保護猫の家
〈重厚なやうな茶番よ紅葉忌 涙次〉
【ⅰ】
今回は思いつきり懐古的なお話。
カンテラ一燈齋事務所には、杉並區の「開發センター」及び「方丈」の他に、* 埼玉は秩父の「スタジオ」と云ふ「飛び地領」があつた。元は「猫をぢさん」こと** 岩坂十諺、別名・松見鉄五郎が、彼のなりはひだつた八卦を立てる為に使つていた、小さなログハウスだ。今では事務所の割合と近くに、「開發センター」がある為、使はれてゐない。手頃な買ひ手も付かない、謂はゞ「廢屋」である。
* 前シリーズ第23話參照。
** 前シリーズ第19話參照。
【ⅱ】
岩坂は(ヘタレだが)魔導士だつた。そして、じろさんの茶飲み友逹だつた。だがルシフェルがまだ魔王だつた頃、彼を殺したのだ。
で、牧野。「廢屋」でも綺麗に清掃すれば、一味のレクリエーション施設として利用出來るだらう、と考へ、はるばるバイク(ホンダLY125fi)に清掃道具を積んで、かの地へ何度か通つた。原付二種で秩父の山奥まで行くのは骨だつたが、其処は「開發センター」支配人の意地で、何とか通ひ、掃除を濟ませた。
【ⅲ】
然し、掃除の度に彼は、脊中に惻々とした寒氣を覺えなければならなかつた。(或ひは、岩坂さんとやらの靈魂がまだ、彷徨つてゐるのかも知れないなあ)と、牧野は思つた。
それにしても、じろさんには亡き友人の「にほひ」が滲み付いてゐる場所。カンテラにも、其処は、或る機縁で懐かしい場處なのである。
※※※※
〈猫一匹殺したるなり好畸心我がヒーロー傅面白げかも 平手みき〉
【ⅳ】
牧野からその話を聞き、じろさん・カンテラ、行つてみやうと云ふ事になつた。
じろさん「おーい、松見さん、ゐるなら出て來てくれ。此井だよ~」すると、案に違はず岩坂の亡靈が-「おゝ此井さん。久し振りですね」-「やつぱりゐたか。ルシフェルは改悛した。今は冥府にゐる。あんたも成佛して、彼と席を同じうしてみれば?」
【ⅴ】
岩坂「それは兎も角。このスタジオを廢屋にするとは何たる事」-じろさん(意地けてゐるんだな・苦笑)「分かつたよあんたの云ひ分は。然しだからこそ、今回うちの若い者に掃除させ、あんたを滿足させやうとしてゐる。この私の顔に免じて、勘弁して貰ひたい」-「...」-
【ⅵ】
「このスタジオ、何に使ふ積もりなんです?」-「まあ一種の研修センターですな。レクリエーションもこゝで行ふ」-
だが岩坂、「カンテラさん、八卦を最近立てゝゐるのですか?」-カンテラ「立てますよ」-「ならこゝを何故使はないのだ」岩坂譲らない。段々、じろさんも焦れて來た。
「あんたもしや惡靈になつたんぢや」-「人にはなんとでも云はせるさ」とは云へ、斬ると云ふ譯にも行かない。
【ⅶ】
こゝでカンテラが妙案を出した。「ぢや、こゝであんた、保護猫の世話をしたらだうです? あんた猫好きなんだろ。俺逹が飼ひ主のゐない猫を連れて來るから」-「...」岩坂、少し考へ込んだが、結局OKを出した。「たゞ、うちの連中が、猫と触れ合ふレクリエーションをする場合には、あんた文句云はず饗してくれるな?」-「良からう」
【ⅷ】
その帰るさ。車中にて。じろさん「カンさん良くあの提案、考へ付いたね」-カンテラ「いや、何らかの福祉事業はしなくては、と前から思つてたんだよ。社會の皆さんには世話になつてる譯だから」-「これはまた意外な」-カンテラ「(照れ笑ひ)」
※※※※
〈鰤大根美味しくなつてやがて冬 涙次〉
【ⅸ】
カンテラには然し、或る目論みがあつたのである。棄て猫は魔界のキメラメイカーに利用され易い。* カンクローの例もある。それを未然に防ぐには、野良逹の生活を面倒見なくては- と云ふ事。岩坂がそれをやつてくれるなら、都合が良い。また、猫と触れ合ひたい人からの、収入も見込まれる。とまあ、「いゝ事づくめ」
* 当該シリーズ第28話參照。
で、事務所に帰つてから、テオと由香梨に、身寄りのない猫がゐたら連れて來るやうに、と命じたのは云ふ迄もない。「秩父保護猫の家」譚、これにてお仕舞ひ。




