第86話 一安心(伊藤真一視点)
「ふー……」
最中ちゃん一行との配信を終えた、その日の夜。
俺は自室のソファに腰を降ろし、天井を見上げ、思案に耽っていた。
「少なくとも、不自然な点は無かった。それに、最中ちゃんもライムスくんも俺に対して友好的に接してくれた――くくっ、これでネットの連中も黙るしか無いだろうな」
掲示板を眺めれば、既に俺の英雄伝説に懐疑的な目を向ける人間が出始めていた。
だが、今回の配信で俺と最中ちゃんが仲良くしていたのを見て、その疑惑は払拭されるという算段だ。
なにせ、最中ちゃんが本当の英雄ならば、その功績を掠め取った俺に対して友好的に接するなんてことはできないはずだからな。
まずは、これで一安心……。
だが、当然ながら疑惑も残る。
最中ちゃん。
君はなぜ、俺に対して憎悪を向けてこない?
自分こそが真の英雄。
そして俺は偽物。
世界中の誰もが知らなくとも、俺と最中ちゃんだけは、共通してこの事実を認識しているはずなんだ。
「分からない。けれど、何かを隠しているという様子もなかったよな……」
なにかやましい事情があって、故にイレギュラー討伐の事実を隠している。その線が濃厚だった。だが、今回の配信で食卓を囲んで確信した。
最中ちゃんは、何一つとして隠し事をしていない。というか最中ちゃんの性格を考えれば、隠し事をしていたとして、それが顔や言動に表れないなんてことはあり得ないように思えるぞ。
最中ちゃんもライムスくんも、すごく素直でいい子だったしな。
「消去法か」
つまり、最中ちゃんは自分たちがイレギュラーを倒したという事実に気付いていないんだ。
それなら、一応は説明がつく。
だが、イレギュラーモンスターをそれと気付かずに倒してしまうだなんて、そんなことが本当に起こり得るのか?
いや、そもそもだ。
直近の配信を見ても、最中ちゃんのレベルはそれほど高くないと分かる。
そしてテイムされたモンスターは、能力は高くなるが、主人の力を超えることは無い。
「ライムスくんにイレギュラーを倒すことは不可能のハズ。しかし俺は目の前でイレギュラーが捕食される瞬間を見た。最中ちゃんがレベルを偽装している……いや、それはあり得ない。不可能だ」
ま、あまり考えすぎても時間の無駄か。
分からないものは分からない。
割り切ることも、時には重要だ。
とりあえず、掲示板の動向は要チェックだな。
周囲の反応を見つつ出方を伺おう。
とはいえ……。
最中ちゃんが本当に「自分たちがイレギュラーを倒したという事実に気付いていない」のだとしたら――。
「ふっ。これほど都合の良い状況もなかなか無いよな。もしそうだとしたら、それすらも俺のスキル【英雄の幸運】のおかげかもしれないな」




