表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

1.お城の雑用係マノン

お城の雑用係マノンと騎士団長ライオネルのお話。楠結衣様主催『騎士団長ヒーロー企画』参加作品。

【登場人物】

マノン・プルシェ(16) ガルソン城の雑用係

ライオネル・ダモス(23) 騎士団長

ジム 門番

ハリー 錬金術師

ミザリー 栗色の髪のメイド

ウィル 司書

 マノン・プルシェはガルソン城の雑用係だ。


 まっすぐに近い髪は、くすんだこげ茶で微妙なクセがあり、いつも寝起きには左側に跳ねている。とくに化粧水もつけない肌にはそばかすが散り、低めの鼻は冴えない眼鏡をかけるのにちょうどいい。


 マノンが他のメイドと違うのは、所属がハッキリしないことだ。頼まれればどこへでも出向き、何でも……主に誰もやりたがらないような、めんどくさい雑用を片づける。


 貴人たちの部屋にはそれぞれ専任のメイドがいるし、マノンでは中をのぞくこともできない。それでも仕事はだいたい、お城の厨房や医務室、研究棟や図書室あたりに行けば、いつも転がっている。


 このあいだはめずらしくお城の外に出られたと思ったら、王子様の凧揚げ遊びに連れて行かれて、絡まった凧の糸を解いた。


 マノンは強風が吹きすさぶ、めちゃめちゃ寒い中で待機し、うまく飛ばずにへちゃりと落ちた凧を回収した騎士たちが、それをマノンの所に持ってくる。


 おつきの者はみな手袋をきっちりはめ、コートの襟を立てて待機する中、マノンは王子様が他の凧を揚げているあいだに、かじかんだ手を温めながら指で凧糸を解いていく。


 ――そんなのマノン以外、誰もやりたがらない。


 先日は石畳のすきまに詰まった砂を、細いブラシで取り除いた。冷たい石畳にずっと膝をついてする作業は、高齢になった門番のジムがするにはキツかったのだ。


 ――そんなのマノン以外、誰もやりたがらない。


 けれど感謝したジムは焼き栗をくれたので、マノンはひさしぶりにオヤツが食べられた。


 昨日は裁縫室で働くメイドに頼まれて、外国製のカラフルなビーズを色別にわけて、専用のケースに詰めた。ピンセットを使った、ひたすら退屈で地味な作業だが、屋外でなくて風をしのげたのはありがたかった。それに余った糸と端切れを少しもらえた。


 まだ十六のマノンはとくに技術もないし、だれでもできるような仕事だけをやる。おしゃべりはいっさいせず黙々と手を動かし、いつのまにか片づけてしまう。


 メイドたちにとって会話も弾まないマノンは、いっしょに働くには物足りないが、人手がないときは便利に使えた。


 そして今日のマノンは錬金術師の研究棟で、ひどい臭いがするフラスコを大量に洗った帰りだ。


 茶色い何かの残滓がこびりついたフラスコを、冬場に洗うのはマノンしかいない。


 ――そんなのマノン以外、誰もやりたがらない。


 ブラシでガシュガシュ洗ったフラスコを、ピカピカに磨き上げた達成感はあるものの、真っ赤になった手指はガサガサだし、マノンの服にも臭いが移っていそうだ。


「ありがとマノン、助かったよ」


 並べたフラスコを確認してもらい、錬金術師のハリーが棚の扉をカチリと閉めたのを見届けて、マノンは研究棟から外にでた。


 ずっと同じ姿勢をとっていたため、カチコチになった体を伸ばしたマノンは、厨房への通路をひょこひょこと歩いていく。


(お腹すいた……厨房に何かあるといいな)


 時間帯によっては、厨房では残りものにありつける。残飯は家畜のエサになるが、エサやりの時間がくる前に行けば、スープや肉をわけてもらえる。


 今日は厨房の手伝いはしていないから、何ももらえないかもしれないが、いつも出される食事だけでは、冷たいベッドでマノンは、ひたすら空腹を耐えなければならない。


 マノン専用として与えられている、冷たい石壁に囲まれたあの寒々しい部屋には、食料など何もないのだから。


 けれど厨房への通路に差し掛かったところで、マノンはこざっぱりしたお仕着せを着た、三人のメイドたちに呼びとめられた。


「いたいた、マノン。探すと見つからないんだから。どこで油を売ってたのよ」


 錬金術師の研究棟でずっとフラスコを洗っていたけれど……とは口に出さず、マノンは少し彼女たちから距離をとって立ちどまる。


「何か用ですか?」


 華やかな香水が香るメイドたちは、マノンの臭いを嫌がるだろうと距離を取ったのだが、駆け寄ってこない彼女を見て、栗色の髪にホワイトブリムをつけたメイドが、不機嫌そうに眉をひそめる。


