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新釈・異世界幻想物語

旅する二人 ―雨、休息の時―

作者: 玲 枌九郎

 ドワーフの少年ガランとエルフの少女アッシュ。大きなリュックで荷物を背負い、二人は辺境から街へと旅をしていた。


「アッシュ、降り出しそうじゃない?」


 ガランは視線を上げ、ちらと空を見上げながらアッシュに問う。

 問われたアッシュも空を見上げ、空を舞う己の遣い鳥、ケンジャフクロウのクーを探す。


「降り始める前にクーが教えてくれるけど……急ごっか」


 アッシュはそう言って右手で拾った枯れ枝をガランの腕に置く。左手には弓が握られている。ガランの両腕には薪に使う枯れ枝が山と積まれていた。前が見えるのか心配になるほど、それこそガランの背から覗く槍の穂先の高さと変わらないかもしれない。


 春先は長雨の季節。長期の足止めもありえると、二人は薪集めに余念がない。


「あ、モリイチゴ! ……ちょっとだけにしよ」


「印付けといて! 雨が上がったら取りに来ようよ」


 アッシュは目敏く森の恵みを見つけたが、時間がないので採取は少しだけにするようだ。幾つかの実が付いた蔓をナイフで切り、ガランのリュックの上にその蔓を縛り付ける。そして目印代わりに近くの枝に布の端切れを結びつけた。食いしん坊のガランは雨上がりの楽しみが一つ増えたと密かに思っていることだろう。


「昨日採ったバラビワもあるし、彩りが増えたねぇ〜」


「オレ、赤とか茶色が好きだな」


「それはガランが好きな肉の色じゃん! ボクも好きだけどさ」


「クーもよく赤い実を食べてるし、赤は美味しい色だよね」


「赤いキノコは毒キノコが多いけどねぇ〜。……よし、こんなもんでいいかな。ガラン、【(グラン)】で足元わかるよね? 先行して。後ろはボクが【風の波紋(リプルス)】使いながら警戒するよ」


 二人は精霊魔法の使い手、【精霊使い】だ。グランは地の振動で地形や地盤がわかり、リプルスは音響ソナーで周囲を探ることができる。二人が魔物が棲む森で採取ができるのは精霊使いだったからだ。


 この世界には精霊、そして魔が存在している。精霊は自然現象を操り、精霊自らが選んだ者にその力を与える。魔物は魔が取り憑いた獣の総称だ。


 アッシュは指笛を何度か吹き、遣い鳥のクーに帰還と上空からの警戒の指示を出す。ケンジャフクロウはとても賢く、エルフの女狩人のパートナー的存在である。狩りでは獲物の発見、追い込みの他、魔物や獣の警戒もしてくれる。


 森を抜け、草原を歩く二人。森を抜けても警戒は怠らない。二人は旧交易路の古道近くにある小高い丘を目指していた。

 ガランは体に感じる風の変化に気付き、つい呟いた。


「……風が()()


 ガランの呟きを拾ってアッシュも呟く。


「水っ気が多くなったね。急がなきゃ」


 雨の振り始めはまず目で感じる。灰色の雲が厚くなり、一目でわかる。

 そして次に風。風上で雨に打たれた風が水を含み、肌にまとわりつく。

 やがてその風は、地に落ちた水滴が僅かに巻き上げた土を運び、大地と共にやってくる。


 雨の匂い。

 それは水と大地と緑の香り。


 その匂いを感じるまでに野営の準備を終わらせなければ、せっかく集めた乾いた薪が無駄になってしまう。


「アッシュ、オレたちツイてる!」


 大きな岩と一本の木が立つ丘の上。ガランは木の根元に薪を置くと、木に刻まれた傷を撫でる。


「モチノキだ! やったね!」


「じゃあ先に防水布(タープ)張っちゃおう」


「そだね。木は逃げない!」


 二人は揃ってリュックを降ろし、腰に巻いていたポーチベルトを刺していたピッケルごと外す。動きやすくなった二人は早速野営の準備に取り掛かった。

 岩を西側の壁として利用すべく、更に西側の地面に革紐の輪が付いた獣避杭(ペグ)を二箇所に打つ。その輪にロープを結んで岩の上を通すと、モチノキに登って渡したロープを巻き付け、余ったロープを下に垂らす。

 岩ごと包むようにロープの上にタープを広げ、タープに付いた革紐をロープに結びつけて固定し、モチノキから垂らしたロープを下から引っ張れば三角屋根の頂点ができる。

 木の根元付近にもペグを打ってロープを結び、タープの四隅を広げてこれもペグで固定すれば簡易屋根の完成である。


 タープやペグには木酢タールという、炭焼きで出た煙を冷まして集めた木の油分を更に煮詰めて作られたタールが塗られており、防水と防獣の効果がある。ロープや革紐にも木酢液の上澄みを染み込ませてあった。獣が忌避するよう、考えて作られた道具類だ。


