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フルストーリー

1・・・血の幸福

2・・・渋井大学での再会

3・・・刑事生活

4・・・悪魔との対峙

5・・・死神の小話


『他他者の不幸は蜜の味』


1.血の幸福


 彼の家系は特別だ。母方の家系に特別な力がある。一種の超能力だ。他者を幸せに出来る、優しい能力だ。父は至って普通の一般他者でその力は無い。彼には兄がいる。兄にも母と同じく他者を幸せに出来る能力があった。少し違う能力だったが。しかし彼にはその能力が無かった。正確には特殊能力はあるが、他者を幸せにする能力ではなく、他者を不幸にする能力だった。彼はそれに気付いた時、自分の能力を恨んだ。だが母は違った。「一つの個性だ」「いずれ他者の役に立つ」。そう言って彼を励ました。彼は「そんな事は無い」と一蹴して心を閉ざすようになっていった。かと言って性格が暗くなる事はなく、友他者は多かった。それでもどこか一歩、身を引いた付き合い方をしていた。

 彼は高校生になり、休日にいつものように受験勉強をしていると、夜になり、母が近所のスーパーの夜勤パートから帰る時間になっていた。最近この近辺では不審者が多く目撃されて治安が悪かった為、母の退勤後は迎えに行って、帰り道の道中、コンビニに寄って晩ご飯を買いに行くのが通例になっていた。母から「仕事が終わった」とメールが入った。

「もうこんな時間か」

 そう言って彼は身支度をし、母を迎えに行った。スーパーに到着後、従業員出入り口の前で少し待った。すぐに母が出て来た。

「恵、お待たせ」

 母と合流し、コンビニに向かった。

「どう?勉強の調子は」

「うーん、英語がなぁ」

「教えてあげようか?」

「今度の母さんの休みにお願いしようかな」

「分かった」

 そう話しながらコンビニに寄った。品物を選んでいると、とある親子がコンビニに訪れた。こんな時間に低学年の小学生女児を連れてコンビニに寄るなんて非常識だなぁと思いながら商品を選んでいると、ふと親子が「一番くじを探している」と店員に言っていた。もう何件も探しているがどこも品切れで、ネットの口コミでまだやっていると言うこのコンビニにやっとここに辿り着いたのだと言う。幸いにもまだくじは残っており、一ロットあった。しかしお小遣いの範囲で、という事もあり、三回だけしか回せないと言う。それを聞いて母は徐に左腕の袖を捲った。

「母さん、もしかして……?」

「これくらいは大目に見てよ。なけなしのお小遣いで当てられなかったらあの子が可哀想じゃない」

 母がそう言うと、左手の爪を伸ばして鋭くさせた。そしてその爪で右腕を引っ掻き、血を流した。するとその血はすぐに蒸発して女の子に向かって行き、女の子を包んだ。母の傷口はすぐに塞がり、爪も元に戻った。女の子はレジでお金を払い、三回くじを引いた。くじはその女の子が当てたかった一等のぬいぐるみが当たった。女の子は嬉しそうにそのぬいぐるみを抱いて帰って行った。自分達も会計をし、家に帰った。母と一緒に夕食を食べながら話をした。

「母さん。さっきのはやり過ぎなんじゃない?」

「何で?」

「子供は子供らしく、財力で敵わないのであれば自分の運に任せるべきだ」

「私の血の力はああいう時に使う物よ」

「あのコンビニに辿り着いただけでも運が良かったと思わせるべきだよ」

「良いじゃない別に。喜んでたんだから」

「でも……」

「こうして人を幸せにする事が、私の家系の宿命なのよ」

 これが母の特殊能力である。血を出して相手に掛ける事で、その者の運気を強制的に上げる事が出来るのである。しかしこの能力は血縁者には効かない。それは恵と兄も同様である。

「そうそう。満ね、来週、帰省するって」

「兄貴が?突然何?」

「単純に帰省だって。とは言っても、高校時代の仲間と飲みに行くんだって」

「じゃあ寝に帰ってくるだけか」

「そうなるわね」

 その日は風呂に入り、深夜まで勉強して少し寝た後、早朝に起きてまた勉強し、朝食を食べて学校に行った。進学校に通っていた恵は学校でも猛勉強をし、放課後、塾に通ってまた勉強した。そんな一週間が経った年末、六歳離れた兄の満が帰省してきた。

