第72話 当たりダンジョンのススメ
「というワケでリスナーのみんな。私たちはこれから、お魚釣りを始めます!!」
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上ちゃん
<どうしてこうなったwwwww
No.13
<たまにはこういうこともあるよね!
ジョン
<まーそこが当たりダンジョンの旨味だし??
spring
<さすがに笑った
ホーリー・社員・ドラゴン
<魚釣り!?
ライムス推し
<うおおおおおおおライムス最強!!!!!!
1999
<平和的でいいね
ミク@1010
<当たりダンジョンの醍醐味と言えば現地調達だからね
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まさにコメント欄で言われている通りのことを、ついさっきフーラちゃんから聞かされたよ。
つまるところお宝ってのは、食材を現地調達して、みんなで仲良くダンジョン飯を楽しもう! っていうことらしいね。
「ところで、この中で魚釣りしたこと無いよって人いる~?」
フーラちゃんの問いに手を上げたのは3人。それを見て、フーラちゃんが困ったように眉を顰めて苦笑した。
「つまり私以外に経験者はゼロってことね。まぁ、あれだけいるわけだし、釣れたらラッキー程度の軽い気持ちでいこう。最悪の場合は咲ちんにスキル使ってもらえばいいし、ボウズってことはあり得ないからね」
フーラちゃんが指し示す先で、たくさんの大きなお魚がぴょんぴょんと一生懸命にジャンプしている。銀色の鱗が陽光を反射して、キラキラと輝いていた。
初めて見る圧巻の光景を前に、ライムスは「きゅーっ!!」と大興奮。お魚さんの真似をして、その場で何回もぴょんぴょんとジャンプしていたよ。
やっぱりライムスの可愛さは世界一だね!
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「ところで、釣り餌はどうするんだろう?」
魚釣りのことはよく分からないけど、魚を釣るなら餌が必要だよね? 私が疑問を口にすると、フーラちゃんは慣れた様子で近くに居たスタッフさんの元へ駆け寄っていったよ。
それからすぐに戻ってくると、その手には四角いプラスチックの容器があって、ラベルには「赤イカ」と書かれていた。
他にも、三角形の鉄の塊も持ってきたよ。
なんだろうねこれ? 楔とはちょっと違うけど。
「これは短冊イカって言ってね。これを付けるとヒラヒラするから、それで鮭を釣るんだよ。こっちのは三角オモリね。こういう企画の時は、大抵スタッフさんが持ってるよ」
「へぇ~~」
感心する私の横で、ふらんちゃんが「早く釣りたい!」と大騒ぎ。諫めつつ、咲ちゃんがロッドを最適な長さに伸ばして、ふらんちゃんに持たせてあげた。
たったそれだけでふらんちゃんは満足そうに笑う。ふらんちゃんは単純だねぇ。
「釣り餌はどうやって付ければいいんだ?」
「あー、その前にカットしなきゃダメなんだよ」
そう言って赤イカを手に取ってから、フーラちゃんは「おっ」と驚きを漏らした。
「なんだ、もうカットされてるじゃん。やっぱウチのスタッフさんは気が利くね~。それじゃ早速だけど餌を付けていこうか。まずは私がやるから、ちゃんと見ててね」
フーラちゃんは針の先端でイカを刺すと、今度は裏返しにしてもう一度押し込むように刺した。
「なんだか刺繍みたいだね?」
「ふふ、さっすが最中ちゃん。目敏いね! まさにその通りで、これは縫い刺しって言うんだよ。そんなに難しくないからやってごらん?」
「あっ、ふらんもやりたい!」
「はいはい。怪我だけはしないようにね~」
フーラちゃんの手解きを受けながら、私たちは準備を進めていく。多少てこずりはしたけれど、これといって特にトラブルもケガもなく。
「これで準備はオッケーだね! それじゃ始めようか!」
