魅力
香奈と競技会に行った次の日から、麻衣の興味あるものの中に「体操競技」というジャンルが加わった。まずは体操競技のルールを知るために図書館に行ってみた。「体操競技の基本」という本を手に取ると、帰宅後すぐに読み始めた。本には、体操競技の歴史やルール、種目などが詳しく書かれていた。麻衣は興味津々でページをめくりながら、選手たちの技術と努力について学んでいった。
「こんなに細かい技術があるんだ。すごいな」
と麻衣は驚きながらも、自分が日本舞踊で追求している美への姿勢と重なる部分を感じた。さらに、本には選手たちのトレーニングや日々の努力についても書かれていた。そこには、自分が見たような演技のために、選手たちがどれだけ多くの努力をしているのかが書かれていた。ほかに、体操競技の写真集も借りてきた。写真集を見ながら、麻衣は選手たちの華麗な動きに見入っていった。彼らの身体能力や柔軟性には驚きを禁じ得なかったが、それ以上に彼らの表情に麻衣は心を打たれた。彼らは一瞬たりとも自信を失わず、全力で自分の技を披露しているように見えた。
「彼らの表情、すごく真剣だけど、同時に喜びも感じられる。私も舞台で踊っている時の自分の表情と似ているかもしれない」
麻衣は自分の舞台での表情を思い出し、自然と微笑んだ。
「香奈の言う通り、スポーツにはまだまだ知らない魅力があるんだな。これからももっと探求してみよう」
図書館にある本はすぐに読み切ってしまった。麻衣は、書店に行き、あるだけの体操競技の解説書や入門書を買い、毎日読みふけった。体操の競技会の中継が放映されると、必ず見た。もちろん、録画もして、繰り返し見た。新聞も、今までは見向きもしなかったスポーツ欄でも、体操についての話題がないか、毎日、必ずチェックするようになった。お気に入りの選手も出てきた。麻衣の興味は、今の選手だけではない。今やレジェンドな、過去の選手も麻衣の対象だ。
また、ある時、たまたま香奈とテレビを見ていたら、そこには、かつての名選手が現役の選手たちにアドバイスを送る姿が映し出されていた。
「ああ、ソ連の大会で大回転をした人ね」
麻衣が何げなくつぶやくと、香奈が不思議そうに、
「え、麻衣ちゃん、どうしてそんなこと、知っているの?」
と尋ねた。
「あ、ほら、この前のパンフレットに書いてあったから、たまたま、覚えていただけよ。私の好きな日本舞踊の人と、同じくらいの年だったから」
麻衣は慌ててごまかした。
一度、母親に、体操競技についてどう思うか聞いてみた。麻衣の母も、麻衣と同じくいつも和服で通している。麻衣の和風好きも、実は母親の影響が大きかったし、日本舞踊も、もともと、母親に勧められて始めたものだった。もちろん、母も日本舞踊をたしなんでいる。
「お母さま、体操競技って、どう思います?」
「体操?」
「私は、あまり感心しないわね。だって、あの、レオタードっていう、裸みたいなものを着て、人前に出るのでしょう。足も太ももも丸見えで、人様の前でおかしな動きをして、はしたないわね」
母の言う通り、体操競技は露出度が高く、他のスポーツとは一線を画している。しかし、麻衣はその美しさと鍛え抜かれた身体の動きに魅了されていた。
「でも、体操もちゃんとしたスポーツよ。体を使うっていう意味では、私がしている日本舞踊と同じですわ」
「そうかしら。日本舞踊は、あんなふうに手や足をさらしたりはしないでしょ。そんなことよりも、お母さんは麻衣に、凛とした女性になってほしいの」
麻衣は母の言葉に胸が痛んだ。凛とした女性になることが大切なのはわかるが、自分の興味や夢を押し殺すこともできなかった。そして、自分が体操競技の本や映像を見ていることは、母には決して話さないことに決めた。
しかしその一方で、体操競技への関心は、まるで母の言葉に反発するかのように日増しに高まっていく一方だった。写真や映像で見る、レオタード姿の選手たちは、決して母の言うような露出やはしたなさを感じさせるものではなかった。むしろ、その美しさと力強さに心を奪われるばかりだった。
麻衣は、鏡の前で、本に掲載された写真や映像の選手たちをまねて、ポーズをとってみるようになった。
「この選手のポーズ、なかなか難しいわね」
レオタードの選手たちは、全身で惜しみなくバランスの取れた体やしなやか動きを見せつけている。それに対して鏡に映った和服に身を包んだ自分には、どこか違和感を抱いていた。和服と体操競技のポーズは全く異なる世界だったからだ。
それでも麻衣は体操競技の魅力にどんどん引き込まれていった。日本舞踊にはない、迫力と華やかさ。自分もあんな風に輝けるようになりたいと強く思うのだった。