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第四話 悪食

 食堂が生徒達の喧騒で包まれていたことが幸運だった。おかげでカルラの絶叫も、隣の席の女子生徒を驚かせたこと以外は何も起こさずに済んだ上に、アメリにはカルラを宥め、事情を説明する余裕を与えられた。


 「─ま、まあ……、そのロベルトとか言うやつにちゃんと知能があって、あんたの退学がかかってるなら……健全だし……いいの…か……?」


 「よかったぁ、カルラならわかってくれると思ってたよ~!」とアメリは破顔してカルラの肩を数回叩くと、乗り出していた体を再び席に戻す。アメリのローブに引っ掛かったカトラリーがテーブルから落ちそうになったが、彼女がそれを気にする様子は無かった。


 その時、アメリの顔が不意にロベルトの方を向く。


 「で、ロベルトは何か食べてみた?」


 「え?ああ。まだ何も……」


 彼はそう答えながら、白い磁器の皿に視線を落とした。皿の表面ほシャンデリアの光を受けて金色に瞬いている。その上には長めのソーセージが二本に半熟の目玉焼き。そして申し訳程度に添えられたレタス…らしき野菜。そう言えばまだ人間の頃と同じ味覚を持っているのだろうか、とロベルトは食指を躊躇った。


 「さ、食べてみて?」


 アメリからの催促を受けて、ロベルトはカトラリーの中からフォークを手に取ると、とりあえずソーセージ──これも”らしき”ものに過ぎないが──に手を伸ばした。


 フォークの先端をソーセージの側面に押し当てると、少々弾力のある抵抗の後、皮を貫く小気味よい衝撃が彼の掌に伝わる。今のところ、このソーセージは間違いなくソーセージだった。


 続いて、フォークの先端に突き刺さったそれを徐に鼻の前に運び、香ってみる。問題ない。匂い(こっち)もよく知っているソーセージのものだ。


 「い、いただきます…っ」


 意を決してソーセージを口に放り込むと、鼻腔に動物性の油の香ばしさが吹き抜けた。これはイケる!そう確信したロベルトは、それを勢いよく嚙み締める。


 瞬間、視界が感電の様に明滅した。その痺れは瞬く間に爪先まで迸り、彼の足に地面を蹴り上がらせる。それによって彼の体が椅子ごと硬い大理石の床に放り出されても尚、痙攣は治まらず、彼の内臓という内臓が裏返るように疼いた。


 「ア゛…っ、アグッ…ヴ…ッ」


 藻掻いても、もがいても消えない苦痛に、彼の股に生暖かさが広がってゆく。アメリが何かを叫んでいたが、それをしっかりと認識する前に彼の意識は不明瞭へと霧散した。



●●●



 「──えっ、うそ!?……じゃあ、しばらくは配給になるの……?……うわぁ、最悪……」


 部屋の扉を小さく開きながら廊下側の誰かと話すアメリの声で、ベッドの上のロベルトは目を覚ました。体はまだ少し痛む上に倦怠感もあるが、あの時の苦痛は完全に消え去っている。


 彼が眼球だけで辺りを見回すと部屋は木造で、カウンター付のキッチンらしきものが目に入った。彼が生まれた部屋とは雰囲気こそ似ているが、広さも内装もかなり違う。どうやら別物らしい。それと、もう夜のようだ。部屋のカーテンは閉め切られ、壁掛けの松明が灯されている。


 「よお、目が覚めたみたいだな」


 カルラの声の方向に首を回らせると、彼女が腕を組みながらベッドボード側の壁に凭れていた。立っている姿は初めて見たが、どうやらアメリよりも背が高い。


 彼女の鋭い瞳がロベルトの目と合うと、ぶっきらぼうに彼の枕元を指差す。


 「ほら、そこのお椀に入ってる粥、食ってやんなよ。あのアメリが珍しく料理したんだから」


 彼女の指先に視線を移すと、粗く削られた木のお椀とスプーンが置かれていた。お椀からは微かに湯気が立っていて、ほんのりと甘い穀物の匂いがする。そこでロベルトは自分が空腹であることに気付いた。


 「安心しな、それは問題なく食えるはずだ。アメリによれば、あんたはソーセージに混ざっていた香草がダメだっただけらしいからね。魔物と同じで」


 彼は、その疲労からすれば素早く上体を起こしてベッドボードに背中を凭れ、小さな両腕でお椀を抱えるようにして持ち上げる。スプーンを手に取り、一口掬って食べてみた。確かに何も起きない。ただ腹が満たされる感覚が胃袋を歓喜させるだけだった。そうなればもう止まらない。彼は一口、また一口と、粥を休むことなく口へと運んでゆく。


