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第3話「地下の旋律」

東京の夜。

冷たい路地の闇を切り裂くように、涼音は静かに歩を進めていた。

大通りの喧騒を離れ、湿ったコンクリートの壁が迫る薄暗い路地の奥に、小さな地下セッションスペースがある。

その場所は、表向きのライブハウスとは異なる秘密の溜まり場だった。

ジャンルも肩書きも関係なく、ただ音楽を愛する者だけが集まる――音の楽園とも呼ぶべき空間だ。


涼音は無言で入口の扉を押し開けた。

古びた階段を降りるたびに、空気が重く密になり、壁には音楽の歴史を語るような落書きや剥がれかけたポスターが無秩序に貼られている。

地下に近づくほど、微かな音楽の鼓動が肌に伝わってきた。

その音が彼女を包み込むように、さらに足を速めた。


扉を開くと、音楽の熱が身体全体を満たした。

中には十数人のミュージシャンたちが、即興演奏を繰り広げていた。

ギター、ベース、ドラム、管楽器、そしてターンテーブルやシンセサイザー――様々な音が混ざり合い、秩序と混沌の狭間で輝いていた。


涼音が姿を現すと、何人かが軽く手を挙げて挨拶した。

彼女は微かに微笑みながら、ギターケースを床に置き、そっと開いた。

中から取り出されたヴィンテージギターは、深い木目に時代の重みを感じさせる美しい逸品だった。

その瞬間、周囲の視線が自然と彼女に集まる。


「来たな、涼音。」

ベースを持った青年が声をかける。

彼女は無言で頷きながらギターを手に取り、アンプに繋いだ。

その動きは滑らかで無駄がなく、すでに音楽の一部となっているようだった。


「今日はどんな音を聴かせてくれる?」

ドラムセットの前に座る女性が、スティックを軽く回しながら尋ねた。

涼音は微笑みながら、ピックと指の第一関節の一部を的確に弦に当てた。



最初の音は

静けさを裂くように空間を震わせた

その音は決して大きくはない


だが

まるで時間そのものが

耳を傾けるかのように

空間が彼女の音を飲み込む



ターンテーブルが電子音を紡ぎ出す。

それに合わせてベースが低いリズムを刻み始め、ドラムがビートを重ねる。

音が渦となり広がる中で、涼音のギターが静かにその流れに溶け込んだ。


彼女の音は、一つ一つの隙間を埋め、全体を繋ぎ合わせる。


アルペジオが

滑らかに空間を滑り

他の楽器を引き立てながら

それ自身もまた主張する


その音はどこか哀愁を帯びながらも、生命力に満ちている。

観客たちの中には、音に身体を揺らす者もいれば、目を閉じて没頭する者もいた。


音楽が彼女を救う。

吸血衝動の囁きが、音に変わるたびに静かに消えていく。

「音が私を守ってくれる……今は」

涼音は心の中でそう呟き、さらに指先を自由に躍らせた。


セッションはさらに熱を帯び、テンポが上がっていく。

電子音が空間を切り裂くように響き、ベースが重厚に絡み合う。

涼音のギターは高音で光のようなメロディを描き出し、音楽全体が一つの渦となって広がる。

その渦の中で、彼女のギターが中心に立ち、全体を導いていた。


演奏が終わると、部屋には静寂が訪れた。

音楽の余韻が空気に溶け込み、誰もがその静けさに飲み込まれていた。

やがて、一人の拍手が始まり、それが次第に広がり、大きな歓声となった。


ベースの青年が笑顔を浮かべながら言った。

「今日もすごかったな」


彼女は控えめに微笑みながら答えた。

「音楽は一人で作るものじゃない。みんなが音を持ち寄るからこんな瞬間が生まれる」


その言葉に青年は深く頷き、共に音楽を共有できたことへの喜びを感じていた。


夜空の下、帰り道を歩く涼音はギターケースを背負いながら空を見上げた。

吸血衝動に怯える日々は続く。

だが音楽がある限り、自分はそれに立ち向かうことができる。


「この音をもっと遠くまで届けられるだろうか。」


月明かりが彼女の背中を照らし、未来への期待と不安を共に抱えた姿が浮かび上がった。


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