「ただいま」

「おかえり、兄貴」

「おかえりなさい、満」

「おかえり、満」

 恵、父、母で出迎え、リビングでお茶をした。

「就職活動の方はどうだ?」

「あぁ、決まったよ。渋井大学附属病院に」

「そうか。国家試験も受かったし、そのままあの大学に残るんだな?」

「うん。これからは忙しくなるから帰省もなかなか出来なくなると思って今回帰ってきたんだ」

「そう。じゃあお友達とゆっくり飲んできなさいね」

「最後になるかもしれないからな。まぁ楽しんでくるわ」

「おう」

「ところで恵、お前、受験勉強はどうなんだ?」

「俺?まぁ、自信は無いかな」

「そうか。まぁお前の人生だ。好きにしたら良いと思うけど、ニートにはなるなよ?」

「分かってるよ。でも俺は兄貴みたいに頭は良くないから、普通の大学に通って、普通の会社に入社して働いて、みたいな生活になると思う」

「それで良いと思うよ。何も高給取りだけが素晴らしいって訳じゃないんだし」

「ありがとう。でも嫌味に聞こえるな」

「ははは。悪いな」

 早々に話を切り上げ、恵は自室に戻り、勉強を始めた。暫くして、そこへ満がやってきた。

「よう。どうだ?勉強の調子は?」

「兄貴。まぁ、ボチボチってところかな」

「そうか」

 満は恵のベッドの上に座り、恵の後姿を眺めた。

「なぁ、お前の血の力を使えば受験なんて簡単なんじゃないか?」

「えっ?」

「お前の力なら、一流大学に入学して、成績もトップになれて、一流企業にも入れるんじゃないか?」

「何を言うんだ、兄貴!?そんな非人道的な事、出来る訳無いじゃないか!」

「でも宝の持ち腐れだろう?他人の為になれなないなら、せめて自分の為にその力を使えよ」

「……でも……」

「本当は弁護士か検事になりたいんだろ?」

「それは、そうだけど……」

「親父は母さんの血の力で開業して成功した。俺も血の力で患者を幸せにする為に医者になった。お前はお前の血の力を嫌ってるかもしれないが、いずれ誰かの役に立つ時が来る。それまではコントロール出来るまで自分の為に使ってみろよ」

「……考えとく」

「……まっ、お前の人生だ。お前の血の力を悪と捉えるか、善と捉えるかはお前次第だ。大学に入ってからゆっくり考えるのも良いだろう」

 満は立ち上がり、扉の前に立った。

「でもこれだけは覚えておけ。お前のその血の力は、きっと神様からのギフトだ。きっと、誰かを幸せに出来る。きっとな」

 そう言って満は部屋から出て行った。

「ギフト、ねぇ……そんな物じゃないよ。俺の血は、人を不幸にしか出来ない……」

 恵はその後、勉強に身が入らず、早々に切り上げて風呂に入って寝た。

 数週間後、センター試験が行われた。近くの会場に行き、試験を受けた。試験が開始され、問題用紙を手に取ってマークシートを捲った際にうっかり指を切ってしまった。

(あっ……!)

 傷口から血が滴り落ち、すぐに蒸発して会場全体を包んだ。

(駄目だ!これじゃあ……!)

 時すでに遅し。会場が恵の血で包まれ、会場にいた恵以外の受験者全員が体調不良で病院に運ばれていった。

(あぁ……やっぱりこうなってしまった……やっぱり俺の血は、人を不幸にする……)

 受験者は恵一人になり、後日、合格通知が届いた。恵はこれを蹴ろうとした。恵の母はそれを止めた。

「折角受かったのに、浪人するつもりなの?」

「うん……」

「何で?」

「俺の血のせいなんだ……」

「指を切ったせい?血の力のせいで受験者が大勢、病院に運ばれたから自分が受かったと思ってるの?」

「うん……」

「センター試験には全国で毎年、何万人受けてると思ってるの?貴方の実力よ?」

「確率が上がったのは確かなんだ……来年、改めて受験して本当の実力で合格する」

「でも……」

「もう嫌なんだ……この血のせいで、誰かを不幸にするのが……」

 そう言って恵は自室に戻って引き籠った。

 これが恵の血の力である。母や満のように他者を幸せにするのではなく、不幸にしてしまう。この能力のせいで、恵は他者から一歩身を引いた付き合い方をし、なるべく怪我をしないように暮らしてきた。この能力が開花したした時、それは小学生の時だった。同級生に虐めれていた際、転んでしまい、膝を擦りむいた。その時、血が出てしまい同級生達は突如、倒れた。脳の血管が破裂したのだ。一命は取り留めたものの、後遺症が残り、同級生達は特別支援学校に転校していった。これを機に、二度と血を使わないと誓い、うっかり血を出さないように気を付けて生活してきた。自分で付けた傷はすぐ治るが、そうでない場合は普通の人と同様に時間を掛けて治す。それが原因で、学校では学級閉鎖になる程の病気や怪我で大半の生徒や教師が休む事になった。それ以来、母からは「貴方は人を不幸にする力がるみたいね」と言われ、少しの怪我でも怪我をした時は学校を休むようになった。それから恵は人と深く関わる事を辞めたのだった。

 合格通知が届いた翌日、夜に目が覚めたタイミングで母からメールが届き、仕事終わりの母を迎えに行く事にした。いつものように迎えに行ったのだが、落ち込んでいる恵の様子を見て、母は黙り込んでいた。コンビニで買い物をし、帰る道中、後ろから女性の悲鳴が聞こえた。振り返ると、女性が倒れ、こちらに向かって走って来る男の姿がった。その男の手にはその女性の物らしきバッグが握られていた。女性は「泥棒ー!」と叫んでいた。恵は徐に自分の左腕の袖を捲り、右手の爪を伸ばして左腕の腕を引っ搔いた。血が溢れ、その男に掛けた。すぐに傷は塞がった。男は一瞬狼狽えたが、そのまま恵と母を通り過ぎ、奥の十字路に右折していった。瞬間、その男は吹っ飛んで十字路の真ん中に倒れて意識を失った。恵はその男の脈を測り、死んでない事を確認すると、バッグを女性に渡した。

