当日
そして、ついに、麻衣にとって一番大切な日がやってきた。
園遊会はたくさんの着飾った人たちが集まっていた。男性は礼服か羽織袴、女性はドレスか和装だった。今日の麻衣は、鮮やかな赤色の生地に花の刺繍の入った華やかな模様の入った訪問着に、金色の帯をしている。髪は首の後ろのところで巻いて、水引で作った髪飾りをつけている。次々と麻衣のところには、たくさんの人が挨拶に来る。
「麻衣ちゃん、舞踊は今も続けているの…」
「ええ、今も、いろいろと…」
少しうつむいてごまかす。体操も舞踊の一つだし、噓はついていない。
「麻衣ちゃん、最近、体つきが変わったような…」
中丸のおばさんが言う。
体操の練習、特にここ一週間の練習のせいだ。なかなか鋭い。
「最近、踊りに励んでますから」
「そうお、無理しないでね」
麻衣はうなずくと、中丸のおばさんのところから離れた。母親のところに行き、
「ちょっと、気分が悪くなったので外に出ますね」
そう伝えて、ホールの大きな扉を押しあけた。みんな、ホールの中の園遊会に夢中だ。廊下は静まり返っている。麻衣は一人、ホテルの裏口へと歩いていった。
河合先生は焦っていた。
「麻衣さん、大丈夫かしら…」美咲が心配そうに言った。
「まどかちゃん、連絡がないのは珍しいわね」とあかりも同じく心配そうに言った。
河合先生は麻衣に連絡を取ろうとしたが、彼女の携帯電話には応答がなかった。
「みんな、心配しないで。麻衣さんはきっと大丈夫よ」と河合先生が安心させるように言った。
しかし、心の中では河合先生も心配していた。大会が始まる時間が迫っているのに、麻衣が現れないことに不安を感じていた。
一方、麻衣のほうもタクシーの中でドキドキしながらも、県大会の会場である体育館に向かっていた。
「もう少しで着きますか?」
麻衣はドライバーに尋ねた。
「すぐそこですよ。急いでいますか?」
ドライバーが答えた。
「はい、大切な大会に出場するためです」
と麻衣は緊張しながら答えた。やがて、タクシーは会場の体育館の前に到着した。麻衣は料金を支払い、急いで車を降り、体育館の入り口に向かって走り出した。
8 競技
プログラムはどんどん進んでいる。名家の彼女だから、やはり、体操競技会に出るのは無理なのだろうか。麻衣の出番が近づいてきた。
「女子・21番・北園麻衣さんー」
誰もいないコートに呼び出しのアナウンスが響き渡る。やはり、間に合わなかったか。先生も生徒も沈みそうになった時だった。
「はいっ、 北園麻衣、よろしくお願いしますっ」
体育館の扉が開いて、会場一面に聞こえるほどの大きな声が響いた。河合先生も、生徒も、観客も、審査員もみんな振り向いた。そこには赤い華やかな訪問着を身にまとった和装の女性が立っていた。
麻衣の姿を見た仲間たちや河合先生も喜びの声を上げた。
「麻衣さん、本当に間に合ってよかったです!」美咲が喜びながら言った。
「そうですよ!麻衣さんの姿を見て、力が湧いてきました!」あかりも笑顔で応えた。
まどかも「麻衣さん、頑張ってください!私たちも応援しています!」と励ましの言葉を送った。
麻衣は仲間たちの応援を胸にまっすぐ歩き進み、競技のマットの前に立った。
「すみません、大会に参加するために急いできたので、このような格好で来てしまいました」と麻衣は説明した。
「まさか、着物で競技をするつもりですか?競技中はレオタードを着ることと規定されていますよ」
中年の女性の審査員が、麻衣の訪問着の和装を見つめながら厳しい口調で言った。
「申し訳ありません。でも、この着物の下にレオタードは着ていますから」
そう言うと、麻衣は金色の帯をほどき始めた。スルスルと音を立てて帯はほどかれ、床の端に落ちた。その間、会場は静まり返っていた。河合先生も、生徒たちも、観客たちも、麻衣が何をしようとしているのかを見守っていた。
麻衣は帯を解きほどくと、着物の裾を手に取り、ゆっくりと引き上げていった。素肌に触れる生地の感触に、彼女の体が少しずつ露わになっていく。やがて、着物が完全に肩から滑り落ちると、そこにはタイトなレオタードが包み込むような姿が現れた。肌の色合いと布地の色が対照的に映え、麻衣の曲線美が際立って見えた。レオタードは繊細な素材で作られており、体のラインを強調するように張り付いている様子が伺えた。
