2.騎士団長ライオネル
(なんだか、図書室には似合わない人ね)
騎士団長としてはだいぶ若く、ライオネルはまだ二十代そこそこに見える。輝く金髪で整った甘めの顔立ちは、城の貴婦人たちが放っておかないだろう。
剣ダコのついた大きな手は、城の図書室にある本よりも、剣を持つほうが似合いそう。
騎士団のジャケットは脱いで無造作に隣の椅子にかけ、シャツのボタンをふたつ目まで外して腕まくりし、彼は苦悶の表情を浮かべてペンを握りしめていた。
けれど筆が進まないのか、彼は大きくため息をついてペンを放りだすと、短く刈った金色の髪を、ガシガシとかきむしった。
(まるで試験を受けている学生みたい……)
そう考えると大きな筋肉質の体を持つ騎士団長も、何となく可愛く見えてくるから不思議だ。
書架の影から眺めていたマノンは、ハッとしたように顔を上げたライオネルとバチッと目が合う。瞳は澄みきった湖のようなアクアマリン、そう思った瞬間に彼がつぶやいた。
「……妖精?」
それは小さな声なのに、マノンの耳にもはっきり届いた。
――妖精?
どこに妖精がいるのかとキョロキョロしても、マノンの他には司書のウィルしかいない。そして彼女が視線を戻せば、やはりライオネルとバッチリ目が合う。しかたなく本人にたずねた。
「妖精とは?」
「きみのことだ」
そう言うライオネルの視線は、じーっと彼女に注がれたままで、つまり妖精はマノンということに……いや、どう考えてもこの会話はおかしい。
今のマノンは髪も口元も布で覆い、眼鏡をかけてホコリから完全防備している。つまり顔なんか見えておらず、むしろ刺客と勘違いされてもいいぐらい、怪しさ満点のスタイルだ。
これが妖精に見えるとしたら、騎士団長の目がおかしい。
「……妖怪の間違いでは?」
「えっ!」
ライオネルは目を丸くして、慌てたように手を横に振る。
「いや、本当に〝お助け妖精〟かと思ったんだ。俺を助けにきてくれたのかと」
「あ~〝お助け妖精〟……そっちですか」
人々が寝ている間に仕事を片づけてくれる〝お助け妖精〟は、そういえば学校の宿題を手伝ってくれることもあるらしい。
たしか着ている服も履いている靴もボロボロで、人間に姿を見られるのを嫌うという……。
なるほど、騎士団長の目は悪くない。自分の格好を考えて、マノンはひとり納得した。
「ダメですよ、〝お助け妖精〟が考える答えはデタラメなんですから。でも幸い私は人間です、どんな助けがほしいんですか?」
ライオネルは途方に暮れたように、自分のまわりに積んである本を見回す。
「明日の着任式であいさつをすることになっている。その文章を考えていたんだが、俺はからっきし文才がなくて……」
「私だって文才はないです」
助けるといっても、マノンにできることはたかが知れている。式典のあいさつなんか、スラスラと書けたら文官になれる。
「図書室へ行けば何とかなるかと……古今東西の英雄の名言から、文章をひねり出そうとしているのだが」
顔をしかめたライオネルを見て、司書のウィルが苦笑した。
「まぁ、新任の騎士団長が受ける洗礼だな。俺が手を貸しても、すぐにバレるだろうが、マノンなら問題ないだろう」
「問題、大アリですよ」
とにかくマノンは頼まれた掃除だけ、早く終わらせて帰りたい。ライオネルは彼女にすがるような目を向けた。
「きみはマノンというのか、ちょっと読んでみてくれないか?」
しかたなくマノンは差しだされた文面に目を通し、さっそく一行目で容赦ないダメ出しをした。
「ええと……『熱き血潮は君たちにも流れ、俺にも流れている』……意味不明です、何が言いたいのか分かりません」
「だよなぁ」