「言葉遣いがなってないわね。『何かご用ですか』でしょ」


「はぁ……」


 あいまいにあいづちをうつマノンに、彼女はさらに何か言おうとしたけれど、他のメイドが口をはさむ。


「ミザリー、もう時間がないわよ。さっさと押しつけちゃいなさいよ」


「そうよ、クリスとのデートに遅れたくないでしょ」


「そうだった、ウィル様を手伝って書庫を掃除してちょうだい」


 基本的にマノンは何か他に抱えていなければ、どんな仕事も断らない。そして今は研究棟のフラスコ洗いが、ちょうど終わったところだ。けれど念のために聞く。


「あなたといっしょにですか?」


 ミザリーはムッとした顔で早口になる。


「私はほかにも仕事があるの。それに髪がホコリまみれになるもの」


 ふわりと香る香水も艶のある栗色の髪も、きっとクリスとやらのためで、断れば恨まれるだけだろう。マノンのお腹がすいている以外は、とくに問題はなかった。


「……はい」


 静かな書庫でおしゃべり好きなメイドに囲まれるよりは、ひとりで黙々と作業をしたほうが頭も痛くならない。ミザリーはパッと明るい笑顔になった。


「ありがと。助かったわ!」


「ミザリー、急いだ方がいいわよ」


「ねぇ、クリスの知り合いに、私と合いそうな人いない?」


 そのまま仲間のメイドたちと行ってしまい、振り向きもしない。本当にただ仕事を押しつけただけで去っていった。彼女たちはいつも仕事をしながら、ポケットに入れた飴を食べるのだ。


(飴ぐらいくれてもいいのに……)


 つい思ってしまい、マノンはちょっと反省した。お腹が空いているからそんなことを考えてしまっただけで、飴がほしくて働いているのではない。


 小さくため息をついて、マノンは書庫に向かった。お腹が今にもキュッとなりそうだけれど、幸い書庫では食欲をそそる香りはしない。


「こんにちは、ウィル。掃除を手伝いにきました」


 銀髪に紫紺の瞳を持つ王国の書庫番、脚立で作業していた司書のウィルは、マノンの呼びかけに振り向いて目を丸くした。


「なんだマノンか。俺はメイド長に、背の高いのを寄越すよう頼んだんだが」


 その返事にマノンはむくれる。すきっ腹で少しイライラしていた。


「なんだはごあいさつですね、ウィル。背が高くてスタイルのいいミザリーさんは、今日クリスさんとデートなんです。それに背が低いのは、私のせいではありません」


「あー……そっか、そういうことかぁ、俺も間が悪かったなぁ」


 脚立から降りたウィルは、困ったようにポリポリと頭をかく。


「ウィルは美形なのに気難しくて人使いが荒いから、嫌がられるんですよ」


「ほっとけ」


 本にホコリが積もると、カビや虫食いの原因となる。なので書庫にならぶ書架を掃除して、ホコリを取り除かないといけない。


 大切な作業ではあるが、ひたすら地味で髪にはホコリがつく。マノンが髪や口元を布で覆い、ハタキと雑巾を手にしたところで、ウィルが思いだしたように書架の向こうを指さした。


「そうだマノン、やりながらでいいから、ちょいと彼を助けてやってくれ。そのかわりに高い所は手伝ってもらえばいい」


「そんな交換条件みたいな方がいるのですか?」


 気になって書架の向こうをひょいとのぞけば、キラキラ輝く金色の髪が目に入る。短く刈った髪をガリガリとかきむしりながら、ガタイのいい男性が苦悶の表情を顔に浮かべ、うず高く積まれた本に囲まれて机に向かっている。


「だれ?」


 見覚えのない顔にマノンが首をかしげると、ウィルがひそひそと答えてくれた。


「昨日着任したばかりの、ライオネル・ダモス騎士団長だ」

騎士団長のライオネルが登場がしたところで……続く!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
作者にマシュマロを送る
↓『魔術師の杖』シリーズ↓
魔術師の杖シリーズ
騎士団長ヒーロー企画←クリック!↓検索
騎士団長ヒーロー企画
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