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SPhinX  作者: 瑛彪・玄彪
4/7

2-4 振動

 公園一帯をびりびりと揺るがす遠吠え。

 それを発しているのは、先輩だったもの。


 これが本当の先輩自身なのか・・・。


 この状況をの当たりにして、伊賀は夢現実ゆめうつつ

 そんな伊賀を背で庇い、幼児がささっと宙に指を滑らす。

 簡素な模様が浮き出て、そのラインがふわりと広がり、幼児と伊賀を包み込む。


 低く、うねるように続く咆哮は次第に、人語となった。

 

「いない・・・ どこだ・・・どこにいった?!」


 みしみしと首を振る。

 動きに合わせて、てらてらと鱗が光る。


「どこだぁーーーー! どこにいるぅーーーー?!」


 腸が切れるのではないかと思うぐらい憐れを誘う声を、さめのように鋭い歯がみっしり生えた口から搾り出す。

 カバのような大きい鼻で辺りを嗅ぎまわりながら、公園を隅から隅まで睨み回している。

 伊賀を見つけ出そうと躍起になっているのだ。


「さあ、どこだろう」


 女が涼しい声で、ゆっくりと云った。

 怪物が女を刺すように睨む。


「どこだ、どこに隠した!!」


 女に、鱗を逆立てて詰め寄る。

 それを女は風に吹かれたように、ふらりとよける。

 よけられても、怪物は女に迫り続ける。


「あと少しだったのに…!」


「何が『あと少し』だ」


 女が、あくまでも落ち着いた声で云う。


「お前は形だけを真似るだけ。

 むりやり自分のものにしても、それは形だけのもの。

 あいつがシンからお前のものにはなることはないし、

 もう、もとのあいつに会えることさえできないのだ。

 ・・・それがまだわからぬか」


 怪物は怒りのあまりか、ぶるぶる震え始めた。

 噛みしめた口から、ぎしぎしと歯の鳴る音がする。


「わからぬようだな」


 女は、ほうっとため息をついた。

 




 幼児は、怪物が女につられて遠ざかっていくのを確認し、振り返って伊賀に忠告する。


「いいか、何も云うんじゃないぞ。

 一応姿と臭いは遮断している。だが、振動――声までは防ぎきれない。

 あれはお前の声に異常に敏感だ。

 見つかりたくなかったら、黙ってろ」


 伊賀はうなずいて返事した。



「わかった。−−−−あっ」



 伊賀は全身の血の気が引いた。


「云ったそばから…」


 幼児がふっとため息をついて、怪物のいる方を向く。


 女が伊賀からなるべく遠ざけていたが、その苦労の甲斐なく、すでに、カッと見開いた双眼が、彼を捕らえていた。

 その眼は縦に裂け、顔の半分ほどの大きさになっている。残り半分を占める口がきゅっとつり上がる。


「見つけたぞ・・・」


 呟くなり、伊賀めがけて突進する怪物。

 足がすくんで動けぬ伊賀。


 もうだめだ


 伊賀が目を閉じたその時…



 伊賀の顔を、さらりと撫でる髪の感触。

 目を開けると、あの女の背中があった。



「ひろあ」


 女が背中で、幼児に呼びかけた。

 幼児が女に問う。


「いるか」

「いる」

「なん」

「おう」


 瞬時の奇妙なやりとりの後、女が桜に向かってすっと手をかざし、静かに唱えた。

 



櫻乱爆裂おうらんばくれつ。」




 すると、女と怪物の間で閃光が走った。


「!」


 淡く、しかし強烈な桜色が視界を奪う。

 同時に爆発音。

 顔を庇う伊賀を、爆風が揺さぶる。

 

 甲高い悲鳴。それが長く尾を引きながら遠ざかる。

 

 続けて、ズシン、という振動が地面から伝わってきた。

 それを最後に一連の騒がしい物音が収まった。が、辺りにさらさら・・・と、せせらぎのような音が満ちている。

 伊賀の顔に、ひたひたと何かが降ってくる。

 次第に伊賀の目に視界が戻る。


 伊賀は、桜の豪雨の中にいた。

 それはしばらくすると止み、桜の花びらで敷き詰められた公園が現れた。

 ブランコ、ジャングルジム、ベンチ、そして伊賀にも花びらが積もっていた。

 女は、伊賀の目の前に仁王立ちしていた。

 すぐそばまで迫っていた怪物の姿は、見当たらなかった。


 どこからか、呻き声が聞こえてきた。


 女が積もる桜を踏みしめ、公園の一角に進む。

 彼女の向かう先に、一際こんもりとした桜の塊があった。

 彼女が近づくと、それがぞわぞわと蠢き始めた。


「・・・っ、・・・っ」


 桜の合間から見えるそれは、あの怪物だった。

 よほどのダメージを受けたらしく、息が浅い。

 もう、身体を動かすことさえままならない様子だ。

 女は、うずくまる怪物まであと数歩のところで足を止め、抑揚のない声で云った。


「思い知れ。そして、二度と伊賀に近づくな」


 よろよろと身体を起こした怪物は、それでも伊賀にすがりつくように見つめる。

 伊賀はそんな視線にたじろぐ。


「・・・っ、あと少しだったのに」


 怪物の影がゆらりと動いたかと思うと、怪物はすうっと消えてしまった。

 怪物に積もっていた花びらが、崩れるように地へ散る。



 後は、夜の公園があるばかりだ。

 いや、女と伊賀がいるばかり。


「・・・怪我はないか」


 云いながら、女が振り向いた。

 その顔を見て、伊賀は驚いた。


「・・・先輩?!」


 そう、その顔は、先ほど怪物に成り果てた先輩の「化けの皮」とそっくりであったのだ。

 唖然とする伊賀を見て、女は苦笑した。


「驚くのも無理はない。あいつは私の姿を借りていたのだからな」




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