白のレオタードになった麻衣は、草履と足袋も脱ぎ捨て裸足になった。髪飾りも外し、自分の髪をほどき床に置いた、自由に揺れる髪を広げた。麻衣は自分の身体を解放し、体操の技に集中する準備を整えたのだ。麻衣の姿は、まさに体操競技にふさわしいものとなった。
彼女は自分の身体を自由に動かすために和装を脱ぎ捨て、本来の姿で大会に臨む覚悟を示したのだ。
「これで、私の全てを見せる準備が整いました!」
麻衣は力強く宣言した。彼女の声には自信が満ち溢れていた。審査員も観客たちも息をのむ。まどかは「麻衣さん、心から応援しています!」と叫び、仲間たちも一緒に声を上げた。
麻衣は深呼吸し、競技に挑む気持ちを高めていく。次の瞬間、彼女はマットに足を踏み入れた。
音楽が流れ始める。麻衣は一つ一つの技を美しく演じていった。彼女の身体はしなやかに動き、空中で宙返りをするたびに、会場は歓声に包まれた。
麻衣は自分の夢と情熱を込めて、体操の技を魅せ続ける。彼女の美しさと力強さに、会場中の人々が魅了されていた。河合先生と仲間たちも、彼女の姿を見つめながら心から応援していた。
麻衣の動きは美しく、そして力強かった。彼女の体は、しなやかさと強さを兼ね備えていた。マット上での跳躍や回転、バランスを保ちながらの難しいポーズ。その全てが完璧に決まっていた。麻衣の表情も、一瞬たりとも力を抜くことなく、真剣そのものだった。麻衣のパフォーマンスは、まるで物語を語るかのように進んでいく。彼女の身体が、感情や思いを表現する道具となっているかのようだった。観客たちもその魅力に引き込まれ、思わず息をのんで見入っていた。
音楽が盛り上がるにつれて、麻衣の動きもますます激しくなっていく。彼女はマット上での大胆なジャンプや、高い所からの美しく滑らかな着地を見せた。
音楽が静かに終わりを告げると、会場は沈黙に包まれた。麻衣は深々と頭を下げ、観客たちは大きな拍手を送った。彼女の演技は素晴らしかった。麻衣はマットから立ち上がり、感謝の気持ちを込めて一礼すると、先生や仲間のいるところに向かった。
先生と仲間たちは、麻衣の演技に感動し、大きな拍手を送った。
麻衣が仲間のもとに行くと、
「あなたの演技は最高だったわ。感動したよ」と美咲が喜びながら言った。
「本当にすごいわ、麻衣さん!私たちも一緒に喜んでるわ!」あかりも笑顔で応えた。
まどかも「麻衣さん、頑張ってくれてありがとう!本当にすごかったです!」と励ましの言葉を送った。
「ありがとう、みんな」
今まで体操教室に通っていることを秘密にしていたこと、園遊会から勝手に抜け出たこと、レオタード一枚の姿になって、大勢の前で演技をしていたこと。
「どうして、お母さまが、ここに…」
麻衣は戸惑いと申し訳なさと恥ずかしさで言葉に詰まった。
先生が麻衣に説明した。
「実はあなたが最初に私の体操教室に入ることに決まった時、先生はお母さまに連絡したのよ。お母さまは、最初は驚いてらしたけれど、そこまで麻衣が熱心にするのなら、と認めてくれていたのよ。あなたがこの体操教室に通っていたことはずっと知っていて、応援してくれていたのよ。今日の園遊会にも、お母さまはあなたが出た後、すぐに駆け付けたわけ」
麻衣は驚きと感謝の気持ちでいっぱいだった。母親が応援してくれていたことに安心し、自分の夢を応援してくれる家族の存在に心が温まった。麻衣は母親に向かって深々と頭を下げながら言った。
「お母さん、本当にありがとう。私の夢を応援してくれて嬉しいです」
母親も笑顔で麻衣に向かって言った。
「麻衣、私はいつもあなたの夢を応援しているわ。どんな道を選んでも、あなたが輝ける場所を見つけてほしいの」
麻衣は母親の言葉に涙ぐむと、抱きしめ合った。
母親との抱擁をしばらく続けた後、仲間たちに向かって微笑んだ。
「みんな、改めてありがとう。私は本当に幸せ者だと思うわ。体操を通じてこんなにも素敵な仲間や家族に出会えたこと、本当に感謝しているわ」と言った。
仲間たちは麻衣の言葉に頷きながら、彼女の成功を祝福した。そして、これからも互いを励ましあいながら、夢に向かって共に歩んでいくことを誓った。