Episode5
Episode5
「というか、改めて言うのもなんなんだけど、本当になんで月百合さんはあの二人を分けたわけ?」
気がつくと時刻は四時を過ぎ、集合時刻まであと二時間ほどとなっていた。僕たちはいろいろありながらも大阪観光を意外としっかり楽しむことができ、今は食後の散歩のような感じで辺りの街路を散策している。
「だから柊くんを殺しやすくするために…」
「それだけじゃないでしょ」
彼女が班を分離すると言った時、勘違いかもしれないが、僕は彼女が自分のためだけで言ったようには見えなかった。そして、彼女が言った『私だって気が遣える』という言葉も僕の推測と意味が近いような気がする。
「さっき月百合さんが言った『気が遣える』って、誰に気を遣ってるのさ」
「内緒だよ」
この返答からするに、やはり彼女は僕に何か隠している。そりゃ、隠し事の一つや二つあるのは当然だ。普通ならば、それを詮索するのは僕だって遠慮する。だが、僕はもう聞いてしまった。気になって仕方がない、この衝動は本能的に止められない。
「じゃあ、聞き方を変えよう。”日高くん”と”松木さん”、どっちに気を遣ってるの?」
「ッ………鈍感系主人公な割には勘が鋭いね」
勘が鋭いというか、普通に考えてその二人しかこの班に僕ら以外の人間はいない。それに気づかないのは鈍感系などではなく、おそらくただの馬鹿だろう。
「………………ま、松木さんのほう、だよ」
「松木さんのほうなんだ。じゃあ、月百合さんは松木さんに対してどうして気を遣ってるわけ?」
すると彼女はため息を小さくつき、「やっぱり気づいていないんだね……」と呟く。
気づいていない?松木さんについて、僕が知らないことがあるということだろうか。そんなの知らないに決まっているじゃないか。僕が彼女について言えるのは『ロリ』という二文字だけだ。
「言った方がいい?」
僕を頭を大きく上下に振る。僕は身近のことで自分の知らないことがあるのは不安で不安で仕方がない。もちろん僕の身近はかなり限定されるため、特に情報網が広いというわけではないが。
「君の友達の日高くんって子いるでしょ?」
「他人行儀な感じで言ってるけど、朝普通に一緒にいたよね。というか僕たちの班員だよね」
「ねえ、いちいち会話を止めないでくれない?」
「え?あ、はい。すいません」
なぜ謝らされたか分からないが、とりあえず僕は浅く浅く頭を彼女に向かって下げた。
「で、日高くんが松木さんに気を遣ってることを何か関係あるの?」
「そう。実はね、彼女………」
「日高くんのことが好きらしいんだよね」
この言葉に、僕は顔の色を変えれずにはいられなかった。だが、僕は日高くんのことが好きな人がいることに対してではない。なんなら彼の顔はそこそこ整っているし、どちらかと言うとモテる部類に入るだろう。そう、僕が顔色を変えた理由はそんなことではなく………
「それ、月百合さんは直接松木さんから聞いたの?」
「当たり前だよ。私たち案外仲良いんだよ?」
彼女の言葉に、僕は腰をがくりと落とし、もう手遅れだということを理解する。
「ということは、月百合さんは松木さんと日高くんの縁結びを手伝おうとしてるんだね?」
「そういうこと」
「意外とやさしいところがあるんだね」
「もとから私はやさしいよ」
彼女の意味不明な言葉は置いておき、彼女の言葉から松木さんは本当に日高くんのことが好きなのが分かる。だからこそ、僕は彼女の意思を受け止めた上で一つ伝えるべきことを告げなければならない。
「月百合さん、僕はそれ、やめといた方がいいと思うよ」
「え?………なんで」
その瞬間、彼女のナイフを振る手がぴたんと止まる。
僕だって誰かの恋の邪魔はしたくない。だからこそ、彼女の気持ちを考えると、言うのに勇気がいる。
僕は唾をごくりと飲み込み、ゆっくりと言葉を告げた。
「だって、」
「日高くん、もう”彼女”いるから」
「え……?」
彼女は冗談でも聞いたような様子で、少し笑いながら、僕に再び問い返す。
「本当に……?」
「僕、しょうもない冗談はつかないよ」
その瞬間、彼女の瞳からハイライトが消え、彼女の手からナイフがゆっくりと地面に落ちる。
「じゃあ、彼女の恋は……」
「絶対に実らないよ」
かわいそうだが、現実はそうなのだ。こればかりは誰も悪くない。おそらく、彼女も僕以外にはやさしい性格で、松木さんの願望に真摯に向き合っていたのだろう。
「だから、止めた方がいい。僕だって、班の仲にヒビが入ったままこの最初のイベントを終わりたくない」
まだ、一日も経っていないが、松木さんが玉砕へHere we go!してしまえば確実にこの移動教室中の班の空気は最悪になるだろう。せっかく月百合さんが班に入ることを妥協してまでここにいるんだ、僕は絶対に最後まで楽しみきりたい。だから、松木さんには悪いが”それ”は阻止させてもらう。
「わ………分かったよ。でも、具体的にはどう止めるの?柊くんは何か考えがあるの?」
「それに関しては任せてよ」
僕に一つアイデアがある。別に大したものではないが。
時刻は午後五時半。夕日ははっきりと橙色に染まり、時は刻一刻と宿舎への集合時刻へ迫っていた。
「ねえ、日高くん、」
「どうした?」
彼らが二人で行動し始めてから四時間ほどが経った。だが、松木唯ゆいは日高日小森が宿舎へ帰ろうとすると、制服の淵を掴み、彼を呼び止める。
