1.お城の雑用係マノン
お城の雑用係マノンと騎士団長ライオネルのお話。楠結衣様主催『騎士団長ヒーロー企画』参加作品。
【登場人物】
マノン・プルシェ(16) ガルソン城の雑用係
ライオネル・ダモス(23) 騎士団長
ジム 門番
ハリー 錬金術師
ミザリー 栗色の髪のメイド
ウィル 司書
マノン・プルシェはガルソン城の雑用係だ。
まっすぐに近い髪は、くすんだこげ茶で微妙なクセがあり、いつも寝起きには左側に跳ねている。とくに化粧水もつけない肌にはそばかすが散り、低めの鼻は冴えない眼鏡をかけるのにちょうどいい。
マノンが他のメイドと違うのは、所属がハッキリしないことだ。頼まれればどこへでも出向き、何でも……主に誰もやりたがらないような、めんどくさい雑用を片づける。
貴人たちの部屋にはそれぞれ専任のメイドがいるし、マノンでは中をのぞくこともできない。それでも仕事はだいたい、お城の厨房や医務室、研究棟や図書室あたりに行けば、いつも転がっている。
このあいだはめずらしくお城の外に出られたと思ったら、王子様の凧揚げ遊びに連れて行かれて、絡まった凧の糸を解いた。
マノンは強風が吹きすさぶ、めちゃめちゃ寒い中で待機し、うまく飛ばずにへちゃりと落ちた凧を回収した騎士たちが、それをマノンの所に持ってくる。
おつきの者はみな手袋をきっちりはめ、コートの襟を立てて待機する中、マノンは王子様が他の凧を揚げているあいだに、かじかんだ手を温めながら指で凧糸を解いていく。
――そんなのマノン以外、誰もやりたがらない。
先日は石畳のすきまに詰まった砂を、細いブラシで取り除いた。冷たい石畳にずっと膝をついてする作業は、高齢になった門番のジムがするにはキツかったのだ。
――そんなのマノン以外、誰もやりたがらない。
けれど感謝したジムは焼き栗をくれたので、マノンはひさしぶりにオヤツが食べられた。
昨日は裁縫室で働くメイドに頼まれて、外国製のカラフルなビーズを色別にわけて、専用のケースに詰めた。ピンセットを使った、ひたすら退屈で地味な作業だが、屋外でなくて風をしのげたのはありがたかった。それに余った糸と端切れを少しもらえた。
まだ十六のマノンはとくに技術もないし、だれでもできるような仕事だけをやる。おしゃべりはいっさいせず黙々と手を動かし、いつのまにか片づけてしまう。
メイドたちにとって会話も弾まないマノンは、いっしょに働くには物足りないが、人手がないときは便利に使えた。
そして今日のマノンは錬金術師の研究棟で、ひどい臭いがするフラスコを大量に洗った帰りだ。
茶色い何かの残滓がこびりついたフラスコを、冬場に洗うのはマノンしかいない。
――そんなのマノン以外、誰もやりたがらない。
ブラシでガシュガシュ洗ったフラスコを、ピカピカに磨き上げた達成感はあるものの、真っ赤になった手指はガサガサだし、マノンの服にも臭いが移っていそうだ。
「ありがとマノン、助かったよ」
並べたフラスコを確認してもらい、錬金術師のハリーが棚の扉をカチリと閉めたのを見届けて、マノンは研究棟から外にでた。
ずっと同じ姿勢をとっていたため、カチコチになった体を伸ばしたマノンは、厨房への通路をひょこひょこと歩いていく。
(お腹すいた……厨房に何かあるといいな)
時間帯によっては、厨房では残りものにありつける。残飯は家畜のエサになるが、エサやりの時間がくる前に行けば、スープや肉をわけてもらえる。
今日は厨房の手伝いはしていないから、何ももらえないかもしれないが、いつも出される食事だけでは、冷たいベッドでマノンは、ひたすら空腹を耐えなければならない。
マノン専用として与えられている、冷たい石壁に囲まれたあの寒々しい部屋には、食料など何もないのだから。
けれど厨房への通路に差し掛かったところで、マノンはこざっぱりしたお仕着せを着た、三人のメイドたちに呼びとめられた。
「いたいた、マノン。探すと見つからないんだから。どこで油を売ってたのよ」
