第119話 宙鏡(神託の間の女性視点)
「まさかこのような形で決着がつくとはな。それにしても天海……あの女子はつくづく甘い。私が彼女の立場ならば、決して二人に恩赦を与えるような真似はしないのだがな――とはいえ、対岸から眺めている分には程よい娯楽ではあった」
しかし伊藤のスキルには驚かされたな。
英雄的行動による運気上昇、それがこれ程までの効力を有するとは。
「ククッ。私の思考にまで影響を及ぼすスキルを持つ者が現れるとは。しかも同じ世代に二人もだ。これだから人間は面白い、観測の甲斐があるというものだよ」
次は誰に焦点を当ててやろうか。
誰の目線から見れば世界は面白くなる?
「う~~む、なかなか目星い人間が思い当たらないな。天海……いや、彼女は至高のデザート。まだ食すべきではないな。まあ、世界は広いし品揃えも素晴らしい。それほど焦る必要もないか」
などと独り言ちていると。
――白星様、三ノ宮です。
「三ノ宮か。相も変わらずの5分前行動、私から見れば意義のあるものとは思えんのだがな。まあ良い、少しばかり早いが入室を許可する」
――ありがとうございます。
それから数秒後、神託の間の中央部に青白い光の柱が出現し、そこから三ノ宮が姿を現した。
三ノ宮は今回の一件で副会長の座に就いた人間だ。
本人的には山本を推していたのだが、私が許可を出さなかった。
なにせ山本には成すべきことがあり、副会長などという多忙極まりない席に座する暇など無いのだからな。
「無礼を承知のうえでお聞かせください。なぜ私を副会長に――」
「お前が最も適任だからだ。会長もそう言っていただろう? ちなみに私は会長に対して何一つ干渉していない。つまりお前は私と会長の両者から副会長に相応しいと認められたのだ。なにか不満か?」
「不満はありません。しかし山本のほうが適任だったのではないかと、そう思わずにはいられないのです」
「山本……あの男は、まぁ悪くはないな。だが信念が強すぎる。土門とは別のベクトルでな」
「私には信念がないと?」
「そう捻くれた考え方をするでない。つまりだ、お前の有する信念のほうが探索者協会にとっては益になる。ひいてはこの国のためになる。私も会長もそう確信しているからこそお前を推したのだ」
実際、三ノ宮は弱者救済にこそ重きを置いている。対する山本はというと、純粋な強さだけを追い求めている。
探索者としての適性のみを考慮すれば山本に軍配が上がるのだろうが、副会長の席に就くとなると事情は別だ。
そういう意味では惜しい人材を無くしたものだ。
土門、そして相沢。
あの二人は限りなく理想に近しい思考を有していた。そして探索者としての実力も申し分なかった。
……その気になれば止めることも出来たのだが。
フフッ、それだと面白味に欠けてしまう。
私はこの世界をこよなく愛し、同じように人間をも愛している。
だが、それは母なる慈愛の類ではないのだ。
この世界は私に娯楽を提供してくれる。
宇宙が誕生し、惑星が形成され、地球という星に知的生命体が出現し、文明が発達し、今に至る。
そして、この私ですらその深淵に触れることの叶わぬ存在――ダンジョン。
人間が小説や漫画やアニメを娯楽にするように、私もまた世界を娯楽とする。
そういう意味では、今回の騒動は実に楽しめるものであったよ。
探索者協会としては損失だが、私という一個から見ればむしろプラスに働いた事案だ。
そして、そうなるに違いないと思えばこそ私は土門にも相沢にも干渉しなかった。
結果としては大正解。
私は正しい択を選ぶことができた。
「……白星様?」
「ああ、すまない。少々物思いに耽っていたものでな。ところで、お前には二つだけ言っておかねばならないことがあった。まずは一つ。副会長への昇格おめでとう。私からの嘘偽りなき賛美の言葉だ、素直に受け取ってもらえると良いのだが」
「……っ! も、もちろんです。勿体なきお言葉、ありがとうございます!!」
「フフッ、喜んでもらえて嬉しいよ。それからもう一つ。私の口から直接、重大な真実を告げねばならない」
「重大な真実、ですか?」
ああ。
やはりこの時ばかりは流石の私も少しばかり緊張してしまうな。
とはいえ習わしは習わし。
過去一度たりとも破られなかった風習。
それを私の気分一つで破るなど、決して罷り通らぬことだ。
「これは個人的に定めた理なのだが、副会長以上の役職に就いた人間には私の真名を教えることにしているのだ。もちろん他言無用、これを破れば相応の罰が下る。とはいえそもそも他言など不可能なのだがな。何人たりとも私の枷から逃れることは出来ぬ故」
「……真名。つまり、白星様というのは偽りの名前だと?」
「左様」
かくして私はスローンから腰を上げて、三ノ宮の眼前にて直立する。
「宙鏡よ宙鏡。今こそ御身の真を啓二し給へ」
詠唱せしは偽りを晴らす法文の一説。
魔の術を発する為の必須なる言の葉。
いかに熟練した魔法使いと言えど、この魔法に関してだけは詠唱の破棄は叶わない。
なぜならこれは神域にて用いられる、字面が示す通りの神業。
人の身ならば当然のこと、神の身であれども述べぬこと罷らぬ道理。
詠唱を終えるや否や、神聖なる光が私を包み込む。
そして神の威光が消え去ると同時に、真なる私の姿を三ノ宮の双眸がしかと捕らえ、その面持ちは驚愕に染められた。
『驚くのも無理はない。まさか私の真なる姿が人間でないなどと、誰が予想できようか」
「…………正直、なんと申せばよいのか。言葉を失うという表現がありますが、まさしく今がそうなのですね。よもや白星様が人ではなく……猫でおられましたとは」
『もちろんただの猫ではないぞ? 私は歴とした神獣の一種であり、つまるところ全生命体の頂点に座する存在。この世界において私の上は存在しない。ところで神獣の一種という口ぶりから既に察しがついているだろうが、この世界には私の他にも神獣が存在している。その数は三体――だが案ずるな。あの者らが束になろうとも私の力には及ばない。故に私は頂点なのだ」
とはいえ、このバランスを崩せる可能性のある人間が存在するというのもまた事実だがな。
だがそれはそれで悪くない。
かのスキル――万物寵愛が私を律する時が来るとして、私にとってはそれすらも娯楽でしかないのだから。
「して、白星様。どうかお聞かせ願えないでしょうか。あなた様の真なる御名を――」
『ノアール。それが私の真名だ。繰り返しにはなるが、決して他言しようなどとは思うなよ? 神の逆鱗に触れたくなければ、な」
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ここまで読んで頂きありがとうございます!
というワケで、神託の間の女性の正体はノアールちゃんでした。
セリフに人間用の「」とモンスター用の『』が併用されていたり、特殊な目を持っていたり、最中のスキルを知っていたり……というのがちょっとした伏線でした。もしよろしければ「ライムスと不思議な猫ちゃん」を読み返してみてください!
ここまで読んで頂きありがとうございます!!




