7.ダッシュで逃げる。
書き足し予定です。
それからマノンはライオネルの姿を見かければ、ダッシュして逃げる生活が続いた。
やりかけの仕事を放り出して消えるのは心苦しいが、ライオネルが遠ざかったころに戻ってまた続きをやる。任せた人間から文句は多少言われたが、元々マノンが引き受けているのは雑用だ。
今日もお城の廊下で、高いところにあるランプの傘を、ひとつひとつ手で磨いていた。大臣や王族貴族が通るような目立つ場所じゃないから、そんなのマノン以外誰もやりたがらない。
いつものようにすっぽりと頭と口元を覆い、ランプに絡みついている蜘蛛の巣やホコリを払うと、布で金属部分を磨いていく。
手を無心で動かしていると、コツコツと足音が聞こえてくる。
「君は本当に妖精のようだな」
「ひあっ!」
聞き覚えのある声が響いて、マノンはビクッとなった。彼女の足元にはライオネルがいて、脚立に座っているお助け妖精もどきは、今度こそダッシュで逃げようがない。
「おひ、おひさしぶりです。ライオネル様」
「本当だ。何度も食事に誘おうとしたのに、君はいつも雲隠れしてしまって……」
「ももももったいないお言葉です」
このまま立ち去ってくれないだろうか……と布巾を握りしめてマノンが考えていると、ライオネルはため息をついた。
「君ともっと話したいと思うのだが、騎士団の仕事もあって……ほったらかしにしてしまって本当に済まない」
「ほったらかし大歓迎です。どうぞお仕事をされて下さい」
「マノン」
じぃっと金髪の美丈夫はマノンを見上げている。脚立の上から見おろす形になっているので、マノンからはライオネルのつむじがよく見えた。
「この前みたいに食事に誘ってもいいだろうか」
「あ、はい。試食がかりですね」
変な期待を持たないよう自分に言い聞かせ、マノンが返事をするとライオネルもこくりとうなずく。
「ああ。肉にかけるソースの種類を試したい。デミグラスとグレービー、両方作ってみようと思うんだ」
「デミグラスとグレービー……」
なんだかよくわからない。マノンには塩・砂糖・コショウぐらいしか調味料はない。
「あ、ラズベリーを煮詰めて作る、赤いソースなら知ってます。酸味があってお肉にも合いますよ、たしか」
たしかというのは、マノンが残り物のソースをなめただけで、お肉そのものは食べなかったからだ。
「そうか。では今晩厨房に来てくれ。いいか?」
「はい」
(なぁんだ。簡単なことだった)
「それじゃ」
さわやかな笑顔を残して去っていく騎士団長を見送って、マノンは今までなんとなく彼を避けていたのがバカらしくなる。雑用係のマノンに彼だって、たいした用事があるわけじゃないのだ。
(それにお肉……)
スープの出がらしの骨についた肉の切れ端とかじゃなくて、ライオネルが食べさせてくれるのはきっとちゃんとしたお肉だ。
(な、何ヵ月ぶりだろう……しかもソースをつけて味わうなんて)
夢だ。きっと夢の世界の出来事だ。
いったんこれでアップしておきます。