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6.西の塔の姫君

【登場人物】

マノン・プルシェ(16) ガルソン城の雑用係

ライオネル・ダモス(23) 騎士団長

 それからマノンはちょくちょく城内でライオネルを見かけるようになった。


 北方の生まれのせいか、城にいるウィルみたいな文官たちより体格もよく、頭ひとつぶん背が高いし、輝く金髪は遠くからでもよく目立つ。


 マノンは騎士団長を見つけられるけど、逆に彼が彼女を見つけるのは難しい。だってマノンははいつもボロを着て、ひと気のない暗がりでよく、誰もやりたがらないような雑用を黙々と片づけているから。


 それなのに。


「マノン、会えてよかった!」


「……午前中もお会いしましたが」


 騎士団長らしく金モールがついた城内用の礼装をさっそうと着こなし、ライオネルはにこやかにうなずく。


「そうだな。日に何度も君に会えるなんて、俺はラッキーだ」


(なぜだろう)


 不思議に思いつつもマノンはライオネルに言い返す。


「べつにラッキーなことは何もありませんが」


「じゃあ君が教えてくれた〝吉兆事象〟に『マノンに会うと縁起がいい』とつけ加えないとな」


「騎士団長に会えたら……の間違いではないでしょうか」


「でも君は俺に会えても、あまりうれしくなさそうだ」


「ええと……人が雑用係に会いたがる時は、たいてい用事があるものですから。めんどくさいものでないといいなぁ、と思っているだけです」


 マノンがそう言うと、ライオネルは驚いたようだった。


「君は俺が仕事を言いつけると思っているのか?」


「違うんですか?」


 そうでなければお城の雑用係に、騎士団長が何の用があるというのだ。


「あ、いや……しまったな。君に『俺に会えてラッキー』と思わせるにはどうしたらいいだろうか」


「騎士団長に会えてラッキー……夢見がよくなるとかですかね?」


「夢見……」


 微妙な表情になったライオネルに、マノンは淡々とつけ加える。彼女は今日一日を生きるので、いつも精一杯なのだ。


「現実で何か素晴らしいことがあるとは、とても思えませんので」


 そう言ってすぐ、マノンは反省した。


(あ、失敗した……)


 ライオネルが痛ましいものを見るような目つきで、彼女を見たからだ。騎士団長は困ったように眉を寄せ、口をへの字に曲げた。


「マノン、こういう手は俺も使いたくないんだが……」


「はい……」


(何だろう。何かさせられるんだろうか……)


 騎士団長がその気になれば、マノンひとりいつでも城の外に放り出せるだろう。びくびくと彼女がライオネルのようすをうかがえば、彼はため息をついて大きな手を、自分のポケットに突っこんだ。


