幼き天才、テレビへ ― 世間と桜
三段リーグに名を連ね始めた少女・朝倉桜。
その実力と着実な戦績は、棋界内外で静かな注目を集めていた。
「女性初のプロ棋士候補」
「読み筋が人外」
「落ち着きすぎた態度」――
しかし、最も話題になったのはそのギャップだった。
中学入学前の年齢ながら、受け答えは大人びていて、感情の起伏も乏しい。
「普通に年相応の見た目なんだけど……中身が違いすぎる」
「将棋してるときだけ、完全に別人」
「淡々と刺す手が怖いくらいに正確」
ネットでは“リアルAI”“棋界の静寂”などの二つ名が囁かれ、ついにはテレビ局から出演依頼が届いた。
---
「桜、テレビ出演、受けてみないか? ドキュメント系の真面目な企画だ」
師匠・高坂の問いに、桜は静かに視線を向けた。
「……将棋の話なら、問題ありません。努力は、します」
もはや淡々と応じるのが彼女の“普通”だった。
---
撮影当日。
制服姿の桜が控室に現れると、スタッフたちはささやく。
「……見た目は普通の女の子だよな?」
「でも無口すぎて、空気が違う」
「なんか、“何かを悟った中学生”って感じ」
収録が始まり、司会者が笑顔で問いかける。
「桜さん、将棋を始めたきっかけは?」
「……小さい頃、家で誰も私に興味がなくて。時間が余っていたので、パソコンで将棋のルールを見ました。面白そうだったので、やってみました」
司会者は一瞬返答に詰まる。
「周囲からの注目については、どう思われますか?」
「……あまり意味は感じていません。私は、対局がしたいだけです」
一言一言に無駄がなく、観客も、スタッフも、言葉を選びながら彼女を見つめる。
無垢な瞳の奥に、冷徹なまでの集中力が見えた。
---
放送後、ネットは再び騒然となる。
「小柄だけどちゃんと年相応。でも中身が違いすぎる」
「不思議な存在感。これが“本物”か」
「泣きも笑いもしないけど、手は雄弁すぎる」
世間は、朝倉桜という少女の“非凡さ”に気づき始めていた。
---
収録を終えた夜。
高坂は帰宅した桜に声をかけた。
「よくやったな、桜。ああやって、自分の言葉で話せたのは立派だ」
「……ありがとうございます。でも、もういいです。将棋に戻ります」
返事の声には相変わらず感情は薄い。だが、ほんの一瞬だけ――彼女は口元をわずかに緩めていた。
それを見て、高坂は何も言わず、そっと笑みを浮かべた。