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10話-悲劇の序章-

10話-悲劇の序章-


SIDE:とある狼人族の少女


弱さとは罪だ。色々言いたいヤツもいるだろうが、それこそが偽りのないこの世の真理だとあたし……いや、あたしを始めとした狼人族全員が思っている。

弱いヤツは家族を守れない。弱いヤツは強いモノに搾取される。それが当たり前。

故にあたし達は強くあろうと努力するのだ。家族を、恋人を、友人を守るために。

そのためならば時として泥を被らなければならないことも理解している……いや、正確には理解しているつもりでいた。

今日、この時までは。


「一体何を考えているんだよ、親父!?」


目の前で呑気に盃を傾けている親父に対し、あたしは強い憤りを露わにしていた。しかし、それは当然の怒りだ。なぜなら、このクソ親父。あたしの知らない内にとんでもない仕事を引き受けていたのだから。


「お前こそ、一体何を怒ってるんだ、カーラ?」

「とぼけんな! 奴隷商人と結託して、身内売るなんて一体何考えてんだって、あたしは聞いてるんだ! 狼人族の誇りは何処にやった、答えろよ!?」


そう、このクソ親父。あろうことか一族の承認も得ることなしに奴隷狩りなんて仕事を引き受けてきたのだ。それもここ数日中に商品を用意して依頼主に送り届けるなんて無茶な約束まで交わして。

奴隷狩り。それはあたしの考える中でも最も下種で野蛮な行いの一つだ。少なくとも誇りある狼人族ならば、そんな仕事、絶対に受けはしない。本当に、このクソ親父、一体何を考えているのか、理解に苦しむ。

だと言うのに、クソ親父はあたしの剣幕を前にしても表情を変えない。いや、変えるどころか、仕事の手付として頂戴した、上質なワインを、上機嫌に口にしながら――


「ああ、そんなことか。身内って言っても、今回の標的はあの容姿だけが取り柄の、獣人族の恥さらし共だぞ。別にいいじゃねえか」


そんなことを言ってのけやがった。

そう、確かに同じ獣人族とはいっても、兎人族は他の獣人族と比べて脆弱で臆病だ。争い事からは一目散に逃げ出すなんてことも日常茶飯事。

そんな兎人族を馬鹿にする風潮は確かにある。特に戦いに生きてきたあたし達、狼人族ではそれが顕著だ。


かく言うあたしも、兎人族に対しては色々と思うことがあるから、そういった風潮を否定するつもりはない。むしろ当然だと考えている。

弱いから嗤われる。弱いから見下される。それが嫌なら強くなるしかない。それをせずに受け入れられようなんて虫が良すぎる。

だけど――これは違うだろう。今回のことに関していえば、彼らに何の落ち度もない。ただ普通に、平穏に生活をしていた。ただそれだけ。それをわざわざ乱す必要など何処にあると言うのか。

これでは、これではただの――


「そんなわけあるか! こんなの山賊も同然だろうが!?」


あたし達の磨き上げた武はそんなことのために使っていいものだったのか。そんな抗議の意もこめて告げた言葉。

しかし、それでも親父には届かない。どこまでもあたしの意見とすれ違っているのか、まるで理解しようともしない。

まるで出来の悪い生徒を見つめる者の瞳でこちらを見つめている。


そして、それと時を同じくして親父の雰囲気ががらりと変わる。美味い酒を口にしたことで弛緩していた空気はすっかりと鳴りを潜め、どこまでも鋭利に、そして張り詰めた、群れの長たる者が纏うに相応しい、それへと切り替わる。