「これ、貴方のバッグですよね?」

「あ、はい!」

「中身を確認して下さい」

「はい!」

「母さん、警察と救急に通報して」

「分かったわ」

 母はスマートフォンで警察と救急に通報し、暫くしてパトカーと救急車が到着した。男は救急車に乗せられ、意識を取り戻して警察から事情聴取されていた。女性も警察に事情聴取され、恵と母はそそくさと帰ろうとした。すると女性が慌てて追い掛け、恵に頭を下げた。

「ありがとうございました!」

「いえ、俺は何もしてませんから」

「そうですか?でも、ありがとうございました!」

 何度も頭を下げる女性を背に、恵と母は帰って行った。家に帰ると、二人は食事をした。

「ねぇ、本当に浪人するの?」

「……する」

「じゃあ何で受験を続行したの?」

「えっ……?」

「本当に蹴るつもりなら、自ら受けない事も出来たでしょ?」

「それは……」

「まだ数日、時間はあるからゆっくり考えなさい。自分の気持ちに正直になってね」

 食事が終わり、先に風呂に入った恵は湯船に浸かりながらさっきあった事を考えていた。そして思った。

「自分の気持ちに正直になって、か……」

 恵はさっきの事を思い出していた。自分の血の力。それであの犯人の男は不幸な目に遭った。しかしそれは自業自得。結果として、あの被害に遭った女性は幸せになった。この血の力は、もしかしたらこういう時の為に使えるのではないかと。そして決めた。自分の進むべき道を。風呂から上がった恵は母の下へ行った。

「母さん」

「どうしたの?」

「俺、決めたよ」

「何を?」

「俺、弁護士や検事にはならない」

「そう……じゃあ、やっぱり浪人するのね……」

「いや、大学に行くよ」

「えっ?」

「大学に行って、将来、刑事になる」

「け、刑事?」

「うん」

「どうして?」

「この血の力だよ。この血の力を最大限に活かせる方法は、刑事になる事だって思ったんだ」

「さっきのひったくり犯の事?」

「うん。この血の力で、悪人を裁いていきたい」

「そう……貴方がやっと前向きになれただけでも良しとしましょう。しっかり法律の事を勉強して、立派な刑事になりなさい」

「うん。俺、頑張るよ」

 翌日、恵は母と共に銀行に行き、入学金を支払いに行った。そして二ヶ月後、無事、恵は渋井大学法学部法科に入学した。


『他人の不幸は蜜の味』2


・渋井大学での再会


 恵が渋井大学に入学して一週間が経った。最初の一週間はレジュメの説明で終わり、その後、サークルの説明会に向かった。恵は剣道サークルに入部する事にした。初めてサークル室に向かうと、そこで思わぬ人物と再会した。

「恵君?」

「愛ちゃん?」

 それは母方の親戚の再従妹の愛だった。この愛も同様に血の力を持っており、他者を幸せに出来る能力を持っている。そして同い年で、幼い頃から親戚の集まりで親交があったが、高校生になった辺りで親戚の集まりにお互い顔を出さなくなり、連絡も取っていなかった。しかしこの大学で久し振りの再会をしたのだった。

「やっぱり恵君だ!恵君もこの大学に入学してたんだ!?」

「うん。愛ちゃんもこの大学だったんだね。学部と学科は?」

「法学部法科」

「あ、俺と一緒だ」

「そうなんだ!わぁ~!上京して知り合いがいなかったから不安だったんだよ~!嬉しいなぁ~!」

「俺も嬉しいよ。元気そうで何よりだよ」

「私も!元気にやってたみたいで安心した!」

 それから二人はいつも一緒に講義を受けるようになり、サークルでも共に行動し、付き合うようになるまでそこまで時間は掛らなかった。ある日、恵は愛の住むアパートに泊りに行った。

「恵君。私ね、昔から恵君の事が好きだったんだ」

「あぁ。俺もだよ」

「恵君、君の血の力は聞いてるよ。人を不幸にしちゃうんだって?」

「……あぁ」

「でも私には血加羅家の血が流れてる。私には恵君の血の力は効かない。ずっと傍にいてあげられる」

「愛ちゃん……」

「ねぇ、どう?私と付き合わない?」

「……うん」

「何?その間は?」

「いや、俺と一緒にいたら、愛ちゃんには何も無いかもしれないけど、愛ちゃんの友達に不幸が訪れるかもしれないから……」

「そんなの気にしなくて良いよ。そこは私の血の力でカバーするから」

「どういう事?」

「うっかり恵君が血を流したら、すぐに私が私の血を流して他の人を幸せにすればプラマイゼロって事」

「……成程」

「ね?もう何も心配無いでしょ?」

「そうだね」

 それから二人は何度かデートを重ね、やがて夜を共にするようになった。剣道サークルでは恵が怪我をした際、すぐに愛が血を流し、サポートに徹した。その甲斐もあり、大学生活は平穏に過ごせた。