「日高くんってやさしいよね」
「急にどうしたんだよ」
「い、いや、ちょっと思っただけ」
そう言う彼女の頬は夕日の光のせいか、少し火照っているように見える。まるで何か言いたげな様子だ。
「日高くん………ちょっと話があるんだけど」
彼女は大きく心の一歩を踏み出す。この瞬間、彼女は既に境界線を超えている。後戻りはできない状況だ。
「なんだ、改まって。大切なことなのか?」
「うん。だから変に茶化さずに真面目に聞いてほしい」
「あぁ、分かった」
彼女の瞳は既に覚悟が決まっていた。この瞬間のために、彼女は今までの四時間を過ごしてきたはずだ。そして、彼女の友人、『月百合灯花』もわざわざ他の班員を休ませ、日高くんと松木さんが同じ班になれるように手助けをしている。(おそらく僕を殺しやすくする理由の方が多いと思うが)
松木さんは月百合さんの応援を受けて、今、この場に立っている。
それもあってか、絶対に成功させなければいけないという責任感もあるはずだ。生半可なメンタルではない。だからこそ、崩れてしまえば、相当な傷が残るだろう。
「っ、日高くんっ!」
そして、彼女はこの120コンマ先では、結局、大粒の涙で顔が溢れることになる。だが、運がいいことに、僕はその最悪な未来を既に見えている。これを阻止できるのは僕だけだ。
だから――――
「入学してからずっと気になってたの。だから、よかった私と―――」
「ちょっと待ったぁー!」
僕は隠れていた茂みから飛び出し、自分の蛮声をこの静かで甘酸っぱさのある空間にめいいっぱい響かせる。そして、僕は二人の視線など気にせず、素早く二人の間に割って入る。それは狙い通りに水を差せたようで、彼ら二人もひどく驚いた様子で僕に視線を向ける。
「は、羽衣くん!?」「柊!?どうしてお前がここに!?」
「まぁまぁ落ち着いてよ」
僕は赤子をなだめるように、彼らを黙らせると、こう告げる。
「大変なことが起きたんだ。とりあえず今は一緒に逃げてくれない?」
「え、逃げる?大変なことってなんだよ?」
「すぐ分かるよ」
「え?」
その瞬間、周囲にこちらへ向かってくる大勢の足音が聞こえる。彼女も予定通りの時間に間に合わせられたようだ。そして、
「おい、待てゴラァ!」「何してくれんねんボケェ!」「〇すぞぉクソガキィ!」
その足跡の主らの僕を超える蛮声が辺り一帯に響き渡る。
「え……?は、羽衣くん、これどういうこと?あの人たちなんなの……?」
「関西弁マフィアさんたちだよ」
そう、このいかつい見た目の彼らは一般的にマフィアと呼ばれる人たち。ちょうどここが大阪なこともあって、関西弁設定となっている。
「ま、マフィア!?なんで私たちに!?」
「ちょっと僕がやらかしちゃったんだよね………」
本当は月百合さんだが、彼女との取引の際、彼女は自分の顔を汚さないために、やむを得ず、僕の責任にするということに決まった。
「何コソコソ言うとんねんボケェ!さっさと金返せやクソガキィ!」
「日高くん、松木さん、とりあえず今は逃げよう」
「え?わ、分かった!」
まったく、月百合さん、確かに僕は好きに注意を惹いてとは言ったけど、まさかお金を盗んできたとは。これでは完全に情状酌量の余地なく、こちら側が悪いじゃないか。
「とりあえず宿舎までくれば大丈夫そうだね」
なんとか僕たちは彼らから逃れることに成功し、無事集合時刻10分前に移動教室の宿舎のロビーに到着した。途中途中、追いつかれそうな時が何度もあったが、僕がテキトーにその辺に転がっている石を投げているとその勢いはすぐに収まったため、特に苦労はしなかった。
「これで時間も間に合ったし、よかったな」
日高くんがそう告げると、松木さんは「う、うん……」と少し落ち込み気味の様子で答える。当然だ、本来ならばあの時、彼女は日高くんに告白していた。ようやく一歩踏み出せたの言うのに、途中で止められたのだ。やりきれない気持ちで仕方がないだろう。
「というかさ、羽衣くん」
「どうしたの松木さん?」
「灯花ちゃんはどうしたの?」
「灯花ちゃん?あぁ、月百合さんのことね………………確かに、どうしたんだろうね?」
本当にどうしたのだろうか。彼女は僕と別れる際、集合時刻までには戻るから勝手に帰ってていいよと言っていた。彼女はそういうところだけは几帳面な性格のはずなので、これはおかしい。
――――とは思っていない。
なぜなら、彼女はそう言った時、その右手に一本のナイフを手にしていたからだ。それは僕を殺す用のものではない。おそらく………
「僕、探してくるよ」
「じゃ、じゃあ私もっ」
「いや松木さんはダメだ」
もし、彼女に月百合さんの仕事現場を目撃されてしまえば、状況がややこしくなってしまうのが目に見えている。
「え、なんで?」
「何が何でもダメなんだ。だから、日高くんと一緒にここで待っててほしい」
「え、俺?」
どうだ松木さん。大好きな日高くんとまた二人きりでいれるんだ。これを逃す手はないはずだろう。
「日高くんと……」
「そう、この日高くんと待っててほしいんだよ」
「わ、分かった!」
よし。狙い通りだ。
「じゃあ、行ってくるね」
「集合時刻までには帰ってこいよ」
僕はコクリと頷き、宿舎のロビーを颯爽と飛び出した。