フーラちゃんの指示を受けて、私たちは4列に並んで釣り竿を放ったよ。
「しっかしまぁ、流石は当たりダンジョンって感じだね~」
「それはどういうことだ?」
「どういうことも何も、そのまんまの意味だよ。実際に渓流釣りをしようとなったらこんな簡単にはいかないから。相応の装備品も必要になってくるし、場所によっては登山の知識も必要になってくる。私の場合は【上級モンスター狩り講座】を配信する過程で応用できそうな知識を増やしていったんだけどね。それに比べて当たりダンジョンは最高だよ。事前準備も装備も無し、必要最低限の知識があれば簡単に食材を現地到達できる。咲ちんみたいなスキルを持っている場合は必要最低限の知識すら必要無いしね。にしし、これだから探索者はやめられない!」
「あっ! ねぇねぇ見てよみんな、グングンって竿が引いてるよ!?」
釣りを開始してから約30分。
フーラちゃんに教えてもらったとおりに放った釣り竿に、お魚さんが食いついたみたい。グングンと力強い抵抗力が竿越しに伝わってくるよ。
「おあわっ!? ふらんのほうもグイグイなったよっ!??」
「よ~し、それじゃ私の教える通りにやってみて!」
とまぁこんな感じで頑張ったわけだけど、私もふらんちゃんも数分後にはあえなく撃沈していたよ。
「ぜぇ、ぜぇ……。お魚さんって思ったよりも力強いんだねぇ」
「ふぅ、ふぅ。ふらんの力じゃ全然ダメだったよ。でもね、グングンって引っ張り合うのは綱引きみたいですごく楽しかったよ!!」
一生懸命に頑張ってみたけれど、途中でふわっと抵抗が無くなっちゃった。フーラちゃんが言うには、針が外れちゃったとのこと。
「まっ、最初はそんなモンだよ。安心して、二人の仇は私が討つからッ!!」
それから更に30分後。
宣言通り、フーラちゃんは大きな鮭を吊り上げていた。
額には大粒の汗が滲んでいるけれど、キラキラの笑顔を浮かべてすっごく満足そう。
「にししし。みんな随分と疲れ切っちゃってるね~」
結局釣れたのは一匹だけ。
私とふらんちゃんはヘロヘロで、咲ちゃんは表情は涼し気だけど、少し息が荒いね。
「ふふっ、確かに疲れちゃったけどさ、おかげでいい運動になったよ」
「ああ、最中ちゃんの言うとおりだな」
そんな私たちの横で、ふらんちゃんのお腹がぐ~と音を立てた。ふらんちゃんは照れながら、はにかみ笑いを浮かべる。
「ふらんね、もうお腹ぺこぺこ」
「よし。それじゃここから先は私に任せてもらおうか。こと調理においては、私のスキルが最適だ」
意気込む咲ちゃんの横で、フーラちゃんが「でもさ」と人差し指を立てた。
「このダンジョン、休憩スペース無くない?」
「フーラ。それは見込みが甘いな。我が『きららアカデミー』のスタッフが、空き時間に何もしていないはずがないだろう? 私たちが宝箱を探している間に『クラフターズ』を呼んでいるに違いない。――ですよね?」
投げかけられた質問に、スタッフさんが短い頷きを返して肯定した。
ちなみにクラフターズっていうのは、ブラック・シーカーと同じで縁の下の力持ちだよ。
ダンジョンにはサークルと呼ばれる円形のエリアがあって、どういうわけか、モンスターはそのエリアには入れない。
それをうまく利用して、ダンジョンが出現するとすぐに『クラフターズ』と呼ばれる人に通達が行くようになっているんだよ。
通達を受けたクラフターズさんはダンジョンに潜って、円形エリアでクラフトスキルを発動。こうして、私たち探索者のための休憩スペースが完成するってわけだね!
クラフターズさん、いつもありがとう!
休憩スペースにやってきた私たちは、さっそく調理の準備に取り掛かったよ。
まな板と包丁、それからテーブル台を用意。
咲ちゃんのスキルであっという間に下準備が済まされる。
あとは七輪の上で炭焼きにして、美味しく焼き上がるのを待つだけだね!
