第三話 学友
すみません。2025年中は結局忙しくなくなりませんでした…。今度こそは投稿頻度を上げていきたい。切実に。
ロベルトが─彼にとっては─重い木の扉を肩で押し開ける。すると薄暗く巨大な石造りの廊下に、扉の蝶番の甲高い音が木霊した。
「やっと来た」
声のする方に彼が顔を向けると、待ちくたびれたという様子のアメリが、ロベルトの左手側ほど近くの壁に背中で寄りかかっている。その様子から不機嫌な雰囲気を感じ取った彼は、気まずそうに彼女から視線を逸らしながら謝罪した。
「あ…、待たせましたよね…。ごめんなさい…」
しかし、どうやら彼女は怒ってはいなかったようで、ロベルトの方を向く頃にはアメリの表情は笑顔に戻っていた。
「いいのいいの、気にしないで?そもそも1人で服を着られた時点で私ビックリなんだから」
アメリはそう言うと「よいしょ」と跳ねるように壁から体を起こす。
それだけでさっきまで目線が並んでいた彼女に、彼は10センチほど身長で負けてしまった。
予想していたとは言え、実際にこの事実を目の前にすると、敗北感か絶望感、もしくは羞恥心の様な感情が実体化してきて、彼は思わず赤面する。
アメリはそんなことは気にしていない様子で屈むと、彼の服のあちこちを触り、しっかりと制服を着れているかどうかを確認しながら「ちゃんと着れてる…」と感嘆の声を漏らしていた。
「あの…ホムンクルスが服を着れることってそんなに珍しいことなんですか…?」
彼女は、彼の制服の襟を整えながら答える。
「うん。普通は教えたことしかできないからね…。ロベルトは本当にすごいよ…」
服をしっかり着れるというだけで褒められてしまうと、身長と共に自分が失ったものの大きさを実感させられる。
なんだか惨めだった。
「ちっちゃいんですね…僕…」
ロベルトが遠い目で廊下の壁に掛けられたトロ火の松明を見上げると「急にどうしたの?」とアメリは手を止めて首をかしげる。
「いや、ここまでとは思っていなくて…」
彼女はしばらく彼を不思議そうに見つめると「あっ!」と何かに納得したような声を上げた。
「…そっか、産まれたばっかりのホムンクルスだから、身体感覚が未熟なのかも…」
アメリは興味深そうに顎に手を当てる。
どうやら彼女はロベルトが単に自分の身長に気付いただけだと思っているようだ。
「あ!それじゃあロベルト、朝ごはん食べに食堂に行こうよ!私、ロベルトが食べ物にどんな感想を覚えるのかが凄く気になる!」
彼女は好奇心に目を輝かせながらそう告げると大股で歩き出したので、ロベルトも置いて行かれまいとその背中を追う。
「えっ、でも僕の分の用意あるんですか?急に現れたのも同然ですけど…」
その言葉に、彼女は「うーん…」と顎に指先を当てて悩むような仕草を見せた。
「多分ロベルトが食べると1人分足りなくなるけど…。でもまぁ、遅れて来た人が悪くない?」
廊下の途中の壁に埋め込まれるようにしてあった螺旋階段に差し掛かった。ここも石造りだ。それに、足音の反響の具合からして、かなり大きいようだった。
「絶っっ対に人間関係に軋轢生まれますよ?」
「…いやぁまあ、確かにそうだけど………。碌なのじゃないって言うか…、ユゴニオって人なんだけどさ……毎回遅れて食堂に来てるの人。……それで…………て、うわっ!」
アメリが言いかけたところで、彼女は誰かとぶつかって、硬い階段の踊り場に尻餅をついた。ロベルトが慌てて彼女を起こそうとすると、アメリを転ばせた人物が二人を見下してこう吐き捨てる。
「あー悪い悪い…。どっちも小さくて見えなかったなぁ?特にアメリは影うっすーいからねぇ、君の方から気を付けるべきじゃないかい?ま、数少ないお友達とのおしゃべりが楽しいのもわかるけど」
ロベルトは、そのあまりにも嫌味な言葉を吐き捨てた人物に顔を向けた。
その人物はアメリよりも少し高い背丈の男。
