8話-少女の思い、その裏側で-
8話-少女の思い、その裏側で-
SIDE:リリアーナ
新しく我が家にお迎えしたお客様を歓迎する夕餉の後、まだ話したいことがあるからと食卓より動かないパパとレイヴンさんを残し、わたしとベアトリスさんは、身体を清めた後、床に就いていた。
よほど疲れていたのか、ベアトリスさんはベットに入ってすぐに寝息をたて始めたけれど、肝心のわたしはというと、何故か逆に目が冴えて、眠れずにいた。
そんな時に考えるのは、昨夜のことと、そして、これまで歩んできた十五年間の思い出。
『人族は汚い』
『人族と関わるな』
『人族はすぐ嘘をつく』
『人族は笑顔で他人を売ることが出来る』
物心つく前より、わたしはそんな話を村の大人達から聞かされてきた。
その度にパパはわたしにそんな話を聞かせた大人達をやんわりと窘めてはいたけれど、それでも村の大人達の人族嫌いはなくならない。
『気付かぬ間に借金を負わされ、それの代償として家族を取られた』
『祖先の代より受け継いできた家宝をだまし取られた』
『幼い自分の目の前で奴隷商人達が姉を攫っていった』
普段は温和で優しいおじさんやおばさん、おねえさんやおにいさんがその話をする時だけは、まるでオーガみたいに怖い顔になるのが、わたしには辛くて、悲しくて、でも聞かなければ自分も嫌われるかもしれないという恐怖から、逃れることも出来なくて、嫌だ嫌だと思いながらも必死に我慢してそんなお話を聞いていた。パパが迎えに来てくれるその時まで。
でも、成長するにつれ、そんなことも思わなくなって、それどころかわたしは村の皆と同じように人族に対して警戒心を持つようになっていった。
パパを除く村の皆のように憎悪や嫌悪感はないものの、それでも油断してはいけないのだと、理解するようになった。
それと時を同じくして、もしもの時のために誰かを守れたらいいなと思って猟師のおじいさんから弓を習い始めた。
自分のことながら争い事なんかに向いてるとは思ってないし、誰かを傷つけたりするのは怖いけど、それでも何も出来ない方のはもっと怖い。
そんな思いと、そしてそんな思いとは裏腹にどうにも遠距離から獲物を狙い撃つという行為が合っていたのか、わたしの弓の腕は、加速的に上達していき、気付いた時には、わたしは村一番の猟師とまで言われるほどに成長していた。
だから、だろうか。一月ほど前にこの村にやって来て、我が家に滞在しているベアトリスさんの言葉に、わたしはついつい乗ってしまった。
夜の森に狩りに行こうという言葉に。
もちろん、夜の森の危険度は理解していたので、最初は止めようとした。でもわたし達とは違って生まれながらにして優秀な魔法使いであるエルフ族の彼女と、この辺り一帯の森を知り尽くしている自分なら大丈夫などという、根拠のない自信の下に、夜の狩りを行うという判断を最終的に下したのも他ならぬ、わたし自身。
今回くらいは大丈夫。危険な生物もいないはず。そんな思い上がりは、森に入ってしばらくして簡単に砕かれた。
いないはずのドラゴン。子供とは言え十分に脅威と言えるそれの逆鱗にわたし達は触れてしまった。
逃げても逃げても、一度怒りの炎が灯ったドラゴンは追いかけてくる。魔法の使えるベアトリスさんはまだしも、たかが弓程度しか扱えないわたしにとってそれはまさしく可視化された死そのものだ。
案の定追い詰められ、食べられるしかないといった状況に陥り、わたしは覚悟を決めた。
自分は死ぬ。でも何もせずに死ぬのなんてまっぴらだ。震えながら、愛用してきた弓に矢を番え、放とうとした時、わたしは彼に出会ったのだ。
天より降り立つ光。その中から現れる全身黒ずくめの私と同じくらいの年齢の『人族』の男の子。
後にレイヴンと名乗るその男の子は、見たこともない魔法と武器を使って、わたしとベアトリスさんがあれほど恐怖したドラゴンを簡単に倒してしまった。
その後色々あって彼に自分達の無謀を咎められることになるのだが、その時感じていたのは怒られたことに対する申し訳なさよりも、言い知れぬ感動。