 ある日、兄の満からメールが入った。「特別な血を持つ医者がいる」と。恵はすぐに渋井大学附属病院に行き、満の下へと向かった。満は丁度、休憩時間で会ってくれた。

「失礼します」

「恵か。待ってたよ」

「兄貴、さっきのメールの事だけど……」

「あぁ。あの人はまだ残って煙草吸ってるよ。会うか?」

「うん」

 二人は例の医者に会いに行った。そこには長身の女性とそれに並ぶ青年の姿があった。

「失礼します。キャン先生」

「吉田先生?何か?」

「実は折り入ってお話がありまして」

「話?何?」

「キャン先生のお噂は聞いております。キャン先生は特別な血の力があるとか」

「えぇ。そうね」

「年齢も実は数百歳を超えてるとか」

「えっ、そうなの?兄貴。そんな話、信じられないよ」

「事実よ。私は三百年以上生きているわ」

「そんな見た目で?」

「まぁ、ちょっと訳アリでね」

「もしかしたらキャン先生は我々の先祖なのではないかと思って来たんです」

「先祖?」

「はい。私達も特別な血の力を持っています」

「ふぅん?」

「我々一族は血の力で他者を幸せに出来ます。キャン先生も血の力で患者を幸せにしています。なので何か共通点があるのではと思いまして」

「それは無いね。私は今まで子供を産んだ事は無いし、家族もそんな血の力があるとは聞いた事が無いね」

「じゃあ何故、血の力が?」

「私の場合、ちょっと訳アリでね。患者を幸せにするとはちょっと違うね」

「と言うと?」

「悪魔との契約でね。そのせいで見た目は老けないし、患者を癌から救う力を手に入れたんだよ」

「ちょっ、キャンさん。それ言っちゃって良いんですか?」

「良いんだよ、カイト。どうせ聞かれるだろうし」

「悪魔?契約?そんな非科学的な事信じられませんよ」

「信じるかどうかは君達次第。ま、蟹座の悪魔の事を調べてみるんだね」

「蟹座の悪魔?」

「あぁ。でも一つだけ忠告しておこう。蟹座の悪魔の事を知っても、実行するんじゃないぞ」

「……?はい」

「じゃ、私達は帰るから」

「失礼します」

「あ、倉部君。今度ゆっくり飲みに行こう。大学時代の同期の飲みだ」

「あぁ。考えとくよ」

 そう言ってキャンとカイトは帰っていった。

「兄貴、蟹座の悪魔って?」

「あぁ、それは俺が大学時代オカルトサークルにいた時にチラッと聞いたよ。倉部君が悪魔研究サークルにいた時、黄道史枝さんって人に聞いたらしい。その時の話だと、蟹座の悪魔は千七百年代に流行った悪魔降臨の儀式で、体の犠牲と引き換えに若さと寿命の延長と病気をしない体になるんだとか」

「それで特別な血の力が宿ったと?」

「かもしれないな」

「にわかには信じられないな……」

「だがキャン先生は戸籍が無い。単純に出生届が無いだけじゃない。歴史について異常なまでに詳しい。事細かに。それから考えるに、キャン先生は悪魔契約をしてあの若さと能力を手に入れたんだろう」

「そうか……」

 何か自分の稀有な血の能力を解決出来ないか訪れたが、何の収穫も無く恵は自宅に帰っていった。家では休日だった母がリビングでスマートフォンを見ていた。

「ただいま」

「おかえり。遅かったね。また愛ちゃんとデート?」

「違うよ。ちょっと兄貴の病院に行ってたんだ」

「何?どこか調子悪いの?」

「いや、この血の力をどうにか出来ないかと思って、似たような人を訪ねに行ったんだ」

「似たような人?あぁ、サイン・キャン先生の事?」

「知ってたの?」

「ここらじゃ有名なモグリの医者よ。お父さんから聞いてるわ」

「そうなのか」

「何か分かった事でもあった?」

「いや、何も収穫は無かったよ」

「そう。まぁ自分の血の力の使い方はこれからゆっくり考えなさい。まだ大学は四年あるんだから」

「うん。そうする」

 それから三ヶ月の月日が流れた。大学にも慣れ、サークルにも慣れ、これから夏休みに入る事となった。剣道サークルでは本格的に活動が始まり、合宿に参加した。そこでは今までに無かった横暴な指導をする顧問の教師が暴力を振るって先輩部員達を虐めていた。新入生も例外ではなく、指導という名の暴力を振るっていた。それに耐え兼ね、一年生は先輩達に大学側に訴えようと言ったが、それ以上にその顧問に罰を与えられるのではないか、今だけ耐えれば後は慣れると言って拒んだ。恵は暫く耐えたが、大会に出場した際、敗北した時に厳しく殴られた。その時、口から血が流れてしまった。この血がその顧問を覆い、顧問は帰り道、工事現場から落ちてきた足場に押し潰されて両脚を骨折し、再起不能となった。後で任命された顧問は優しい人で、先輩達も一年生達も非常に喜んだ。結果として最初の顧問は不幸になったが、自分達は幸せになった。これに対し、愛は恵に礼を言った。

