第20話 魔物使いの試練③
これにて第2章完結です。
今日はあと2話、お昼と夕方にも投稿します。
ぽかーんとしたまま硬直していると。
三ノ宮さんが一歩前へ出て、嬉しそうに説明を始めた。
「ふふんっ、今回の第一次試練は”人間性”を見る試練だったというワケなのさっ」
「人間性だって?」
「ま、第一次試練とは言ってもこっちのは裏ルートなんだけどな。より優秀な人材を発掘するための演技、とでも言えば納得してもらえるか?」
山本さんが、青髪をたくし上げながらニヤリと笑った。
今すぐにでも「ドッキリ大成功~っ」とか言い出しそうな感じだね。
「口を挟めば自分が不利になってしまう。そんな状況に置かれた時、ほとんどの人間は”自分には関係ないことだ”と言い聞かせ、その場をやり過ごそうとします」
グラサンのお兄さんが、三ノ宮さんと山本さんの合間を縫って私たちの前に立つ。
さっきまでの怒りを含んだ声色と違って、今のお兄さんの声はすごく優しくて、なんだか安心しちゃいそうな感じ。
「しかし、お三方はそうではなかった。トラブルを起こせば不利益を被るのは自分――そんな状況にも関わらず、正しい行いをしたのです」
一呼吸挟んで、お兄さんはさらに続けた。
「モンスターは道具じゃない、そうやって綺麗事を口に出すのは容易いことです。しかし、いざ行動で示すとなると難しい。思ったことを口にするだけでなく、行動で示すことができる。探索者協会はそういう優れた人材を求めているのですよ」
「なんか、回りくどいね」
「よく分からんが、俺たちがスゲーってことだろ? がわはははっ!!」
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「さて、第一次試練は人間性を見たわけなのだが。当然、実技のほうも見ておかなきゃならないよね? というワケで、お次の試練はこいつだっ!!」
三ノ宮さんがナルシシズム全開のポージングを決めると同時に、両開きの鉄扉が開かれた。
そしてそこには……。
「こ、これって!」
思わず声が漏れてしまったけれど、それも仕方がないと思う。
だってそこにはすっごく希少なレアモンスターがいたんだもの。
それも一匹や二匹じゃないよ。
広大なサッカーフィールドがずーっと広がっていて、ところどころに砂地や水たまり、大岩などある。
そんなフィールドの中で、キラキラと輝く流動体が蠢きながら、照明を反射していた。
「アレはスライム・メタリッカじゃねーかっ!!」
「わわっ。ホンモノ、初めて見た!」
「す、すごい。本当にお宝みたいに光ってるよ、カワイイ~~!」
スライム・メタリッカはお宝モンスターと呼ばれているよ。
お宝と言われているのは相応の理由があって、まずは見た目だね。
金、銀、赤、青、紫、緑、白……。
どの色のスライム・メタリッカも光沢があって、キラキラと輝いている。
その見た目はまさに宝石みたい。
そしてお宝モンスターと呼ばれる理由その2は、どこを探しても全然見つからないってことだね。
出会える確率が低すぎて、希少価値の高いお宝に例えられてるんだね。
そして理由その3が、経験値の高さとドロップアイテムだよ。
例えば、今の私がスライム・メタリッカ(銀)を倒せば、一気にレベルが15までは上がると思うよ。
そしてスライム・メタリッカ(金)を倒すと、多くのお金がドロップするんだ。
そういう事情があって、スライム・メタリッカはお宝モンスターなんだね。
「今からお前たちには、こいつらを捕まえてもらう!」
山本さんが、腕を組みながら高らかに宣言した。
「スライム・メタリッカは最速のスライムとして名高い。つまり"普通に考えれば"捕獲は不可能! だが不可能を可能にしてこそ魔物使いというものだ。さぁ、心の準備ができた者から入場しろ! 制限時間は1人10分。それまでに捕獲できなかった場合は問答無用で失格だっ!!」
かくして実技の試練が幕を開けた。
けれど、みんな門の前で立ち止まったまま動こうとはしなかった。
そりゃそうなるよねぇ。
だって、相手はあのスライム・メタリッカだよ?
