第118話 思いの丈
コンコン。
私はライムスを抱きかかえながら目の前の扉をノックした。
この先に土門さんと相沢さんがいる。
そう思うとすごく緊張するし怖いって気持ちもまだ残っている。
けれど、逃げたりだなんてしないよ。
それに私は一人じゃない。
ライムスもいるし、須藤さんだっている。
だから大丈夫だよ。
「天海です」
「お入りください」
相沢さんの声を受けて、私はゆっくりと扉を開く――そして真っ先に目の前に飛び込んできた光景は眼前に迫る須藤さんの姿だった。
「最中ちゃんっ!!」
「わわっ!?」
須藤さんは私に抱きついてから、私の両頬に手を添えてぴたりと額をくっつけてきたよ。
なんだろう、私がライムスにするみたいな仕草だよねこれって。ちょっと愛玩動物になった気分……。
でも、それだけ心配してくれてたってことだよね。
「最中ちゃんに万が一のことがあったらどうしようかと気が気でなかったのですが……どこにも怪我は無いみたいですね、本当に安心しました」
「須藤さん、我々を野蛮な組織みたいに言うのはやめてもらえますか?」
相沢さんが冷たく言い放つと、須藤さんの首がとんでもない速度でギャルッ!! と相沢さんに向けられたよ。
うっ、なんだか般若みたいな顔になってるよ。
こわっ!
「実際に野蛮じゃないですか!」
「……半分だけ肯定しましょう。ですが平和的に交渉が進むのであればそれが理想だと思っていたのは嘘偽りない真実です――と、今さら意地を張るのも無意味ですね。土門様」
「ああ、分かっている」
すると二人は横一列に並んで、深く頭を下げてきたよ。
「天海さん、そしてライムスくん。此度の一件。探索者協会副会長として、そして土門一郎という一人の人間として、心の底より謝罪させて頂きたい。いかなる理由があろうとも私の取った手段は卑怯極まりなく、言い訳の余地はありません。まことに申し訳ありませんでした」
「私からも謝罪させてください。天海最中さん、天海ライムスくん。両名には我々の勝手な都合を押し付け、多大な恐怖と不安を与えてしまいました。先ほど土門が述べた通り言い訳の余地は皆無――探索者協会副会長・土門一郎の秘書兼補佐として、そして相沢穂水という一人の人間として、心の底より謝罪いたします。まことに申し訳ありませんでした」
二人は心の底から反省している。
これは心からの謝罪。
分かってる。
頭では分かってるよ。
それに、二人には多くの罰が下される。
それは社会的なものでもあるし、法的なものだってあるかもしれない。
それでも私には黙って謝罪を受け入れるなんてことはできなかったよ。
ただ謝罪を受け入れてそれで終わりだなんて、そんなの間違ってる。
そう思うから。
だから、思いの丈を全部ぶつけよう。
だって私がここにきたのはその為だもん!
「私は、お二人の謝罪を受け入れることはできません。土門さんにも相沢さんにも自分なりの正義があった、それは理解できます。でも、それを理由に友達を脅しの道具に使ってきたことだけはどうしても許せないんです。こんな無理強いする形じゃなくて、もっと穏便なやり方があった。もっと話し合う機会があった。私をスカウトしてくれた方が言っていたんです、人類にとっての最強の武器は「言葉」だって。たしかに一理あると思います。でも私は思うんです。私たちは武器として使うために言葉を獲得したわけじゃない。綺麗事だと笑われるかもしれません。それでも私はこう思わずにはいられないんです。私たちが「言葉」を獲得したのは一つでも多くの争いを無くす為なんじゃないかって」
「最中ちゃん……」
「私とライムスは種族が違います。もちろん言葉だって違います。それでもこんなに心が通じ合って、私はライムスのことが大好きだし、ライムスも私のことを大好きでいてくれている。ね、ライムス?」
『きゅぴぴっ!!』
私の声に反応して、ライムスは腕の中からぴょん! とジャンプして肩に乗っかってきたよ。
それからペロペロと頬っぺたを舐めてくれる。
言葉が違うのに私の気持ちを分かってくれて、愛情を表現してくれるんだよ。
「言葉が違ってもこんなふうに心で通じ合えるんです。それなら、私たちはもっともっと話し合うべきだったんじゃないですか? 会話を重ねて、何度も顔を見合わせて、親睦を深めて……もちろん時間はかかると思いますけど、そんな方法だって取れたはずなんです。というか、今からでも全然遅くないと思いますっ!」
