プロローグ
【Prologue】
時刻は24時。
街からは明かりが消え、ひと気がない道路にはたまに通り過ぎる車のエンジン音がよく響く。
「はぁ…………はぁ………はぁ………」
闇の中から一人の男が現れ、街灯の下で息を荒くしながら、せかせかと走っている。ときどき後ろを確認するような素振りで振り向くと、その度に段々と近づいてゆく黒い影に絶望し、再び走り出す。
「頼む!金ならいくらでも出す!だから殺さないでくれ!」
男の震えた声は夜の静けさに水を差す雑音としてしか響かず、男を追う黒い影はその言葉を気にも留めない。黒い影はそのまま段々と距離を詰めていく。そして、闇夜に一つの鋭い鋼色の光が現れた思えば、その光は黒い影と共に、男のすぐそこまで近づき、やがて男を追い越す。
「や、やめっ!」
瞬間、鋼の光は男の腹部を貫通する。
その光は男の躰に通り過ぎると、鉄色の光が深紅に染まり、男の口から血が噴出するように溢れ出る。
――――――グサッ、グサッ、グサッ
黒い影は吐血した男を淡々と刺し続ける。男の断末魔など意味がない。戸惑うことなく、赤く染まった鋼の光は儚く、男の躰中を駆け巡り、やがて血の水溜りに浮かんだ赤い月が男の影に覆い隠される。倒れ伏し、既に死体と化した男のスーツのかくしの中から、ふと、一枚の写真が宙を舞い、地面にゆっくりと着地する。そこには男とその隣に満面の笑みでピースサインをしている女と少女が映っていた。
「………」
黒い影は視線を落とし、その写真を見つめると、ゆっくりとしゃがみ込み、手に取ると赤く染まったその手で自分の洋袴ずぼんのかくしに仕舞いこむ。
そして、その黒い影は踵を返し、再び暗く染まった夜に姿を消した。