第59話 祭りの後で①(土門一郎視点)
コンコン。
二度のノックの音に、「入れ」と短く応じる。
扉の向こうから姿を現したのは、秘書の相沢だった。
今日も今日とていつもと変わらぬサイドテールの茶髪を胸元に垂らし、凛と澄ました表情で私のことを見据えている。
「……私の『一笑に付す価値すらないであろうただの妄想』も、これで現実味を帯びてきたんじゃないか?」
「土門様、私も同様の意見です。彼女の使役しているスライム・ライムスくんには何かしらの秘密がある。それは間違いないでしょう。まさかあのような大量分裂を行ってみせるとは考えてもみませんでした。しかも、分裂体それぞれにライムスくんとしての自我が残っていた。これは驚愕に値します――ですが、それと件のイレギュラーとを結びつけるのは些か早計だと言わざるを得ません。裏から根回しして伊藤真一ともコンタクトを取りましたが、彼はプライベートにおいても、イレギュラーを討伐したのは自分であるとの旨述べています」
「……酒の席では?」
「それもまた然りです。数人の探索者を嗾け友好関係を結ばせましたが、伊藤真一がボロを出すことはありませんでした、通常では考えられません。人間というのは何らかの隠し事をしている場合、誰かに話したくなる生き物です。となると考えられる可能性は二つでしょう」
ふむ、なるほど。
つまりはこういうことか。
私は相沢の言葉を引き継いだ。
「伊藤真一がイレギュラーを討伐した。これこそが紛れもないただ一つの真実である。もしくは――」
今度は、相沢が私の言葉に続いた。
「伊藤真一には強固な決意がある。故に、最後まで嘘を貫き通す覚悟である」
「…………」
この部屋の窓からは、街が一望できる。
この窓から見える景色の全てが、まるで我が子のように愛おしい。だからこそ思うのだ。
「私の妄想が真実だった場合、天海最中とライムスくんは特別だ。そして私は、大いなる力は世界平和のために用いられるべきだと考えている。もし伊藤真一が嘘を吐いていて、真にイレギュラーを討伐したのが天海最中であるのならば、私は彼女とライムスくんを『探索者育成カリキュラム』に参加させるつもりでいる」
「……となれば必然、配信者としての活動機会は大きく減少するでしょうね」
「そうなるな。しかし……。伊藤真一か。フフフ」
ついうっかり笑みを零してしまった。
そんな私に対して、相沢が小首を傾げる。
ウム、その小動物のような仕草も実によいな!
「なにがおかしいのですか?」
「いやなに。もしも後者――伊藤真一に強固な決意があるとするならば。そうであったならば、これほどまでに厄介なことも無いなと。そう思っただけだ」