「ありがとう。恵君」

「何で?」

「だって、恵君の血の力のお陰なんでしょ?」

「そうなのかなぁ……あの時、確かに殴られて血を流して、あの人を恨んだけど……」

「あの人には丁度良い罰だよ。大学側が認めないなら、私刑にするしかなかったんだよ」

「私刑か……そこまで考えてなかったんだけど……」

「結果的に皆、幸せになったんだよ?」

「でもあの顧問には不幸を呼び寄せてしまった……」

「あれ以上、罪を重ねる前に止めてあげたんだよ。結果的に起訴されないで終わったんだし、もう誰もあの人を責めないよ。だから、これは人を幸せにする行為だったんだよ」

 恵はこれを言われて「確かにそうかも」と思った。昔の恵を虐めいていた同級生達も、以前のひったくり犯を懲らしめた時も、もう二度と犯罪に手を染めないであろう身体的ダメージを与えた。今回もそうだ。更生する機会を与えたと思えば、自分のこの血の力は人を幸せにする物なのかもしれないと思った。もしかしたらあの時、試験会場にいた受験者も実力不足で落ちる所を理由を着けてあげたのかもしれない。学級閉鎖になった時だって、学校を堂々と休めて嬉しいと思った同級生達もいたかもしれない。そう思うと、少し気が軽くなった。これからはもっとこの血の力を使っていこうと思った。

 それから二年後、大学三年生になった時、恵と愛は同棲するようになった。将来を約束し、恵は刑事を、愛は検事を目指して勉強に励むようになった。そして三年生になった夏休みのとある日、バイトをしていた恵は夜遅くに帰宅した。インターホンを鳴らすと、いつもなら勉強している愛が出迎えてくれるのだが、この日は出てこなかった。寝ているのかと思いドアノブを握ると、回った。鍵は開いていた。不用心だなと思いながら中に入ると、そこには目を疑う光景が繰り広げられていた。愛が両手足をベッドに縛られ、口にはガムテープを貼られ、涙を流しながら見知らぬ男に暴力を振るわれていたのだ。恵は持っていた鞄を男に叩き付け、怯んだところに馬乗りになり、我を忘れて何度も顔面を殴り付けた。気絶したのか、男は動かなかくなった。恵は我に返り、愛を解放した。愛は泣きながら恵に抱き着いた。

「恵君……!」

「愛ちゃん……!一体どうしたんだ!?」

「アパートが管理しているエアコンの修理業者と言い張った男が無理矢理入って来て、私を襲ったの……!」

「この野郎……!」

 恵は右手の爪を伸ばし、左腕を引っ掻いた。血が溢れ出て、いつもより多目に男に掛けた。掛け続けた。やがて男は起き上がり、衣服を持って急いで出て行った。すると階段から転げ落ち、右脚を骨折した。痛みに耐えながら道路に出ると、スクーターに轢かれ、左腕を骨折し、吹き飛んだ。そして運悪くトラックがその吹き飛んだ先に現れ、腹を引かれて血を吐いて這いずってまた逃げようとする男はまたも運悪くガス欠でガソリンスタンドでガソリンを購入していた別の男にぶつかり、ガソリンを体中に浴びた。更にそこへベランダから煙草を吸っていた別のアパートの住民が火の点いた煙草の吸殻を捨て、それが男に降り掛かった。男は激しく燃え上がり、のたうち回った。恵はすぐに警察と救急に連絡し、程無くしてパトカーと救急車が到着した。その頃には男は黒焦げになっていたが、一命は取り留めていた。事情聴取の後、男は警察病院に送られ、火傷の苦しみを味わう事となった。その知らせを聞いて、恵は自分の血の力を確信した。これは人を不幸にするだけじゃない。その人を更生させる機会を与える、神様からのギフトなのだと。その夜、恵は愛を抱き締めながら眠りに着いた。もう二度と、愛を離さないと誓って。寝ながら恵と愛は語り合った。

「ごめんよ。愛ちゃん。怖い思いをさせてしまって……」

「恵君のせいじゃないよ。私も迂闊だったし……」

「もう、絶対に怖い思いをさせない。この血の力で、君を幸せにしてみせる」

「私だけじゃ駄目」

「えっ?」

「恵君も、一緒に……!」

「……あぁ……あぁ……!」

 それから三年後、恵は大学を卒業。愛は大学院に進学し、司法試験に合格した。晴れて二人は法の人となり、就職も上手くいき、恵は警察学校を経て警察官に。愛は検事になった。恵は自分の血の力を利用して検挙率を上げ、昇任試験に合格し、二十六歳で刑事になった。恵も力を着け、検事として立派に仕事をしていった。やがて二人は結婚した。恵の意向で自分の血が子供に引き継がれたらその子が困ると思い、子供は作らず、夫婦二人で幸せに過ごしていた。