「君の気を惹くにはあまりにもあざといような気がして……」


「あ、あざとい?」


 ドギマギしていると、ライオネルはマノンの顔をじっと見つめる。


「その……君の反応が不安なのだが」


「どんな反応ですか」


 彼は苦悩の表情を浮かべている。というか騎士団長がマノンの反応を気にする必要がどこにあるのだろう。


「しばらく君に料理をふるまえなかったし……」


「えっ、そんなこと気にしてませんよ。むしろあれは夢だったのだと思っておりました」


 そう、あれこそ現実じゃない。チーズたっぷりの、ぶ厚いベーコンの肉汁がしたたる包み焼きに、甘いココアの罪深い味わい。


 夢の中の出来事だと考えたほうがしっくりくる。


「そんなことを言わずに手を出してくれ」


「なんでしょう、繕い物ですか?」


 差しだした手をライオネルに、ムチで叩かれることはなさそうだ……と、それでもマノンはおずおずと両手を差しだした。


 手にガサリと何かが置かれたけれど、ライオネルの手が邪魔してマノンからは見えない。


「紙くず……ごみ捨てですか?」


「違う。よく見ろ」


 マノンはパチパチとまばたきをして、自分の手を見つめた。赤や青、色鮮やかな紙に包まれた丸いものが、いくつも束になって手のひらに載って山になっていた。


「なんだかいっぱいあります……」


「このあいだ君は、メイドたちが飴を食べているところを、じーっと見ていたろう」


「そんなところをご覧になっていたんですか⁉」


 そんな時のマノンはたいていお腹を空かして、だいぶ惨めな気持ちになっていることが多いから、ライオネルに見られていたなんて恥ずかしすぎる。


 手を引っこめようにも、ライオネルの手が大きいのか、飴はマノンの手のひらで山になっていた。


「あの……頂けるなら一、二個でいいんです。あとはお返しします」


 両手ごと差しだそうとしても、ライオネルは首を横に振る。


「もう君にやった」


「そんなこと言われましても……」


 マノンが本気で困っていると、ライオネルが指を伸ばす。


「じゃあ俺はひとつだけ……ほら、マノン」


 飴をひとつだけ取って包み紙を解き、ライオネルはぽんとマノンの口に放りこんだ。


 マノンの舌が甘いコロコロを待っていたかのように、口の中にいきなり唾液が湧いた。


「甘いれふ……」


「甘いだろう」


 そのままマノンが舌でコロコロさせていると、ニコッと至近距離でライオネルはうれしそうに笑う。


(なんと罪作りな人なんだ……)


 両手に飴を抱えたまま、禁断の果実のような甘さを味わっていると、ライオネルは身をかがめて聞いてくる。


「俺に会えてラッキーとか、これで思えるか?」


「思いまふ、思いまふ」


 コクコクとうなずいて、マノンはじっくりと飴を味わうことにした。ライオネルはわざわざどこかで、これを手に入れてきたのだろうか。入手経路が気になるけれど、お口の中の天国はこの際しっかり堪能したい。


 ライオネルはそんなマノンにあきれているのでは……と、口をモゴモゴしながら心配になって見上げれば、彼はマノンと目が合った瞬間、パッと視線をそらした。


「ダメだ……想像の何倍も可愛い……」


 口元を押さえて彼もモゴモゴと何かつぶやくと、マノンへすまなそうに謝ってきた。


「すまない。飴玉でレディの気を惹くような真似をして」


「いえあの、お口の中が天国でふので、ライオネル様はお気になさらず……」


 それにマノンは雑用係であってレディではない。


 考えてみれば両手にいっぱいの飴玉なんて、これもまた夢の中の出来事に違いない。


「えと、残りはだいじに食べますね」


「ああ、君の好きな時に食べてくれ」


 とりあえずお互いに恥ずかしい。マノンはひとつだけ飴玉を残して、あとはハンカチに包んでひとまとめにする。


「はい、ライオネル様も」


「俺も?」


 驚いたようすのライオネルの口に、マノンはさっき自分がされたように飴玉を放りこんだ。


「共犯になって下さい」


 全部夢だと思えば、ちょっぴり大胆になれた。




 ふたりでこっそり飴玉を食べる。そんな罪深い味わいが甘さに加わったところで、ライオネルが思いだしたように話しだす。


「実は親父殿から言われたことがあってな」


「ダモス将軍から?」


『ガルソン城に着いたら、まずは三人の人物と会え。ひとりは王国の書庫番コルテ、もうひとりは雑用係のモナ』


「……モナ?」


 それは図書室でマノンが口にした、祖母の名ではなかったか。そんなことを考えた瞬間、ライオネルはとんでもないことを聞いてきた。


「マノン、きみは先王の姫君を見たことはあるか?」


「……この城でその名を口にしてはいけません」


「なぜ?」


「いないも同然なのです。西の塔に幽閉されたまま、その姿を見た者はおりません。この城のだれも口にしません」


「西の塔……ではあの塔は……」


 それきりライオネルは考えこむように口をつぐんだ。これ以上ここにいてはいけない……マノンの中で何かが警告する。とるに足らない雑用係でも、情報源として使われたくない。


「先王が崩御したとき、姫君にはモナという名の側仕えがいたという。ダモス将軍は彼女と面識があったそうで、懐かしがっていて。きみの祖母がたしかモナという名だったな」


「もう亡くなりました」


 ライオネルが親切にしてくれるのは、きっとマノンから情報を引きだしたいからだ。自分のうかつさを呪いながら彼女は立ちあがり、ライオネルに背を向けると、彼の視界から消えるために急いでその場を離れた。

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