錬金術師の研究棟でずっとフラスコを洗っていたけれど……とは口に出さず、マノンは少し彼女たちから距離をとって立ちどまる。
「何か用ですか?」
華やかな香水が香るメイドたちは、マノンの臭いを嫌がるだろうと距離を取ったのだが、駆け寄ってこない彼女を見て、栗色の髪にホワイトブリムをつけたメイドが、不機嫌そうに眉をひそめる。
「言葉遣いがなってないわね。『何かご用ですか』でしょ」
「はぁ……」
あいまいにあいづちをうつマノンに、彼女はさらに何か言おうとしたけれど、他のメイドが口をはさむ。
「ミザリー、もう時間がないわよ。さっさと押しつけちゃいなさいよ」
「そうよ、クリスとのデートに遅れたくないでしょ」
「そうだった、ウィル様を手伝って書庫を掃除してちょうだい」
基本的にマノンは何か他に抱えていなければ、どんな仕事も断らない。そして今は研究棟のフラスコ洗いが、ちょうど終わったところだ。けれど念のために聞く。
「あなたといっしょにですか?」
ミザリーはムッとした顔で早口になる。
「私はほかにも仕事があるの。それに髪がホコリまみれになるもの」
ふわりと香る香水も艶のある栗色の髪も、きっとクリスとやらのためで、断れば恨まれるだけだろう。マノンのお腹がすいている以外は、とくに問題はなかった。
「……はい」
静かな書庫でおしゃべり好きなメイドに囲まれるよりは、ひとりで黙々と作業をしたほうが頭も痛くならない。ミザリーはパッと明るい笑顔になった。
「ありがと。助かったわ!」
「ミザリー、急いだ方がいいわよ」
「ねぇ、クリスの知り合いに、私と合いそうな人いない?」
そのまま仲間のメイドたちと行ってしまい、振り向きもしない。本当にただ仕事を押しつけただけで去っていった。彼女たちはいつも仕事をしながら、ポケットに入れた飴を食べるのだ。
(飴ぐらいくれてもいいのに……)
つい思ってしまい、マノンはちょっと反省した。お腹が空いているからそんなことを考えてしまっただけで、飴がほしくて働いているのではない。
小さくため息をついて、マノンは書庫に向かった。お腹が今にもキュッとなりそうだけれど、幸い書庫では食欲をそそる香りはしない。
「こんにちは、ウィル。掃除を手伝いにきました」
銀髪に紫紺の瞳を持つ王国の書庫番、脚立で作業していた司書のウィルは、マノンの呼びかけに振り向いて目を丸くした。
「なんだマノンか。俺はメイド長に、背の高いのを寄越すよう頼んだんだが」
その返事にマノンはむくれる。すきっ腹で少しイライラしていた。
「なんだはごあいさつですね、ウィル。背が高くてスタイルのいいミザリーさんは、今日クリスさんとデートなんです。それに背が低いのは、私のせいではありません」
「あー……そっか、そういうことかぁ、俺も間が悪かったなぁ」
脚立から降りたウィルは、困ったようにポリポリと頭をかく。
「ウィルは美形なのに気難しくて人使いが荒いから、嫌がられるんですよ」
「ほっとけ」
本にホコリが積もると、カビや虫食いの原因となる。なので書庫にならぶ書架を掃除して、ホコリを取り除かないといけない。
大切な作業ではあるが、ひたすら地味で髪にはホコリがつく。マノンが髪や口元を布で覆い、ハタキと雑巾を手にしたところで、ウィルが思いだしたように書架の向こうを指さした。
「そうだマノン、やりながらでいいから、ちょいと彼を助けてやってくれ。そのかわりに高い所は手伝ってもらえばいい」
「そんな交換条件みたいな方がいるのですか?」
気になって書架の向こうをひょいとのぞけば、キラキラ輝く金色の髪が目に入る。短く刈った髪をガリガリとかきむしりながら、ガタイのいい男性が苦悶の表情を顔に浮かべ、うず高く積まれた本に囲まれて机に向かっている。
「だれ?」
見覚えのない顔にマノンが首をかしげると、ウィルがひそひそと答えてくれた。
「昨日着任したばかりの、ライオネル・ダモス騎士団長だ」
騎士団長のライオネルが登場がしたところで……続く!