねえか? お前らだって無駄な犠牲出したくねえだろ?」
少年の言葉通り、周囲は既に囲まれた。その数はおよそ五十。その人数で、足音すら立てず、即座に敷かれた包囲の陣型は、まさに見事と言う他ない。
だが、それでも、あたし達は狼人族だ。それが兎人族に膝を折る。そんなことはあってはならない。
そして、そんなことは長である親父が最も理解している。理解しているからこそ――
「ざっけんなァ! てめえら如きに、この俺様が――」
徹底抗戦を叫ぼうとして、しかしそれは最後まで聞き届けられることなく。
「あっそ。んじゃ、続けて提案。お前んとこの掟、『敗者は勝者に絶対服従』だっけ? あれ適応した決闘申し込むわ。俺が、おっさん――アンタにだ」
少年が笑顔のままに告げた、とんでもない提案にかき消された。
驚いているのがあたしらだけなところを見るに、全て予定調和なのだろうが、それでも理解出来ない。
それはそうだろう。最早こちらを皆殺しすれば終わるだけの戦闘を、あろうことかこちらの要望が通る形の提案をするなんて、この男は狂っているのか。
「ああ? テメェ。ふざけてんのか? 冗談じゃ済まねえぞ、それ」
「たりまえじゃん。もちろん、俺が負けたら、村は好きにしていい。俺が負けたら、な」
戦いは何が起こるか分からない。勝てる確証などないのに、なぜこの男は、こうも自信満々なのか。なにか裏があるのでは、そう疑わずにはいられない。
「く……かかかかかかか。あーはははははははは! いいぜェ、テメェみたいな狂人、久しぶりだァ! ぶっ殺してやるよォ!」
だが、親父にとっては、それでもいいと思えたらしい。目の前の狂人に対する、殺意と敵意と怒りと狂喜が、混ざり合った感情のままに、高らかに笑いながら大地を駆ける。
こうして、今ここに、この戦いにおける最後の幕が上がった。
勝利するのはどちらか分からない。
しかしあたしは、これから始まるであろう戦いに、期待してしまっていた。
それが何かは分からない――だが、確かに、この時、あたしの胸は高まっていたのだ。
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