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SPhinX  作者: 瑛彪・玄彪
3/7

2-3 月光

「っつう〜!!」


 呻きながら起き上がって見ると、なんと、伊賀はベンチから数メートルも吹っ飛ばされていた。


「な・・・」


「なにをするっ!」


 ベンチから立ち上がった先輩が、伊賀に向かって叫んだ。


 凄まじい殺気。

 その迫力に、伊賀は青ざめた。

 わけがわからないので、尻もちをついたままあたふたするばかり。


「え、いやっ、あの・・・ごめんなさい!」


 とりあえず土下座。

 自分の影に頭を擦りつける。


 と、伊賀は、自分の横に伸びている影に気づく。

 恐る恐る正面を見ると、先輩は自分の前にいる。

 彼女がにらんでいるのは、彼でなく、彼の背後。

 白い顔の血の気が引いて、更に白くなっている。

 その表情を見て、伊賀の背筋がつうっと冷たくなった。



 すぐ後ろに、誰かいる。

 しかも、とんでもなくヤバそうな奴が・・・!



 その時背後から、女の声が凛と響いた。


「『なにをする』だって? それはこっちの科白せりふだ」


 伊賀は反射的に、声のする方を振り返る。


 そこには女がいた。

 月明かりを背に、すっくと仁王立ちした女が。


 すらりと長身。

 長くたなびく髪が、月に染められて金色に光っている。

 月があんまり眩しいものだから、顔は影になってわからない。

 腕組みした細い腕、それに絡む細い指。

 くびれた腰からしなやかに垂れるスカート、そこから伸びた脚は、堂々と地を踏みしめている。

 

 彼女もまた、伊賀たちと同じ中学の制服姿だ。



 先輩が恨めしげに唸る。

 

「よくも、邪魔してくれおって…」


「さて、」


 女が、足で砂地をざっと音を立てて擦り、構える。


「邪魔はどちらなのか、思い知らせる必要があるようだな」


 風もないのに、女の長い髪がゆらゆらと陽炎のようにゆれる。

 女の身体から気炎が昇っているのだ。

 伊賀は、その気迫がただならぬのを、動物的直感で察知した。


 こいつはマジでヤバい・・・!


「先輩、逃げた方が…―――――っ?!」


 先輩の方を振り返った伊賀は、愕然とした。

 彼女の身体に異変が起こっていたのだ。

 首が前に突き出し、腹の辺りまで落ち込む。

 異常なほどに曲がった背中のコートから、無数に角が突き出す。

 空をつかもうとあがく手には、次から次に鱗が生える。


「ぐっ・・・げぇ・・・がはっ」


 身体が波打つたび、長い髪の向こうから苦しげな声が聞こえる。その声は、洩れるたび低くなっていく。

 

 このままじゃ、先輩が怪物になってしまう・・・



「先輩!!」


 伊賀が駆け寄ろうとする。が、足に何か引っかかって転んでしまう。

 それでも起き上がって進もうとしたが、足を引っ張られているのに気づく。

 足元を振り返ると、小さな影がズボンの裾をつかんでいる。


「うわっ」


 振り払おうとする伊賀を、男の声が制した。


「ここから動くな」


 のしかかるように重く、低い声。

 思わず動きを止めた伊賀の足元で、小さな影がむくりと頭をもたげる。

 それは、少なくとも見た目は、幼児だった。

 髪は陽の光を思わせるような黄金こがね色。

 ふわりと前髪がかかる、大きな瞳が、無表情に伊賀を見つめる。

 そのぷっくりした小ぶりの口から、不釣合いに低い声が、再び発せられる。


「貴様、死にたくないだろう。」


 伊賀は、いきなりそいつの胸ぐらをつかんだ。


「お前は、あの女とグルなのか」


 幼児は、ズボンの裾を放さず答える。


「そんなとこだな」


 ズボンがずり上がるのも構わず、伊賀は鬼のような形相で幼児を引き寄せて問い詰める。


「お前らっ、先輩に何をした?!」


 そいつは、顔色一つ変えずに淡々と答える。


「あいつの変化へんげは、別に俺らが何かしたわけではない。静かにしろ」


 ちらりと先輩の方へ目を遣る。


「もともと、借りていた化けの皮がはがれて、やつの本性が現れただけだ」


「化けの皮…本性…?」


 そうこうしているうちに、先輩は完全に人間の形を失っていた。


「それじゃあ先輩は一体…?!」


「一言で云うなら、化けモンだ」


「じゃあ、お前らは――」


 伊賀の問いは、咆哮にかき消された。




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