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4.厨房での食事

【新たな登場人物】

マシュー 厨房で働く料理人

 そのままぐいぐいと腕を引っ張られるので、マノンはついて行くしかない。決して強い力ではないのに、ふりほどけない。剣を握るライオネルの手は、大きいだけでなく、手のひらや指がゴツゴツさていて硬かった。


 大声を出すと何事かと人が振りかえりそうで、騒がれたくないマノンは小声で広い背中に向かってささやく。


「ライオネル様、どこに行くんですか?」


「きみも知っている場所だ。たしかこっちでいいはずだが……」


 迷いなく歩いているように見えて、ライオネルは時々あたりにサッと鋭い視線を向ける。何となくぽわんとした疑問がマノンの頭に浮かぶ。


(この人……ちゃんと道を知っているのかしら?)


「ライオネル様は昨日ガルソン城に到着されたばかりでは?」


「部屋の配置はいちおう頭に入れている。隠し通路や死角となる物陰、隠し部屋などはまだ把握しきれていないが」


 そこまで言ってライオネルはマノンを振り向き、クスッと優しく笑う。


「これだけ大きな城なら、城の探検も楽しみだ」


「お城は遊ぶ場所じゃありませんよ」


 手を引かれながらマノンは、ごくごくあたりまえの注意をした。騎士団長たるもの、職務には真面目に取り組んでもらいたい。


 それに心臓がとび跳ねるような甘い笑顔は、お城の貴婦人たちに向けて取っておいてほしい。お助け妖精を地で行くマノンに向けても、それこそ宝の持ち腐れだ。


「そうだな……でもあの西の塔とか、気になるだろう?」


 マノンはライオネルが指さした塔を見上げた。お城の建物から少し離れて、ぽつんと建つ尖塔。入り口はひとつだけで、一日二回食事を運ぶために、メイドが通る以外は閉ざされている。


 運ばれる食事はいつもひとりぶん、カチカチに干からびたパンと、具のない冷めたスープ。マノンが知っているのはそれだけだ。


 触らぬ神に祟りなし……知らぬが仏ということわざも、東方の異国にはあるらしい。そうウィルが言ってた。だからマノンは首を横に振る。


「……とくに気にしたことないです」


「そうか……と、着いたぞ」


「厨房?」


 向かう先はマノンも同じだったから構わないけれど、騎士団長は厨房に何の用だろう。


 片付けをしていた料理人のマシューが、マノンを見て渋い顔をしたけれど、騎士団長の制服を見るなり、顔色を変えてすっ飛んできて、ライオネルに頭を下げた。


「これは……何かその娘に粗相がありましたでしょうか?」


 ライオネルに腕をつかまれたままのマノンを見て、彼女が何かやらかしたと思ったらしい。


「いいや、頭を使ったら小腹が空いてしまってな。まだかまどの火は落としていないか?」


「もう残り火だけでさ」


 彼は騎士団長が何と言おうと、マシューは火の後始末をしてさっさと帰るつもりらしい。仕事がそれほど好きでないのか、いつも彼から残飯をわけてもらうことはあっても、マノンのために料理をしてくれることなどない。ついでに言うと料理もまずい。


 けれどライオネルは気にしない様子でうなずいた。


「それでじゅうぶんだ。ちょっと借りるぞ、きみはもう帰ってもいい」


「は⁉️」


 青筋を立てたマシューは、絶対怒りだすとマノンは思った。けれど騎士団の制服が効いたのか、料理人は外した前掛けを無造作に調理台にかけ、厨房の出口に向かった。


「後片付けはきちんとしてくださいよ。マノン、くれぐれも失礼のないようにな」


 物わかりがいいようで、途中だった片づけを放りだし、そのまま帰ろうとしている。マノンは料理人を呼びとめようとして……ライオネルに声をかけられた。


「マノン、きみはそっちに座れ」


 いつもマノンが厨房の手伝いをするときに座る、丸い木の台座がついた小さなスツールに、彼女を腰かけさせたライオネルは、置き去りになった前掛けを身につけ、さっそく作業に取りかかる。


「……ライオネル様が料理をなさるのですか?」


「ここの厨房を使うのは初めてだが、北方砦ではよく手伝いもしたからな、だいたい造りは同じだろう」


 勝手知ったるようにあちこちの扉を開け、わからないときはマノンに聞きながら、取りだした小麦粉を、卵を溶いたボウルに入れる。さっとかき混ぜてとろりと油を足したら、それをフライパンに薄く広げて焼く。