スライム族最速どころか、モンスターの中でもかなり上位のスピードで、速さだけならAランクモンスターにも負けないと言われているよ。
そんなのを捕獲しろだなんて無理難題過ぎるよ。
ていうか山本さん「どう足掻いても捕獲は不可能!!」って言っちゃったし……。
そんなふうにウジウジしていると。
「よぉーし。ここは俺から行かせてもらうぜ! フィールドを眺めて気付いたが、いくつか遮蔽物らしきモノが見える。おそらくはそれを上手く使えってことなんだろうな!」
「ほうっ! まずはキミから行くのかね? それじゃ精々頑張りたまえよ!」
「フン、言われるまでもねーぜッ!!」
伊賀さんは見た目通りパワーが強い探索者みたいだね。
砂を巻き上げたり、瓦礫を飛ばしてみたり。
そんなふうにして頑張ってモンスターを捕まえようとしていたけれど……。
ピピーーーーーッ!!
無情にも、ホイッスルは10分の経過を告げた。
「はぁ、はぁ、はぁ……。ちっ、チクショーーッ! あいつら、信じられねーくらいにすばしっこいぜ。気配を察するなり離れてくから、近づくことすらできなかったぞ! 悔しいが三ヶ月後の試練まで特訓だな!!」
「おじさん、ナイスファイトだったよ」
「伊賀さん、惜しいところもいっぱいありましたよ!」
私たちが励ますと、伊賀さんは照れ臭そうに笑った。どうやら落ち込んではいないみたいだね。
「次は、私が行く」
「ほほうっ、それじゃあ行ってきたまえっ! そして君の雄姿を余すことなく我々に見せてくれ!」
「リボンちゃん、頑張れっ!!」
「お姉さん、ありがとう。私がんばるよ!」
リボンちゃんはフィールドに踏み入るなり、即座に仕掛けた。
頭につけたリボンを取り払い、それを武器のように扱って、一番近くにいたスライム・メタリッカに攻撃を繰り出す。
「えいっ!」
『ピギァッ!!』
ヴゥンッ!!
でも、攻撃は不発。
スライム・メタリッカは物凄いスピードで走り去っていった。
っていうか電子音みたいの聞こえたけど。
もしかしてあれ風切り音だったりする?
ヴゥンッ!! は早すぎるでしょ。
「やぁっ!」
『ピヒャラララッ!』
ヴゥーーンッ!!
はっっや。
レーシングカーが通過した時にしか聞こえない音が聞こえてきたよ。
スライム・メタリッカが速さで自滅しないのは鉄の体のお陰だっていうけれど、それにしても早すぎない?
リボンちゃんは必死になってリボンを振って、なんとかスライム・メタリッカの進行方向を制限しようと試みる。
「来た、ここ!」
リボンちゃんの予想が的中したのか、リボンを繰り出した先にスライム・メタリッカが直進してきて。
「そこだっ、頑張れっ!」
「やぁああっ!!」
あと少し――。
けれどそのタイミングで。
ピピーーーーーッ!! と笛が鳴ってしまった。
「うー、悔しい。あとちょっとのところだったのに!」
「リボンちゃん、惜しかったね! ホントにあとちょっとだったのに!」
「悔しいけど、いい特訓になった。次の試練は、絶対に負けない!」
「さて、最後はキミだね? ふふふ、僕のことをビンタしたのは君が生まれて初めてだ。でもね、僕はキミを気に入っているんだ。普通はやらないようなことを勢いでやってしまう。そんな人間にこそ可能性は秘されているからね。さぁ、準備ができたら行きたまえよ。そしてキミの実力を示すんだっ!!」
なんだか凄い激励されちゃったね。
ナルシストすぎて分かりにくいけど、根は良い人なのかも?
「よぉーし、頑張るぞ!」
「お姉さん、頑張って!」
「俺たちの分までブチかましてくれッ!」
私は心強い声援を背に、フィールドへと踏み入った!
#
うわぁ、思ったより広いね。
私は足も遅いし、普通に考えたら捕まえるなんて出来っこない。
限られた時間は10分。
なにか、作戦を考えないと。
「とは言っても、そんなすぐには思い浮かばないよねぇ」
よし。まずは正攻法でやってみよう!
「おりゃぁーーーっ!!」
私は全力で一番近くのスライム・メタリッカに詰め寄る。
『ピギャッ!? ピギョェエエエッ!!』
バヒューーーンッ!!
