Before Summer Vacation
「あっつ…。」
体育館の中は生徒や先生で密集していてとてつもなく暑い。服の袖で汗を拭うけれど気休めにもならない。
「今年は熱中症になった人が多いため、ちゃんと予防を…」
校長先生が壇上で何か喋っているがまったく聞いていない。分かりきった当たり前のことだし、早く話が終わってほしいという思いが頭の中を埋め尽くす。
外で鳴いている蝉が鬱陶しい。余計に暑くなってくる。心の中でひたすら文句を言っていたらいつの間にか終業式は終わっていた。
「生き返るわー…!」
「今まで死んでたのかよ。」
「校長の話毎回長すぎ!暑すぎて本当に死ぬよー。」
クーラーのついた教室に入った途端にクラスメイトたちは文句を言って騒ぎ出す。電池の切れた人形に新しい電池を入れたかのようだ。私は隅の方の席で無言でクーラーの風を感じるのに集中する。無駄に叫んでいたら余計に暑くなるし、そんな体力はもうどこにもない。
「お前ら静かにしろー。今からHR始めるぞ。」
先生が教室に入ってくると、クラスメイトたちは自分の席に着き始めて徐々に静かになっていく。みんなの表情が少し真剣だ。きっと今から返される通知表のことを考えているのだろう。
私は特に気にしてはいない。どうせいつも通り平均だから今更心配してもしょうがない。
「中瀬。中瀬あゆか。」
「あ、はい。」
先生に呼ばれて行くと、先生は物凄い微妙そうな表情で私を見ていた。もしかして今回は想像以上に酷い…?
「悪くないんだが…良くもない…。普通過ぎるな…。まぁ、頑張れよ。」
先生が差し出した通知表を見ると私の想像以上に普通で何も言えなかった。
「えっと…はい。頑張ります…。」
「このままじゃ志望大学はぎりぎりだぞ。夏休みのうちに復習をしっかりしておけ。」
先生の言葉が想像以上に心にくる。今年の夏はもう遊んでる場合じゃない。もう受験を意識していないといけないんだ。
私がゆっくりと席に戻ると近くにいた友達が集まってきて通知表をサッと奪う。そして中身を見た瞬間に凍りついた。
「あゆかのことだから、どうせめちゃくちゃ…うわ、めっちゃ普通。」
「なんか逆に悲しいね…。」
そう言って友達は私に哀れみの目で見て自分の席へと戻っていった。私の心をへし折りにくるなんて、慰めてくれたっていいじゃないか。どうせ、親に見せたら頑張りなさいとしか言われないだろうから心配する必要はないけれど。
「あーあ…勉強したくない…!」
「でも、もう高2なんだから勉強はちゃんとやろうな、あゆか?」
「へ!?」
いつのまにか先生の話が始まっていたらしく、私の少し大きい独り言はクラス中に響きわたっていた。
「そんなんだからいつまで経っても普通なんだよ。」
「…はい。」
明日から夏休みで本当に良かった。いつも通りだったらどのくらい周りにいじられただろう。先生もはっきり言わなくていいのに。
「あはははははは!!」
「そんな笑うことなくない!?」
帰り道、友達の涼太に話したら物凄い笑われた。私のことを気にして遠慮する気なんてまったくなさそうだ。
「ごめんごめん…!けどさ、ずっと下の方にいるよりは、まだましじゃね?」
「うわ、頭いい奴に言われるとめっちゃ腹立つ。」
「俺学年30番程度だぞ?」
「それ十分いいから…。うちの学年500人いるし…。」
涼太は小学一年の時に近所に引っ越してきて、それからいつも一緒にいたけれど中学くらいまでは同じ学力だったのにいつのまにか大きな差が出来ていた。友達曰く、彼はいつも授業中寝ているというのにどうしてできるんだ…。
「あーあ!勉強できる人はいいですねー!」
「毎日やってれば普通にできるようになるさ。」
「あんたは毎日やってる様子無いんだけど…。私は今日から勉強漬けですよ。泣けるわ…。」
これなら普通に学校に行ってる方がいい気がする。課題だけでも十分だっていうのに、それにプラスして勉強だなんて夏休み前なのに気分は憂鬱だ。
「そんなに考え込む必要はなくね?」
「だって、将来がさ…。」
そう言うと涼太は笑っていた。人が真面目に言っているというのに。
「もういいよ!涼太は好きなようにしてればいいじゃん!」
「そんなに怒るなって。未来のことを考えるのは大事だけど今も大事だろ?2度と来ない高2の夏なんだ。楽しんだやつが勝ちだろ。」
「…そうだよね。」
2度と来ない高2の夏…か。勉強も大事だけれど遊びも大事。とにかく充実させたい。そう考えるとあんなに憂鬱だったのにいつの間にか夏休みが楽しみになっていた。