「ガキが、随分とでかい口を叩くようになったじゃねえか、ええ?」

「っつ!?」


ドスの効いたその声。鋭い眼光。今目の前にいるのはあたしの父親であると同時に、この群れの頂点に君臨する絶対的な強者。

故に、ここよりの受け答えは親と娘のモノではなく、下手な返しを行えば、例えあたしであろうとただでは済まない事を意味している。

だが、だからこそ、言わねばならない。狼人族たる者は誇り高くあるべしと。今回の行いにその誇りは果たして存在するのかと。


その問いに対するあたしと親父の意見は否定と肯定で真っ向から対立している。これは話し合いだけでの解決は、最早不可能。

ならば、残された道はただ一つ。


「……表に出ろ、クソガキ。俺に逆らったこと、後悔させてやる」

「上等だ、クソ親父。吠え面かかせてやるよ」

「ぬかせ、ボケナス」


狼人族の掟に従った決闘を行うしかない。

互いに要求を口にし、拳を交え、負けた者は勝った者の要求に従う。それを違えた者は死を以て償うべし。


「俺が勝ったら、てめえは今回の仕事の指揮を執れ」

「あたしが勝ったら、奴隷狩りの仕事を金輪際受けないこと」


その掟に従い、互いに要求を口にする。

親父はあたしを手駒にするために。あたしは連綿と受け継がれてきた狼人族の誇りを護るために。

別に兎人族なんかはどうでもいい。その気持ちは確かにあたしの中にもある。だが、それによって狼人族の誇りが失われることには耐えられない。故に。


「……勝つ」

「ハッ、これまでてめえが勝てた例あったか?」

「ない。でも、それはこれまでの話だ」

「あっそ。んじゃ、かかってこいや」

「言われなくても……な!」


戦闘スタイルは互いに徒手空拳。これまでの戦績は訓練も含めれば、499連敗。確かに一度たりともこのクソ親父に勝てた例はない。どうしようもないクソ親父だが、その実力は群れの頂点に君臨するだけあって、常軌を逸している。

久しぶりに行われる掟を用いた決闘を聞きつけ、血の気の多い連中がぞろぞろとあたし達の周りを取り囲み、戦いの開始を今か今かと待ち構えている。

そいつらの熱に浮かされたような瞳が言っている。族長、今日も派手なのお願いしますと。


そんな光景に、自分がまるで見世物小屋の出し物になったかのような錯覚に陥る。この場にいる者は誰一人としてあたしの価値を望んでいない。あたしに滑稽な道化になれと言っている。


だが、そんな思惑通りに役柄を演じてやる義理などない。

あたしだって日々成長している。対する親父は加齢のために年々衰えていくことを嘆いている。ならば決して、勝機がないわけがない。


「勝つ」


決意を再び言葉にし、拳を固め、大地を駆ける。

今日こそ親父を超えてやる――そんな考えが、甘い幻想だとあたしが知るのに、そう時間はかからなかった。



■■■



「はい、しゅーりょー」


地面に倒れ伏し、動けなくなったあたしの頭上より響く無情の宣告。

そこには勝ったことに対する喜びなどなく、あるのはただ愚かな敗者に対する嘲りのみ。

そう。あたしは負けたのだ。完膚無きまでに、情けも容赦もなく。


「これで500連敗。どうよどうよ、今の気分は?」

「く……」

「約束は約束だ。守らなければどうなるか……分かってるな?」


髪を乱暴に掴まれ、強引に顔を上げさせられる。実の娘に対しての振る舞いとは思えぬ、その行為だが、敗者には何をしても構わないこの男にとってはそれが最早当たり前のことなのだ。愉悦に歪んだその表情がそれをなにより証明している。

しかし、それに反論することなど敗れたあたしに許されるはずもなく、なされるがままにその行為を受け入れ、そして、あたしは――


「……はい」


自らの答えに対する嘲笑を聞くと時を同じくして、自分の中で、これまで築いてきた自信と連綿と受け継がれてきた狼人族の誇りが崩れ去っていったことを、自覚した。


………

……

閲覧ありがとうございます。

ちょっぴりバテ気味ですが、もうすぐ休暇があるのでそれまで我慢我慢と自分に言い聞かせ、仕事に励んでおります。


今回は異世界に来てからの大きいトラブル第一弾の前段階的な話となっております。ということで新しい女の子も登場させました。いきなり敗北イベントですがね。

この子が主人公とどう関わり、どのように物語が動くのか。お楽しみに。



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