 「あんまり一気に食べると腹壊すぞ?まぁ、アタシはホムンクルスについてはからっきしだけどさ」


 カルラの心配そうな声色を聞いて、「確かに」とロベルトは食べるペースを落とした。


 それから粥を半分ほど食べ進んだところで、彼は顔をあげてカルラの方を向く。


 「そう言えば、ここはどこなんですか?できれば詳しく教えてください」


 この機会にこれだけは聞いておきたかった。何となくここが元居た世界ではないこと、恐らく学校的な施設であることは察していたが、その答え合わせはいずれもまだだった。


 「ああ、ここかい?ここはベーレント公国立魔法科学大学の女子寮さ。そして、アタシと……」まだ扉の方で話をしているアメリの方を顎でしゃくった「あんたの母さんの部屋だよ」。


 「ちょ、母さんって……」


 ロベルトは思わ俯いた。”母さん”。確かにそう言われれはそうなのだが、何となく、学校の先生をお母さんと呼び間違えてしまったような、そんな恥ずかしさがあった。


 「違うのかい?」


 「違うわけじゃ……」アメリとの親子的な関係を歯切れ悪くも肯定したことに、彼自身少し驚いた。


 しかし、知らない国名を冠した知らない分野の大学。彼の勘は確信に変わった。それに、カルラやアメリを見てもとてもだが大学生の年齢に達しているようには見えない。きっと大学は大学でも、研究機関の意味合いが強い場所なのだろう。


 「アタシは初めて見たよ、あんなに必死に何かの世話をしてるアメリは。正直、嫉妬ものさ」


 彼女が「ただ、能力は追いつてないみたいだけどね」と付け足したところで、アメリがベッドの元へと戻ってきた。その顔には落胆の色が浮かんでいる。


 「ねえ、聞いてよカルラぁ。これから一カ月は食べ物が配給になっちゃったよぉ~」


 彼女はそのままカルラの胸に飛び込むようにして抱き着くと、大きくため息を吐いた。カルラは一瞬だけ驚いたようにアメリの頭を見下ろしていたが、それを割と当然のこととして受け入れている様子に見える。


 「マジかぁ、配給のメシは不味いもんなぁ……。で?なにが原因?」


 アメリは顔を上げる。


 「ユゴニオが癇癪を起して、厨房ごと食堂をメチャクチャにしたらしくて……」


 「ユゴニオが?どうしてさ?さすがに多少のことでは、いくらユゴニオだってそんなキレ方しないだろ?」


 「いやぁ……それが……その……」



●●●



 「──あんたら、バカか?そんなことしたら誰だってキレるに決まってんだろ」


 カルラはキッチンのカウンターの席に腰掛けながら、隣の席で脚を揺らしているロベルトと、正面のキッチンで粥の入っていた木の器を洗っているアメリを交互に見ていた。


 「僕、一応止めたんですけどね……」と、さっきアメリが”魔石”と言う道具でコップに淹れてくれた水を一口飲む。アメリが言うには生活用水はこれで賄っているらしい。ちなみに、ロベルト自身がが使おうとしても水の一滴すらも出なかった。これもアメリ曰く、ホムンクルスには魔力が無いせいだと言う。


 「だって、あんなに暴れるとは思わないじゃん。絶対、私悪くないから」とアメリが反論してきたので、ロベルトはすかさず「いや、反省はしてくださいよ」と突っ込んだ。


 それを見ていたカルラは、長い脚を組みなおして頬杖を着くと、口を開いく「まあ、あれだ。やっちまったものは仕方ない。どうやって挽回するか考えようじゃないか。まず、メシが配給になったことで困ることは?」


 「味がまずい」


 「配給食に香草が入ってたら何も食べられませんね」


 「筋肉が落ちちまうな」


 三者三様の問題を言い終えると、数秒の沈黙が流れた。アメリが洗い終えた木の器を他の食器の上に重ねる。すると、カチャリ、とそれの山が少し崩れた。


 その時、アメリとカルラが同時に切り出す。


 「「よし、食べ物を盗もう」」


 そのきれいに重なった声を飲み込むのに、ロベルトにはそのまま五秒かかった。


 「……は?」

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― 新着の感想 ―
面白かったです。 次の話が楽しみです。
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