『他人の不幸は蜜の味』3


・刑事生活


 刑事になって一年目。交代制で一人でとある指名手配犯の張り込みをしている最中、腕から血を流して容疑者を誘き出し、見事、容疑者を逮捕出来た。裁判の傍聴席でもこっそり血を流し、被告人の口をうっかり滑らせ、裁判は執行猶予無しの無期懲役を被告人に言い渡した。

 他にも色んな事件を担当し、遂に巡査から巡査部長に階級が上がった。そのタイミングで恵は愛と結婚した。

 そんな生活を送っていた恵はふと自分の血の事が気になり、実家に電話で聞いた。

「もしもし?母さん?」

「あら、どうしたの?恵」

「俺達の血の事なんだけどさ……」

「あぁ、その事ね。まぁもう良いか。話しちゃっても」

「どういう事?」

「後で郵送するから、それを読んでみて?」

「郵送?何を?」

「『蠍座の悪魔』についての書物」

「『蠍座の悪魔』?」

「代々、長男長女にのみ受け継がれてきた、この血の力の呪い」

「呪い?ギフトじゃなくて?」

「そう。これはギフトなんかじゃない。呪いなの」

「意味が分からない」

「まぁこの書物を読めば分かるわ。後で読みなさい」

 そう言われ、後日、実家から一冊の書物が届いた。表紙に「蠍座の悪魔」と書かれており、裏には「黄道史枝」という名前らしいものが書かれていた。

 中を読んでみると、そこにはこの血の力に着いて書かれていた。中にメモ用紙も挟まっており、それも読んでみると、どうやら大正時代の先祖に蠍座の悪魔と契約した人がいるらしかった。血の力は時を重ねる毎に少しずつ変化していくもので、丁度、恵の歳で転換期を迎えたとの事らしい。人を幸せにする力。一方で人を不幸にさせる力。この血は一種の毒らしい。この血を使う事で人を幸せにしたり不幸に陥れたり出来る。それは実体験で感じていた。

「成程」

 そう思い、その書物の事は一旦置いておいて、箪笥の奥にしまった。

「何が届いたのー?」

 愛が台所から顔を覗かせた。

「何。この血の力についての本だよ」

「へー。何か由来でもあったの?」

「どうも大正時代に蠍座の悪魔とやらと契約してこの血の力を授かった先祖がいたみたいでさ」

「そうなんだ。あ、そろそろご飯出来るよ」

「ありがとう。じゃあ食べようかな」

 二人は食事をし、風呂に入って寝た。

 それからも恵は血の力を悪用し、次々と犯罪者を逮捕していった。次第にその力に溺れ、関係の無い市民にも血を使い、犯罪者にさせていった。

 摘発数が異常に伸び、恵は巡査部長から警部補、警部、警視まで上り詰めた。

 そんなある日、愛は子を妊娠した。一応DNA鑑定をすると、恵との子供だった。二人は喜び、子供の将来の事を考えた。しかしふと思った。

「この血の力が遺伝してしまうのでは……?」

 と。しかし自分が特別な血なだけで、子供は違う血の力かもしれない。そう思い、十月十日後、愛は子を出産した。女の子だった。その子に「ムル」と名付け、大杼に大事に育てた。

 ムルが一歳になる頃、ムルが転んで怪我をした。その時、血が愛に着いてしまい、愛は日焼けで火傷を負ってしまった。これを見て恵はすぐに対処しようと思い、あの蠍座の悪魔の書物を探した。見付けるなり、即座に契約を解除しようと思ったが、その大事な部分が書かれていなかった。実家に電話して聞いてみると「それは分からない。ただ、言い伝えではもう一度悪魔を召喚するしかない」と言われた。娘の事は愛している。しかし、長年一緒に居た愛の事の方が、父親としてではなく、伴侶として優先した。悪魔契約を解除するには、まず部屋を暗くし、床に一メートル四方の魔法陣を書く。その魔法陣は蠍座の星座に則った形にし、周りに古代ギリシャ文字を書く。そして自分の血を一リットル抜き取り、それを小瓶に分けて蠍座の星座の星の位置に置き、最後に古代ギリシャ語で呪文を唱える。この時、兄の満から射器を購入し、血は数週間に分けて抜き取った。その間、針の跡と瓶に移す際に血が蒸発し、愛は体調を崩すようになっていった。