汚い、卑怯、嘘吐き。村の大人たちが言ってきた人族の負の側面を、彼からはまるで感じられなかった。
命を救うというこれ以上ないくらいの恩を売りつけたというのに、彼が私達に要求してきたことは、『近くにある人里に案内する』、ただこれだけ。
だから、わたしは彼をこの村に連れてきたのだ。
人族を嫌う大人達も彼なら受け入れてくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら。
結局、その期待は幻想で、村の仲間達は彼を口々に責め立てた。彼自身はなにも悪いことをしていないのに。ただ危ないところを助けてくれただけなのに。
誤解を解こうと必死で呼びかけてもダメだった。誰もわたしの言葉なんて聞いてくれなかった。子供のころと同じく、パパが迎えにきてくれるまで、私は何も出来なかった。
「なんとか、しなくちゃ……」
とにかく自分のやれることをしよう。命の恩人が、一日でも早く村の皆に受け入れてもらえるように。
そう決心し、わたしは瞼を閉じ、掛け布団を頭までかぶり、明日に備えて身体を休める。これからのことを考えると眠れないなんて言ってる場合ではないのだから。
………
……
…
SIDE:とある貴族
地位も、名誉も、金も、女も、酒も、ありとあらゆるものがここにあると言うのにだ。
「あー。つまらないな」
退屈で退屈で仕方ない。理由は分かっている。簡単なことだ。刺激が足りない。
地位も、名誉も、金も、女も、酒も、ありとあらゆるものがここにある。だが、それは自分で勝ち取ったものではない。全て先代の遺したお下がりに過ぎない。
もちろん、ある以上は遠慮なく使うのは、当主として当然の権利だ。ありがたいと思うことはあっても、いらないなんて思うことはありえない。ありえないが、それとこれとは話が別である。
ならば、どうするか。これも簡単。要は刺激を感じればいい。
周囲を見渡す。そこにはつい先ほどまで、俺の上でひぃひぃ喘いでいた情婦三人がぐったりと、しかし淫靡な表情を浮かべながら、ベットの上で横たわっている。
種族はそれぞれ人族、猫人族、エルフ族。いずれも劣らぬ美貌の持ち主であり、抱き心地も抜群――なのだが、少々飽きてきたのも事実は事実。
うむ、まずはここからどうにかするとしよう。
「誰かある」
「はっ、ここに」
物陰に控えていた執事を呼び出し、前もって用意していたそれをある場所に届けるよう指示を出す。欲深く意地汚いが、仕事はきちんとこなすあの連中のことだ。早ければ三日で色良い返事が聞こえることだろう。
ふふふ、ああ、うん。やはり新しい玩具の購入というのは、幾つになろうが変わらぬ胸のときめきを感じるな。
思えば、先代が死んでこの家を受け継いでからというもの、古くからいる口うるさい連中と、親父の遺産を狙う愚弟や愚妹の始末に忙しくて、自分からなにかするといったことを怠ってきた気もする。
最近は身の回りも落ち着いて来たことだし、連中と連絡がついたら、自分も同行させてもらえないか、頼んでみることのもいいかもしれないな。折角の『狩り』なんだし。
しかし、『ラパン村』か……自分で選んだ狩り場とは言え、優雅さも気品も感じん名だな。まさにド田舎といったイモ臭い名前だ。
まあ、それも仕方ないか。容姿だけしか取り柄のない無能共の村なんぞ、せいぜいそこまでが限度であろうよ。そんな箸にも棒にもかからん無能共を、この高貴な俺がしっかりと有効活用してやろうと言うのだ。感謝して、せいぜい俺を楽しませてくれよ。
「ふふふ、ああ、ほんとうに楽しみだ」
………
……
…
閲覧ありがとうございます。
今回は主人公が一切登場しないお話になっております。
村人達の怒りの根幹とリリィの思い。その裏で動く怪しい影。それらが絡み合い物語はどういった方向に向かっていくのか。
まあ、とりあえず鴉くんのとっては面倒なことになるのは確実です。主人公なんだからせいぜい苦労してくださいといった感じですね。
ではまた次回にお会いしましょう。




