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観戦

「麻衣、今度の日曜日、ひま?」

白薔薇女子学園の教室。授業前、席に座って本を読んでいる、矢絣の着物に緋色の袴、髪は赤いリボンで結んでいる女子生徒に、セーラー服の女子が尋ねてきた。着物の女子学生は北園麻衣。このあたりでとくに有名な北園家の一人娘だ。和風のものが好きで、いつも和装で過ごしている。趣味は日本舞踊で、週に二回通っている。セーラー服は中村香奈。この学校は自由な校風で、制服もあるにはあるが、別に着なくてもよいのだ。袴とセーラー服、正反対の服装だが、麻衣と香奈は同じクラスで仲が良い。

「空いてはいるけど、どうしたの?」

「お父さんがね、取引先の人から、体操競技の日本選手権のチケットを2枚もらったの。どう、一緒に行かない?」

「ふーん、そうなんだ…」

麻衣は興味なさそうに答える。

「オリンピックで出るような有名選手がいっぱい出るのよ。行こうよ」

「わたし、もともと、スポーツって興味ないのよね。汗を流して勝ったとか負けたとか騒ぐのが苦手なのよ」

 おしとやかな麻衣にとっては、世間では熱狂的に騒がれるスポーツ選手も、全く関係ないものなのだ。麻衣の言葉に香奈は少し困った表情を浮かべた。しかし、諦めるつもりはなかった。

「でも、麻衣。スポーツって、ただ勝ち負けだけじゃないんだよ。競技にはそれぞれの魅力やドラマがあるの。それに、実際に観戦して感じられるものもあるんだよ」

麻衣は不思議そうな表情で香奈の言葉を聞き入っていた。

「例えば、試合の結果だけでなく、選手たちの努力や挑戦、成長も見ることができるんだ。彼らが一生懸命頑張っている姿を見ると、自分も何かに頑張ろうと思えるよ。」

麻衣は考え込んでいたが、少しだけ興味を持ち始めている様子が伺えた。

「そうだね、香奈の言うことも、確かにそれも一理あるかもしれない。でも、体操競技って、わたし、ルール自体を知らないのよねえ」

と麻衣は微笑みながら答えた。

「大丈夫よ、私も詳しくは知らないけど、まずは行ってみればいいんじゃない?」

香奈は優しく微笑んだ。

「競技の魅力を一緒に見つけてみようよ。きっと楽しい時間になるよ。麻衣の日本舞踊のヒントが見つかるかもしれないよ」

麻衣は考え込んだ後、小さく頷いた。


その日曜日、麻衣と香奈は体操競技の日本選手権会場へと向かっていた。麻衣は、今日は薄地の青色の訪問着を着てきた。

「おはよう、麻衣。今日の着物も素敵ね」

「ありがとう。せっかくだから、花柄の帯を合わせてみたの。香奈も可愛いワンピースだね」

香奈は嬉しそうに笑って頷いた。

「ありがとう。でも、麻衣ちゃんの着物姿が本当に素敵だよ。周りの人たちからも注目されてるよ」

麻衣は恥ずかしそうに笑って頬を染めた。

「そんなことないよ。ただ、自分が好きなものを着ているだけだから」

会場に着くと、競技が始まっていた。香奈は興奮気味に手拍子をしている。

「さあ、始まるよ!私たちも一緒に応援しよう!」

麻衣は初めての体操競技に興味津々で応援に加わった。

選手たちの華麗な演技に麻衣は目を奪われた。身体の柔軟さと力強さを兼ね備えた彼らの動きに、感動が押し寄せてくる。

「すごい…こんなに美しい動きができるんだ」

体にぴったりと着いたレオタードだけを身にまとった少女たち。上半身は布で覆われているが、その肉体が鍛え抜かれたしなやかさを持っていることははっきりと分かる。レオタードからはみ出た下半身はたくましくも美しい大腿部があらわにさらされている。正直、自分は、こんな姿で人前に立つという勇気はない。しかし、彼女たちは、そんなことはまったく気にしていない様子だ。

麻衣は、自分とは対照的な存在である体操選手たちの姿に、羨望と畏敬の念を抱いた。彼女たちは自分の身体を極限まで鍛え上げ、そのことに誇りを持っているのだ。

競技が始まった。

段違い平行棒。見上げるような高さも気にせず、高い場所から自由自在に空中回転を繰り返し、見事な着地を果たした。その姿勢に麻衣は、自分の日本舞踊の練習とは比べものにならない努力と技術を感じた。そして、自分も彼らのような輝かしい姿を見せるためには、もっと努力しなければならないと思った。

「麻衣、すごいでしょ?」

香奈が興奮気味に話しかけてきた。麻衣はただうなずくだけだった。

跳馬。選手が勢いよく走り出し、跳馬に飛び乗った。麻衣は息を呑んで見守った。選手は跳躍力を最大限に引き出し、空中で美しいフォームを保ちながら着地した。その瞬間、会場からは大きな拍手と歓声が巻き起こった。麻衣も思わず拍手を送りたくなるほどの見事なパフォーマンスだった。彼らの努力と技術の結晶が、麻衣の心に深い感動を与えた。

平均台。手が平均台に登った。彼女は繊細なバランスを保ちながら、美しい動きで身体を操った。麻衣は息を飲んで彼女の演技を見つめた。彼女の腕の中には、すべての重さが乗っているように見えた。しかし、彼女はそれを見事に乗り越え、滑らかな流れで動いていく。麻衣は彼女の芸術的な動きに感銘を受けた。

段違い平行棒。彼麻衣は再び段違い平行棒の競技を見つめた。選手は高い位置から空中で回転し、見事な着地を果たした。その美しい動きに、麻衣は圧倒された。彼女たちは自分とは次元が違う存在だ。

そして、ゆか。音楽が流れてきた。あ、この曲は知っている。「春の海」だ。こんなところで、和に出会えるとは意外だった。ゆかの上で、選手は優雅な動きで身体を操り始めた。麻衣はその動きに心を奪われ、思わず手を合わたせ。選手の身体の軽やかさと、曲との調和が美しい光景を作り出していた。


競技会が終わって二人は会場を出た。麻衣の心の中は驚きと感動でいっぱいだった。

「麻衣、すごかったしょ?」

香奈が興奮気味に話しかけてきた。

「本当にすごいわ。こんなに素敵なもの、始めてみたわ」

と麻衣は感嘆しながら答えた。

今まで、スポーツと言えば勝ち負けで争うどこか野蛮なものとすら思っていた。しかし、今日、麻衣が見たものは違っていた。自分がやっている日本舞踊と同じく、体を使って美を追求する世界がるのだ。麻衣は自分の中に芽生えた新たな興味を感じながら、香奈と一緒に歩いていた。



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