「すぐにこの呪いを終わらせなければ」

 そう思い、事を進めたのだった。


『他人の不幸は蜜の味』4


・悪魔との対峙


 儀式を始めると、目の前が急に明るくなり、一瞬目を伏せた後にゆっくり目を開けると、そこには巨大な蠍の姿をした悪魔がいた。

「俺様と契約したいのはお前か?」

 その恐怖心から声を出せずにいると、蠍座の悪魔はキョトンとした様子で恵を見た。

「はて?お前はどこかで見た事があるような……?」

「あ、た、多分、私の先祖が貴方と契約をしたと思います……」

 蠍座の悪魔は「あぁ!」と鋏をカチカチ鳴らした。

「あの時の子孫か!元気でやっているか?」

「あ、ま、まぁそこそこですね……」

「そうかそうか。まぁ元気なら何よりだ。で?何で俺様を呼び出したんだ?」

「あの、契約の事を……」

「あー!ちょっと待った!折角だ。酒でも飲んで今までの事を聞かせてくれよ!」

 蠍座の悪魔は一瞬姿を消し、すぐに戻って来た。鋏には酒の入った瓶が握られていた。

「この酒は俺様の毒で作った酒なんだ!俺様が自分で言うのもあれだが、相当美味いぞ!」

「は、はぁ……?」

「ささ、飲め飲め!」

 蠍座の悪魔に言われるがまま、毒酒を飲んだ。それは非常に美味しかった。フルーティ?血の味?言いようがない美味さだった。

「どうだ!?美味いだろう!?」

「は、はい!とっても……!」

「そうかそうか!やっぱり俺様の血が混じっているお前にはこの味が分かるか!どうも他の悪魔達からは不評でな……お前なら分かってくれると思ってたぞ!」

「そ、そうですか……」

 それから恵は今までの生活の事を話した。自分の代で血の幸福が不幸になってしまった事、この血の力で出世した事、この血の力で家族を得た事……様々な話をした。

「成程なぁ……幸せそうで何よりだ」

「いえ、幸せではないんです……」

「どういう事だ?」

「実は……」

 恵は自分の今の状況を話した。愛する者が傷付いてしまっている事に。そして、自分のせいで犯罪者が生まれてしまっている事を。しかし蠍座の悪魔は言った。

「ほう……だが、お前のお陰で救われた者も多くいるだろう?」

「犯罪者を生み出してしまっているんです……救われていないと思います……」

「いや、モノは考えようだ。犯罪者は遅かれ早かれ手を染めていた。それを後に出す前に先に仕留めていたと考えれば良いだろう?」

「でも私の愛する妻にも被害が出ていて……」

「女は世界の人口の半分もいる。何もその女に限って言う事では無いだろう?」

「いえ。私には彼女しかいないんです……」

「それが人間で言うところの『愛』ってやつか?」

「そうです」

「そう、か……お前には期待していたんだがな……残念だ」

「申し訳ありません!どうか!どうかこの契約を解いて下さい!」

「良いだろう。だが、一つ問題がある」

「何でしょう……?」

「俺様と契約を解除したら、お前は一生不幸になる。それでも良いのか?」

「私が不幸に……?それで妻と娘が幸せになるなら、それくらいどうって事ありません!お願いです!契約解除をお願いします!」

「……分かった。そこまで言うなら良いだろう。契約を解除してやる」

 蠍座の悪魔は針を恵に刺した。その傷口から一本の糸が現れ、蠍座の悪魔はその糸を切った。あまりの激痛に恵はその場に蹲った。

「じゃあ俺様は帰る。忘れるな。お前は一生不幸だ」

 そう言って蠍座の悪魔は消滅した。

 その後、恵はすぐに愛と離婚の話をした。「自分が居たら、君まで不幸になる。そして、ムルにも」と語ると、愛はすぐに反対した。

「嫌だ!アナタと別れたくない!」

「でももうこれは決まった事なんだ!悪魔との契約を切ったから!」

「だからって何も恵君が不幸の道に行くのを黙って見てられない!」

「兎に角、もう俺には関わるな……金は払う。慰謝料と養育費だ」

「……そう。そこまで言うなら分かった。離婚しましょう」

「すまない……」

「本当だよ……こんなので済まされる事じゃないよ……」

 恵は慰謝料と養育費を払うと、そのまま心臓発作を起こした。死の寸前「これが、一番の不幸か……」と悟りながら死亡した。


『他人の不幸は蜜の味』5


・死神の小話


 心臓発作で死んだ恵は目を覚ました。そこは暗い場所で、辺りには何も無く、先も見えない。だが地面はあるという不思議な場所だった。ボーッとする頭を抑えながら立ち上がると、自分にスポットライトが当たるように光が差し込んだ。そして向こう側にもスポットライトが差し込み、そこには大きな鎌を持ち、黒いフードを被った少年が立っていた。

「やぁ、君を迎えに来たよ」

「貴方は……?」

「死神さ」

「死神?」

「そう、死神」

 恵はゆっくりと立ち上がり、深呼吸した。

「悪魔がいたんですもんね。死神くらいいますよね」

「理解が早くて助かるよ」

「私は悪魔と契約した事があります。家族を突き離しましたし、多くの犠牲者を出しました。私が逝くのは地獄ですか?」

「いいや。地獄じゃない」

「じゃあ天国ですか?まさかね」

「天国でもないね」

「じゃあどこに?」

「それは逝ってからのお楽しみ。まぁ詰まる所、天国も地獄もあの世では一緒なんだよ」

「ふぅん……?」

「さて、ここからは僕の仕事をさせてもらおうかな」

「仕事?」

「そう。仕事。ここでは君の願いを一つだけ叶えてあげる事が出来る」

「願いを、叶える……?」

「そう。生き返らせてくれ、なんてのは無理だけど、可能な範囲でなら何でも叶えてあげるよ」

「そうか。じゃあちょっと時間をくれ」

「良いとも」

 恵は熟考した。その間、死神は煙草を取り出して吹かして待った、そして恵は思い付いた。

「家族の様子を見たい」

「家族?」

「もう離婚してしまいましたが、あの後、妻と娘の様子はどうだったかを聞きたいです」

「良いよ」

 死神は鎌を一振りし、光の球を出現させた。その光の球には離婚後の愛とムルの様子の映像を流した。そこには悲しみに暮れ、酷く泣いている愛と、その不安感から泣いてしまうムルの姿があった。