「雨の匂い……間に合ったね」


 薪をタープの下に移し替えながら、ガランは鼻をひくひくとさせる。アッシュも瞳を閉じて鼻から空気を吸い込み、雨の匂いを少し楽しむ。瞳を開けると指笛を吹き、クーを呼び寄せる。


「キュキュキュー!」


 甘えた鳴き声と共に真っ黒いモノが舞い降りる。まだ成鳥とは言えない、ケンジャフクロウのクーだ。

 アッシュは肩に留まるクーの頭を人差し指で引っ掻くように撫で、外しておいたピッケルを地に突き立てる。

 本来ピッケルは登山の道具だが、柄が長く、剣先の小振りなものは杖代わりで使われる。そして柄の先、石突きを地に刺して立てておけばクーの留り木にもなる。


「クー、火を起こすまでちょっと待ってて」


 ガランはそう言うと脇に置いていたリュックから一本の木の棒と、中央に溝がある木の板を取り出した。モチノキの周囲に落ちていた細い枯れ枝や枯れ葉を重ね、拾ってきた枯れ枝をナイフで割いて薪の準備を終わらせる。

 溝の付いた板を地に置き、溝に木の棒を押し付けて前後に動かす。棒と板は火起こし用の道具である。


 錐揉み式の火起こしは動きの割に摩擦熱が発生するのはほぼ()だ。しかも棒が真っ直ぐでなければ揉んだところで軸がずれる。

 しかし、棒を押し付けて溝をスライドするように動かせば軸のずれなどなく、摩擦熱が発生するのは細いながらも()

 錐揉み式は手首に負担がかかるが、スライド式はその負担が肘や肩に分散でき、長時間でも擦っていられる。単純だが、理に適った火起こし方の一種である。


 ガランはあっという間に火種を起こし、積み重ねた枯れ葉にその火種を落とすとふぅふぅと息を吹きかけ、小さな火を起こした。後は細い枝から順番にその火に焚べ、火を育てていくだけである。そもそもガランは鍜治が得意なドワーフ。火の扱いには長けていた。


「相変わらず上手いねぇ〜」


「キュキュ〜」


 アッシュの感嘆の声に同調するようにクーも鳴いた。


「えへへ。――うん、もう匂いは上に上がるからタープに入っても平気だよ」


 木酢液は鳥避けにも使われるほど忌避性が高い。タープの下はその木酢の匂いも籠りやすいのだが、火を起こせば別だ。熱が起こす空気の対流がその匂いを外へと運び、クーがタープ内に入っても問題はなくなる。とは言え多少煙も立つのでタープ内では飛べない。鳥は煙も苦手だ。


「せっかくの火だし――香草茶(ハーブティー)でも淹れよっか」


 アッシュの提案にガランも頷く。今度はアッシュがリュックから小さな鍋を取り出し、革の水袋から水を注ぎ入れる。その間にガランが石でかまどを作っていた。阿吽の呼吸である。


 鍋を火に掛け、二人はそれぞれリュックから敷物用の起毛革(スエード)を取り出し地面に敷く。ガランはそこに槍を己の肩に立て掛けるように抱え込んで座った。アッシュも同じく弓と矢筒を傍に置いて座る。そうして別々の方角を眺めながらお湯が沸くのを待っていた。クーはアッシュのリュックの近くで瞳を閉じている。


「あ、来た」


 アッシュの呟き。ガランも耳を澄ます。


 ゆっくりと薄紙を割くような不規則な音が西から近づいてくる。この季節、風は西からだ。


 軽い何かがタープを叩く。モチノキの葉も。


「ふふっ」


 その声はガラン。


「あは」


 こちらはアッシュ。

 二人の声に誘われるように雨が音を奏でる。地を叩き、タープを叩き、そしてモチノキの葉を叩く。全て違う音。そして風。気まぐれな風が雨の強さを波のように変え、一時として同じ音などない。


 ふと気付けば湯が沸いていた。


「ガラン。やっぱり蜂蜜、入れるよね?」


「入れよう! あ、ヤマイチゴも入れちゃおうかな」


「欲張り〜。ボクも入れよ」


 二人は少し、気を緩めた。雨の中、森から出てくるものは少ない。鳥も獣も茂る葉の下や洞から出てこない。魔物は――どうだろうか。


 二人は思い思いに雨を楽しむ。ガランは革ベストを脱ぎ、ブラシを掛けながら。アッシュは矢羽根にモチノキの樹液を塗り、その羽根を整えながら。

 そのガランのブラシがリズムを刻み始める。


 シュッシュッ シュッシュッ

 シュッシュッ シュッシュッ

 シュッシュッ シュッシュッ


「あはは! ガラン、それわざとだよね〜?」


「アッシュ鋭いね!」


 二人は顔を見合わせ、笑い合う。


「雨、なかなかいいよね!」



お読み頂きありがとうございました。

こちらの物語は「ガランとアッシュの旅路」の番外編です。

是非本編もご覧頂ければ嬉しいです。

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