「残り火でじゅうぶんだ。すぐにできるからな」


「あの……いったい何を?」


 新任の騎士団長がマノンのために、自ら料理を作ってくれている。この状況がすでに訳わからない。


「さっき言ったろう、『頭を使ったら小腹が空いてしまった』と」


「それはそうですが……」


 料理人ほどの腕はないが、雑用係のマノンだって簡単な調理ぐらいはできる。何なら味つけのセンスはマシューより上だと、ひそかに思っていた。


 こういう場合、『何か作ってくれ』と言われるのがふつうではないのか。


 けれどライオネルは楽しそうに前掛けを身につけ、目についた材料を取り出しては並べていく。そのようすは図書室にいた時よりもリラックスしていた。


「料理人には嫌がられるが、気分転換にいいんだ。あとはほっとけなかったからかな。やせた体にあかぎれだらけの手……冬の寒さが厳しい北方砦の周囲ではよく見かけるから」


 薄く焼いた小麦粉の皮を何枚か皿に重ね、ライオネルは厚く切ったベーコンを串に刺して炙る。


「ベーコン……」


 マシューだったら絶対切らないぶ厚さで、串に刺さったままのベーコンから、脂がジュウジュウとあぶくを立てて溶けだしてくる。


「そういう子を見つけたら、まずやるのは砦の厨房に連れて行って……」


 キッチンに漂うおいしそうな匂いに、マノンの口の中は唾液でいっぱいになり、ついでに言うと話にまったく集中できなくなった。


「服ごと頭からお湯をかけてザブザブ洗う。どっちにしろ服も洗濯に出すからな。同時にケガや栄養状態もチェックする」


「わ、私はだいじょうぶです」


 マノンは住む部屋も与えられている。服は支給品を与えられないため、モナのおさがりを着ているが。


 ライオネルはさらに、どこからか取りだしたチーズの塊にナイフを入れ、それも柔らかくなるまで炙ると、ベーコンと一緒にさっき焼いた皮で、くるくると巻いて皿に載せた。


「腹いっぱい食わせる。さあどうぞ」


 手際よく引かれたマットにナイフとフォーク、さらに湯気を立てる皿が置かれた。


 空腹でぐるぐると目が回りそうになっているところに、視覚から嗅覚から押し寄せてくる殺戮的な刺激……これはヤバい。


 気を失わない自分をほめてあげたい、とマノンは思った。けれど目の前に置かれた皿に釘づけになったまま、動くこともできない。


 食事は毎日きちんと支給されている。ただ量も栄養も足りていないだけだ。


「お、いいものがあった」


 背が高いライオネルはキッチンの棚で、何か見つけたらしい。金属の缶を取りだし、小さな鍋に黒い粉末を注いでいる。


「残り火でいけるかな。まぁ、温める程度だから」


 マノンは皿に載ったベーコンとチーズの包みに、すっとナイフを入れて、フォークでひと切れすくいあげる。


 とろりと垂れるチーズを絡め口に運べば、ベーコンから滴る脂が、マノンの舌にじゅわりと広がった。コクのあるチーズとともにかみしめる味わいは、ただひたすらに罪深い。


 自然に手が動いて、またひと口ぱくりと料理を口に運ぶ。目はに置かれた料理に釘づけなのに、手と口だけはせわしなく動き続けた。


「あいにく今日はもう、スープがなくてな」


 ライオネルの声がすぐ近くで聞こえ、びっくりしたマノンが顔をあげれば、彼は湯気の立つカップをふたつ、手にして立っている。


「お茶でも淹れようと思ったんだが、戦いの後は兵士たちもこれを好むんだ」


 騎士団長に給仕までさせてしまったことに気づき、マノンが耳まで真っ赤になっていると、カップがことりと置かれた。カップには茶色い濁った液体が入っている。


「何ですか?」


「ココアだ。輸入品で高価だから内緒だな、飲み終わったらさっさと片づけてしまおう」


 そういってライオネルはアイスブルーの目を優しく細め、マノンの向かいに座ると、自分もナイフとフォークを取りあげた。


 また包み焼きを食べながら、マノンはだれかと食事をするのは、そういえばひさしぶりだと気がついた。


 そのあと、人生で初めて飲んだココアがあまりにおいしくて、ひと口飲んだマノンはむせて死にそうになった……。

『溺愛』……『無自覚溺愛』って感じでしょうか。

次回は『花束』を書きたいです。

ココアって、現実世界ではかなり最近の飲みものなのです。最初はさして甘くもなく、薬として王侯貴族に飲まれていました。

ホットミルクにしようかな~でもホットショコラかココアにしたいんだよなぁ……ということで、ココアに。

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