ガクリと肩を落とすライオネルには悪いが、マノンの目から見てもこれはひどい。
「それから『手足がもがれようと、王国の灰になり力を尽くす』……縁起でもないです。団員の士気を下げてどうするんです」
「決死の覚悟を伝えようと……」
「ぜんっぜん、伝わりません!」
強くて怖いものなんかなさそうな騎士団長は、マノンの言葉に頭を抱えてうめいた。
「剣や弓、乗馬ならどうにかなるんだが……」
「騎士ならそれは当たり前ではないかと」
「うぐっ」
マノンの指摘に新米騎士団長は、どんどんしおしおになっていく。
「ダメだ、うまくやれる気がしない」
(お腹すいた……)
早く終わらせてご飯が食べたい、切実に。それには騎士団長が、しおしおのままではまずい。
「でも『とにかく怪我がないように』はいいと思います。弱気ともとれるので、言いかたを変えるとして……」
「弱気……」
流麗で格好いい、韻を踏んだ文章なんて、ウィルならともかく雑用係のマノンでは思いつかない。けれどあいさつは言いたいことが、ただ相手に伝わればいいのだ。
「『騎士の本分は戦いのみにあらず。国の為家族の為を思うなら、自分の体も大切に扱え』とかどうでしょう?」
「それだ!」
ライオネルはパァッと顔を輝かせた。
「それに何か勇気を与えられるエピソードをつけ加えて。こちらの〝吉兆事象〟をどうぞ。飛び立つ鳥を見たとか、雨が止んで雲間から差しこむ〝天使の階〟を見たとか、そんなことでいいと思います。あとの本は片づけますね」
本がいっぱいあっても読むだけ時間がかかるし、それはそんなに分厚くない。ライオネルは受け取った本をパラパラとめくる。
「なるほど、古今東西の『縁起がいい』とされている事柄か、参考になりそうだ。マノンはどうしてこれを?」
「幸運を見つけるためです」
「幸運?」
「明け方、飛び立つ白鷺が見られたら幸運、土砂降りの雨でも雲から差しこむ光が見えたら幸運……そうやって毎日、いくつもの幸運を見つけるんです。何もなくとも幸せな気持ちになります」
「そうか……」
ふっとほほえみを浮かべたライオネルは、さっきまでよりずっとリラックスした表情を浮かべていた。
「うまくできなくてもいいんです。ダモス様ご自身の言葉で、わかりやすく語れば」
「うまくできなくてもいい?」
「そうです、王都へやってきた時の気持ち、団員たちをどれだけ大切に思っているか、どんな思いで国を守りたいのか、ご自身の言葉で語ってください。でなければ聞く者の心に響きません」
不思議なことにライオネルは、マノンのみすぼらしい格好も気にせず、彼女の言葉をきちんと聞いてくれる。少し話しただけなのに、偉ぶったりすることもなくて、ちっとも嫌な感じがしない。
彼ならきっと……その人柄が伝わるように、素直にありのままの言葉で語ったほうがいい。
「俺自身の言葉で聞く者の心に……そうか、俺は親父殿に恥をかかせたくなくて、気負いすぎていたようだ」
「親父殿?」
「ダモス将軍のことだ。養子に迎えた俺を騎士団長に推薦して下さった。きみに会えた幸運に感謝を、マノン」
にっこり笑うライオネルに、本を片づけたマノンはひと仕事終えた気分になる。
「どういたしまして。では帰ってもいいですか?」
すかさずウィルの声が聞こえた。
「まだ書架の掃除が終わってない」
「……そうでした」
騎士団長の悩みを何となく解決したというのに、ウィルは忘れてくれていなかった。マノンのお腹がくぅと鳴った。
早くマノンにご飯を食べさせたい……なかなか甘くならないのは、作者のせいです(汗
『回復薬』『短髪ヒーロー』『頭ぽんぽん』『溺愛』『花束を贈る』『キス』を要素として入れるとか。
まずは『短髪ヒーロー』。