「ごめんよ……!」

 酷く後悔する恵に、死神は言った。

「君が不幸になるという事は、君が死ぬ事じゃなかったんだよ」

「えっ……?」

「君が家族を捨て、家族を悲しませる事が一番の不幸だったんだよ」

「そ、そんな……!?だ、だって私が居たら二人にも不幸が……!」

「いいや?それは不幸の運命にはならなかったんだよ。君にとっての一番の不幸は、君の家族を失う事だったんだ」

 静寂が流れた。

「良いかい?君が幸せになるというのは、君自身が家族を大事にする事だったんだ。それを自分から手放して、挙句、奥さんと娘さんに不幸を与えた。それが君にとっての一番の不幸だった。違うかい?」

「……はい……!」

「で?願いは?」

「えっ……?今のが願いだったんですけど……?」

「こんなの訳無いさ。他に何かあるだろう?」

「……もう少し考えさせて下さい」

「良いとも」

 恵はまた熟考した。死神は煙草を吹かせて返事を待った。そして恵は言った。

「彼女達を、迎えに行きたい」

「それは彼女達を殺せって事かい?」

「いや、天寿を全うした後、謝りたい」

「そうかい……じゃあちょっと待っててくれ給え」

 死神は鎌を一振りし、小さい光の球を出現させた。そこで何やらボソボソと会話すると「オッケー」と言ってもう一度鎌を一振りした。その瞬間、空間が歪み、一瞬眩暈のような感覚に恵は困惑した。だがその直後、目の前に愛とムルが現れた。ムルは赤ん坊のままだった。「どういう事だ?」と思っていると、ムルの泣き声で愛は目を覚ました。

「ここは……?」

「やぁ、君を迎えに来たよ」

「迎え?」

「迎えに来た、と言っても、僕ではなく、彼だけどね」

「えっ……?」

 愛が振り返ると、そこには恵が居た。

「恵君!?」

「愛!ムル!」

 恵は二人の側に駆け寄った。

「すまない……!勝手な事ばかりして……!」

「本当だよ……!恵君が居なくなってから、私達は不幸続きだったよ……!?」

「どうして……?」

「私は恵君と一緒に生きたかった……!なのに恵君は自分の幸せの為に私達を捨てた……!それが許せなかった……!」

「幸せ……?いいや、俺は、君達の幸せを願って離れたんだぞ?」

「違うよ。現実から逃げたってだけ。私達の幸せを第一に考えるなら、あの時、私達から離れるべきでは無かった……!」

「そうか……すまない……!本当にすまない……!でもどうしてムルは赤ん坊のままなんだ?」

「それはあの後、突然の事故に遭って死んだからだと思う」

「事故……!?」

 愛は語り出した。恵と離婚した直後、実家に帰ろうとしてタクシーに乗った。しかしそこでトラックの正面衝突事故を起こされ、そのまま意識を失ったと言う。おそらくそれが死の原因だったのではないかと愛は言った。死神に確認を取ってみると、その通りだと言った。

「愛の最期の願いは言ったのか?」

「言った。恵君に会いたいって」

「ムルもか?」

「ムルは代わりに私が答えた」

「そうか……」

 再会の余韻に浸っている所に、死神は「ゴホン」と咳払いした。

「感動の再会中申し訳ないんだけど、そろそろ良いかい?」

「あ、あぁ。何でしたっけ?」

「君達の願いを叶えたから、その先に逝きたいんだけど」

「そうですか。じゃあお願いします」

「じゃあ気を取り直して……」

 死神は鎌を一振りし、光の階段と光の扉を出現させた。

「さぁ、君達の願いは叶えた。あの世に逝ってもらうよ」

「ありがとうございました。死神さん」

「ありがとうございます」

「これが仕事なんで」

 三人は階段を上っていった。

「向こうではゆっくり、幸せを築いて行こうね?恵君」

「あぁ。愛。ムル」

 三人は光の階段を上っていき、光の扉をくぐって消滅した。

 死神は鎌を一振りし、悪魔界に向かった。蠍座の悪魔に会いに行き、事の経緯を話した。すると蠍座の悪魔は「そうかそうか。不幸になったか。思惑通りだ」と言って酒のつまみに三人に会いに行った。そこで彼らの人生を聞きつつ、自分の毒酒を振舞い、三人は微妙な空気の中、悪魔に話をしていたのだった。蠍座の悪魔は酒を振る舞って言った。

「どうだ?美味いか?」

「……前に飲んだ時と味が違います」

「当然だ。あの時のお前は、自分の力を誇っていた。だが今のお前は、自分の過ちを知った。同じ血を持つ者でも、味覚は変わる」

 そう言い残して蠍座の悪魔はご機嫌に帰っていった。


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