2-6 教室
「何ボケッとしてるんだぁ?」
不意に顔を覗き込まれて、伊賀は椅子ごとひっくり返る。
予想以上の反応に、覗き込んだ相手も目を丸くしている。
「おおっ、すっげえコケっぷり。
いつの間に腕上げたんだ?」
「コントじゃねえよ!
マジびっくらこいたじゃないかっ
久谷!」
空っぽの教室に、伊賀の声が響く。
ここは、物原中学2−B。
昼食が終わって、昼休みタイムである。
天気がいいので、ほとんどの生徒が外に出て行き、教室の中はガランとしている。
「ったく、わざわざ何の用だ。お前は隣のクラスだろうが」
伊賀は転げた椅子を起こし、座りなおしながらぐちる。
久谷の方は、教室の窓の外を眺めている。
明るい日差しが差す校庭からは、生徒たちの賑やかな声が聞こえる。
「いやぁ、春ですなぁ〜。殿」
「何を今さら。
桜も散りかけ、春も終わりだぞ」
「いえいえ、云っているのは伊賀殿の春っすよ」
「?」
伊賀が久谷を見上げると、彼はいたずらっぽい笑みを浮かべている。
くしゃくしゃっと丸まった彼のテンパ頭が、そよ風で楽しそうに揺れている。
「昨晩、先輩と何処行ったのかなぁ〜ん?」
「昨日?? 僕と先輩が??」
伊賀が面食らった顔をする。
「なあに すっとぼけてるんだよ!
昨日この親友が一緒に帰ろうって云ったのに、
『先輩と約束があるから』なんてつれなくしたのは誰だ?」
伊賀はますます不可解な顔をする。
「・・・親友って、誰?」
今度は真顔で久谷が聞く。
「マジで、何があったのか?
何もなければ、本の虫が、本をほっぽらかして
外を眺めているなんてことないだろ」
伊賀は自分の手を見る。
読みかけの推理小説が開いたまま載っている。
「変な夢を見ただけだ」
小説をパタンと閉じて、両手を頭の上に置く。
そんな伊賀を、久谷は目を細めて見つめる。
「うひょ〜っ 夢で終わっちゃったのか?!
さては、ふられたな?
いや、それはないか
先輩の方がぞっこんだんたんだし
お前、何かしたんだろ」
「ごちゃごちゃうるせーよっ」
バンッ と両手を机に叩きつける伊賀。
さすがにこの剣幕に呑まれた久谷は、話題転換。
「・・・っそだ!
知ってるか?
おととい、お化け屋敷が燃えちまったらしい」
「ふん」
「あのでかい庭付きの邸宅が全焼だぜっ」
「すげえ大火事だったろうな。
さぞ見物だったろうに」
「それがさ、誰もそんな火事、なかったって云うんだ」
「ふうん・・・」
「誰も、炎なんて見てないんだ。
119通報もなかった。
不思議だろう??」
一生懸命気をひきつけようとする久谷を、伊賀はインチキ魔術師を見るような目で、ちろりと見上げる。
「ホントに燃えたのかよ
てか、その日燃えたんじゃないんじゃ?」
「いや、あそこの前を毎朝ジョギングするおっさんがいて、そのおっさんが第一発見者なんだが、
昨日の朝はちゃんといつも通りだったと証言してるらしいぞ」
「お前、そのおっさんと知り合いなのか?
やけに詳しいじゃないか」
ち、ち、ち、と指をふる。
「新聞というものを見ないのかね、殿は」
再びむっとする伊賀。
慌てて窓から飛び降りて、久谷は伊賀を手招きする。
「せっかくの天気だ。教室から出ようぜ。
図書館まで散歩しよう!」