「せっかくなら白米も欲しいよねぇ?」
フーラちゃんがイタズラな笑みを浮かべて発案する。私と咲ちゃん、ふらんちゃんもそれに便乗し、さらにはリスナーのみんなも大騒ぎ。
結果、私たちは見事に白米を手に入れたよ! ちなみにこれは経費で落とされるみたい。やったね!
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「ホクホクの白米に、新鮮な釣りたて焼きたての鮭……。こんなの絶ぇ~~ッ対に美味しいに決まってるじゃん!!」
ちなみに白米はインスタントのものでなく、焚火を使って本格的に炊いていて、ところどころには美味しそうなお焦げも付いているよ。
鮭の調理は咲ちゃんに任せて、こっちは私とフーラちゃんとふらんちゃんで頑張ったよ。
フーラちゃんはキャンプの知識も豊富で、お陰で上手に炊くことができたよ。
「いよいよ配信も大詰めだな」
「ねぇねぇ、早く食べようよっ!」
『ぷゆいっ! きゅい!!』
ふふっ、ライムスもお腹ぺこぺこって顔してるよ。
これだけ美味しそうな香りが漂ってるんだもん、もう我慢なんてできっこないよね。
私たちは円を描くように食卓を囲んで、「せーの」の号令で手を合わせた。
「「「「いただきますっ!!!!」」」」
焼き立ての鮭を箸で解して、白米の上に投下!
ほわほわと白い湯けむりが立って、鼻腔を通り抜けていく。まだ口に入れてもないのに、既に幸せメーターが振り切れそうだよ!
「はふっ、はふっ」
私はゆっくりと丁寧にご飯を口の中に運んだ。
――次の瞬間。
たった一度の咀嚼で、塩味の効いた旨味がつま先から脳天までを駆け抜けた!!
「う、ぅう、うんまぁぁ~~~~~~っっ!!!!! 白米が柔らかいのは言うまでもないとして、鮭までホクホクってどういうこと!? あっという間に身が解れてご飯と一体化しちゃったよ!!」
私は勢いそのままに二口、三口と口の中に放り込んでいく。
「いい塩梅に疲れてて何を食べたって美味しく感じる状態の身体に、この組み合わせは反則級だよ!!」
気がついたら、白米も鮭も半分ほどが減っていた。
私は若干の落胆を覚えつつも、次に訪れるであろう至福を想像して、うっとりとした表情を浮かべてしまう。
でも、周りを見てもみんな同じように幸せそうな顔をしているよ。ライムスも目がハートになっちゃってるもん。
「白米、鮭。その上から塩昆布、出汁、塩を適量振りかけまして……そして注がれるのはこちら、じゃじゃん!!」
そして私は、ドローンカメラに向けて1口の急須を自慢するように見せつけた。
「煎茶ですッ!!!!!」
私は煎茶を茶碗の1/4のあたりまで注いでから、追加の調味料・わさびを手に取った。
「ふふふふ。もう誰も私を止められないよ。ここまで来たら徹底的に飯テロムーブを見せつけちゃうんだからっ!」
かくして出来上がった鮭茶漬けをパクッと一口。
じんわりとした温かさ、気持ちの良い塩味、煎茶の渋さにツンと来るワサビの辛さ……全てが黄金比率で混ざり合って、そして私はその味にほんの数瞬、天国を垣間見た。
「語彙が死んだ。ごめんねリスナーのみんな。今の私、これしか言えないや」
私はライムスを抱きかかえて、頬ずりしながら嘘偽りない率直な気持ちを吐き出した。
「私いま、超絶に幸せだよ! ダンジョン飯、サイッコーーッ!!」
そんな私の真似をして、ライムスが大きな声を上げながらドローンカメラに向かってジャンプ!
『ぷゆいっ、きゅぅーーッ!!』
そんなライムスの姿に、この場にいる全員が癒されていたよ。
ふふっ。
やっぱりライムスの可愛さは世界一だね!
ここまで読んで頂きありがとうございます!!




