プロローグ1-死した後、行き着く先は-
プロローグ1-死した後、行き着く先は-
人は死ねば何処に行くのか。
宗派によって若干の違いはあるとはいえ、大体はこう答える人間が多いのではないだろうか。
生前に善き行いの多い者は天国へ。
生前に悪き行いの多い者は地獄へ。
だから、善き行いを積めるだけ積んで、胸を張って天国に行けるよう生きていきましょう。天国良いとこ一度はおいで。
そう答える者の誰一人として、そういった経験が無いにもかかわらずに。
というか、おい最後の。それ死んでるからな。一度もクソもないからな。人間、どこぞのいっつもお姫様助けてる赤い帽子被った水道工のおっさんよろしく残機制の人生歩んでるわけじゃないからな。
まあ、それはさておき。
その考え方を頭ごなしに否定する事は出来ない。行ける行けないに関わらず、誰だって地獄なんておどろおどろしいイメージのあるところよりも、なんだか居心地の良さそうな天国に行きたいと思うのは、ごくごく自然なことだ。
実際、俺だってそうだ。
これまで戦場でいかに人を殺しまくってきたとはいえ、地獄なんかには行きたくない。俺は決して痛みで快感を感じるような変態なんかじゃないのだから。
……で、どんな話題からこんなことになったんだっけ。ああそうそう、『人は死ねば何処に行くのか』だったな。オーケー、分かった。話を戻そうじゃないか。
で、その結論だが、そいつは今まさに、死にたてほやほやな俺が体験していることを聞いてもらえば、そういった謎は全て解決出来ると思う。
まず第一、死んでからまず行きつくのは三途の川か。
第二に、恰好はお決まりの頭には三角巾、身につけているのは真っ白な着物(もちろん死に装束です)といったものか。
そして第三、六文銭を船頭に払って三途の川を渡れるのか。
今の俺ならばこういった日本古来の死後のイメージをまとめて、自信を持って否定できる。命をかけてもいい……もう死んでんじゃんって言ったヤツ。ぜってえ化けて出てやるから首洗って待ってろ。
まず第一、死んでから行きついた場所は、真ん中に折りたたみ式の長机と向かい合うように置かれた二脚のパイプ椅子が置かれた何とも殺風景な部屋の中。ちなみに床はワックスでもかけたばっかりなのかテッカテカのタイル張り、壁はコンクリートに白い壁紙を張ったものだ。
第二に、俺の格好だが、これがもう、ものの見事に死んだ時のまんま。つまり、インナーやズボンを始めとして、タクティカルベスト、ブーツ、グローブといった装備品に至るまで、全てを黒一色で統一した見慣れたものだ。ご丁寧に腰には二挺の愛銃までぶら下がっているという徹底ぶり。
自分が好き好んで選んだ装備一式なので文句はないが、死んでまでそんな恰好だと、なんつうか死んだ実感、限りなく薄くなるわ。
そして、第三。ここが一番重要だ。いいか良く聞けよ。三途の川なんてもんは微塵も存在しない。恰好も死んだ時のまま。そんな状況で、俺の目の前にいるのは、だ。
「烏丸九郎様の今後についての話し合い担当を任されました、私、ヴァルキリーのブリュンヒルデと申します。呼びにくくお思いでしたら、気軽にヒルデとお呼びください」
……なんか、北欧神話の戦乙女と全く同じ名前をした、一目で見てうん十万するんだろうなと分かる上質な女性用スーツを身に纏う、赤と青と異なった両の瞳の色をした金髪美人のネーチャンが、二脚の内の一脚に腰掛けて、穏やかな笑みを浮かべていた。
というか、なにこれ。
「えーと、ヒルでさんや。一つ窺いたいんですが」
「はい。なんでしょうか?」
「今から俺、就活でもするんスかね?」
「んー。そうであるようなないような……、まあ、似たようなものではあるかもしれません」
そう言ってお茶目に笑うヒルデさん。うん、可愛い。こういう動作が様になる人ってのは貴重だと思う。
しかし、そんなお茶目でキュートな表情を浮かべながらも、その目は確実にこう言っていた。
『絶対にこの場から逃がしませんからね?』と。
実際、この空間には窓はおろか、出入り口さえ存在していない。つまり逃走経路なんてものは、皆無なのである。
なら、俺はいいとして、なんで彼女がここにいるんだよって話になるが、まあそれはもう深く考えないようにしよう。きっと戦乙女の不思議なパワーで、不可能を可能にしたんだろうよ。そうに違いない。
「さあ、それでは烏丸九郎様、私の向かい側の席にお座りください。詳しいお話はそれから、ということで」
「へいへい、了解しましたよっと」
促されるままに、指定された席へと着席する。思いの他、座り心地がよくて、リラックスした気分になる。仮にも話し合いの場でそれはどうなんだと思うが、まあ、別にいいか。
「……随分あっさりされてますね」
「まあ、この程度でビビるくらいなら傭兵なんてヤバい仕事してないって。んで、ヒルデさん。席についた以上は今から色々と説明してもらえるんだろ?」
「あ、そうですね。失礼しました。それでは、まずここがどういった場所なのか説明させていただきます」
死んじまった以上細かいこと考えても仕方がないし、なにより美人さんとの話し合いだ。気軽にいこう。うん、そうしよう。