センターパートにされている艶の良い黒髪は、薄暗い中でもかすかに反射し、猫の様な印象の目元は、下弦の三日月の様に歪んでいる。
制服から見るに此処の生徒のようだった。
その男子生徒は、この辺で許してやろう、とでも言う様に「ふん」と鼻を鳴らすと、アメリを心配する素振りも見せずに歩き去って行ってしまった。
「………感じ悪いですね…」
するとアメリは尻餅をついたまま顔を伏せて、小さな声でボソッと言う。
「あの人…」
ロベルトはあの男子生徒の背中を見ていた視線を外して彼女の方を向いた。
「え?」
「あの人…ユゴニオ」
「……あー…確かにあれなら……良好な関係を保つ努力は必要無さそうですね…」
アメリは溜め息をつくと顔を上げて立ち上がり、再び歩き出したので、彼も後ろに付いて行く。
「でも、どうしてあの人が朝食にありつけないってわかるんです?」
「ああ、あれはね、貴族の息子で、しかも生徒の中で唯一の特許魔法持ち。だから学内でも特別待遇。それだけならいいんだけど、ユゴニオは自分の力を見せびらかすために毎回遅れて食堂に現れるの。まあ、今回は大荒れになるだろうけど」
食堂に向かう道中、アーケードに囲われた広大な中庭や、扉からツタが這い出している部屋、扉の周りの壁に焦げ跡が付いている部屋があったが、アメリが「どうせ後で寄ることになるから」とスルーした。
それからも歩き、角を曲がり、銃眼の開けられた螺旋階段を上り、また歩いてやっとアメリは立ち止まった。
「ここが食堂だよ」
2人が立ち止まった正面には巨大な両開きの、もはや門と呼んだ方が正しそうな扉が解放されていて、朝食を摂る大勢の学生達の声が筒抜けになっている。
その奥の空間には、足がすくむほどに高く真っ白な天井に、空間最奥の巨大なステンドグラスを燦燦と通り抜ける朝日を、キラキラと反射する大きなシャンデリアが吊るされ、大木1本をまるごと使った様な長テーブルが、人間が小さく見えるほどに広い石畳に13脚も並べられていた。
正直、ロベルトですら前世でもここまで巨大な空間はなかなか見たことがない。
彼が食堂の大きさに圧倒されていると、アメリは食堂の入り口から誰かへ大きく手を振る。
すると、一番右手側のテーブルに着いて食事をしていた赤毛のショートボブをした女子生徒が食事を中断して手を振り返した。
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「おはよ。カルラ」
アメリが一言挨拶すると、彼女とロベルトの二人は、その『カルラ』と呼ばれた女子生徒の正面の席とその隣の席に座る。
どうやらカルラはロベルトがアメリの連れだとは思っていなかったようで、彼の顔を不思議そうに一瞥すると、アメリへ向き直って口を開く。
「で…アメリ、この子は?」
「ホムンクルスだよ」
その一言で、場が凍った。
カルラのフォークからソーセージがボトリと皿へ落ちると、潰れるようにマスタードが跳ねて、カルラの頬に付着する。
「……は?」
次の瞬間、カルラはテーブルに身を乗り出してアメリの両肩を掴み、彼女を激しく揺さぶった。
「あ、アメリ!?ホ、ホムンクルスって虫くらいの知能しか無いもんなんだろ!?そ、それに…そんなものに……人間の、それも異性の身体を与えるなんて…っ!…あ、あんた!」
「えっ…そうなんですか?………あっ…」
マズった。とロベルトは思った。今喋ったら、どう考えても状況がややこしくなるのに、ホムンクルスの知能が虫程度だなんて初耳だったので、思わず質問してしまった。
しかしもう遅い。彼の声を聞いてしまったカルラの動きが止まる。
すると彼女の首は油を差し忘れた機械みたいに、ギィギィと音を立てそうなほどにぎこちなく回転して、ついに彼の方を向いた。
その顔は多分、森の中で熊に遭遇した時にするものと同じ種類のものだった。
「しゃ………しゃ……しゃ…喋ったあぁぁぁぁあああああっ!?」