「うっ、やっぱり早すぎるよ。こんなの本当に捕まえられるのかな?」
いや、気落ちしてても仕方がない。
次はこっそりと忍び寄ってみよう。
私は息を殺し、慎重に歩を進めた。
目指すは大岩だよ。
あそこに隠れて、不意を狙う作戦だね。
「よし、ここまでは順調……」
私は大岩に身を隠し、チラリと様子を窺う。
うん、気づかれた様子はないね。
ここからさらに息を殺して、慎重に近づいていけば――。
『ピギュァア”ア”ア”ア”ア”ッッ!!』
ブォンッ!!
「……ダメだね、まるでお話にならないや」
こんなの無理ゲーじゃんかっ!!
私は目尻に涙を浮かべながら、伊賀さんとリボンちゃんのほうを見やる。
声は聞こえないけれど、二人は必死に私を応援してくれていた。
「うぅっ。そうだよね、こんなところで負けてられないよね。まだ時間は残ってるんだし。最後まで足掻いて……ん?」
その時、私はふと気付いた。
そう言えば山本さん、ちょっと気になる言い方をしていたよね。
|普通に考えれば捕獲は不可能!
こういうとき、細かいことが気になる性格って不便だよねぇ。こんなことが気になっちゃって、無駄に時間がとられちゃうんだもの。
うー、でもやっぱり気になる。
なにか意味があるのかも?
さっきも退場とは言ったけど不合格とは言ってません、みたいな頓智をやってきたからね。
普通に考えれば捕獲は不可能。
っていうことは、何か普通じゃない攻略法を見出せってことなんじゃないのかな?
「…………考えられる可能性は一つだけだね」
でも、もし違ったらどうしよう。
ただ不合格になっちゃうだけだよね。
試練は一度受けると合否に関係なく三ヶ月は受けれなくなっちゃう。
だから慎重にならなきゃ……。
私は1分ほど思案に耽り、そして覚悟を決めた。
「やっぱりこの方法しか思いつかないや!」
まず、フィールドの一番奥まで走る!
「よし、着いたね」
スライム・メタリッカの数はかなり多い。
だから、ここから門扉の前まで全力疾走すれば、一匹くらいはまっすぐ直進して逃げる個体が出てくるはず。
ここから真っすぐ直進するということは、その進行方向には伊賀さんとリボンちゃんがいる。
たぶん、そういうことなんだと思う。
捕獲は不可能。
でもそれは一人ならの話だよね。
「おりゃぁあああっ!!」
私は入口に向かって全力で走った。
そして中間地点に来たあたりで、伊賀さんとリボンさんに叫んだ。
「二人とも、準備をっ!!」
「……っ!?」
「なるほど、そういうこと。任せて、お姉さん!」
『ピギョァァアアアアアッ!!』
「はぁ、はぁっ、はぁっ……!」
こんなに全力で走ったのって、いつ振りだろう?
中学の体育祭とか、それ以来かな。
ああ、息が苦しい。
苦しいけど、止まるわけにはいかないよ。
頑張れ私。
もう少し、もう少し!
「はっ、はっ、はっ……」
あとちょっと……。
お願いライムス、私に力を貸してっ!!
「おりゃああああああああっ!!」
『ピグァーーーーーーッ!?!??』
「今だよっ! 伊賀さん、リボンちゃんっ!!」
私の合図を受けて、二人が構えをとる。
そして――。
「…………やった、捕まえた。ふふっ。捕まえたよ、お姉さん」
「う、お、おお、おおおおっ! オイ、こっ、これは!? これはどうなんだ!?」
ぼやける視界の中、リボンちゃんと伊賀さんの声が聞こえていた。
ふふ。リボンちゃん、捕まえてくれたんだね。
あとは、これで合ってるかどうかだけど……。
「全く、驚かされたぜ。オイ、三ノ宮。なにか文句はあるか?」
「ふ、ふふふ。あーはっはっはっはっ! まさかまさか。文句なんてあるわけがないだろう!」
「天海様。よくぞこの試練の本質に気が付きましたね」
グラサンのお兄さんが、仰向けの私を覗き込んできた。
「はぁ、はぁ……。細かいことが気になってしまう。私の、悪いクセです……」
そう言うと、グラサンのお兄さんが優しく微笑んでくれて、安心した私はゆっくりと目を瞑った。
「伊賀智則、藤宮莉音、天海最中――以上3名を、魔物使いとして正式に認定する! おめでとう、君たちは合格だッ!!」