「…………天海さん。我々の罪は既に公に晒されています。当然ですが会長直々の命を受けて数々の処罰も決定しています。具体的には降格・減給・無期限の活動停止等が挙げられますね。まぁ、土門のSランク特権を使えば刑事罰を逃れることは可能ですが、私も土門もそれを望んではいません。理想に向かって全力で駆け抜けて、本気でぶつかって、その上で敗北して間違いを突きつけられた。私たちとしましてはしっかりと罰を受け入れて――」
「私が嫌ですっ!!!!!」
今までに出したことのないほどの大声が自分の口から発せられて、自分でもビックリしちゃったよ。
ライムスも球体を保てずにフニャフニャしちゃってるね。
「驚かせてゴメンね、ライムス」
私はライムスをナデナデして落ち着かせてから、二人に向き直った。
「罰を受け入れて罪を償ってはい終わり、あースッキリした。そんなの自分たちが楽になりたいだけじゃないですか!」
「……天海さん。私と相沢に何を望むのですか。天海さんの要望であれば、可能な限り叶えられるよう尽力いたします」
「それなら私と和解してください! 土門さんも相沢さんも充分に制裁を受けています。それどころか罵詈雑言・誹謗中傷の書き込みはこれからもっともっと増えていく。だったら私としてはそれ以上の罰は望みません。だって、やり方は間違えちゃったかもしれませんけど、私は二人の正義が間違っているだなんてどうしても思えないんです!!」
もし私の家族がダンジョン・ブレイクに巻き込まれたら?
そのせいで大怪我を負ったら?
死んじゃったら?
もしそんなことになっちゃったら、私だって土門さんや相沢さんと同じことを思うはずだよ。
「そもそも今回の件、一番の被害者は私なんですから外野がどうこう言ったってそんなの関係ないですよ。私はお二人にはちゃんと協会に残って、探索者や民間人が少しでも安心できるようにしてほしいんです。一人でも多くの命を救うために今まで通り一生懸命に頑張る……それが一番の贖罪なんじゃないですか? お二人にもプライドがあると思います。負けたからには潔く、その気持ちも分かります。でもそんなプライドは捨ててくださいよ! この国の未来のために恥を承知の上で特権でもなんでも使ってください! みんながみんな須藤さんみたいに強いわけじゃありません。だからこそ、お二人のような志を持つ人間が必要なんです! 私はまだまだ弱いです。お二人は私がイレギュラーを倒したと思っているみたいですけど、それは勘違いなんです。だからお願いします。私みたいな弱い人たちでも安心して生活できるように、これからも尽力してください」
数秒の沈黙。
しかし、と口を開きかけた土門さんを須藤さんが静止した。
「最中ちゃんがこう言っているんです。であれば、土門さんも相沢さんも可能な限り応じる義務がある。少なくとも私はそう思います」
「……では、せめて会長からの処罰だけは受けさせてほしい。なに一つお咎めなしというのは、いくらなんでも」
うう、土門さんも意地っ張りな人だね!
でも二人の目を見れば、なんの罰も無しに話を終わらせる気がないのも伝わってくるよ。
どこかで折り合いを付けないとずっと平行線……って感じだね。
「分かりました。じゃあ、会長さんから下された降格処分と減給処分はしっかりと受けてください。それと、伊賀さんとリボンちゃ……藤宮ちゃんにもしっかりと頭を下げて謝罪してください!! これ以上はびた一文妥協する気はないですからねっ!!」
私が断言すると、土門さんと相沢さんは互いに顔を見合わせて、諦めたような表情で頷き合った。
「では、会長にはそのようにお伝えさせて頂きます」
「最中さん、我々のワガママを受け入れてくださり心より感謝致します。そして改めて謝罪の言葉を述べさせて下さい。この度は本当に申し訳ありませんでした」
相沢さんと土門さんが再度、深く頭を下げた。
こうして、私とライムスを巡る探索者協会との諍いは幕を下ろしたのだった。
その後、土門さんは私に言われた通りSランク特権を使用したよ。
結果として二人とも刑事罰は逃れたけれど、そのせいで世間からの風当たりは更に強くなっちゃったね。
私としてはそれも含めて罰の一つだと考えているけど。
そして伊賀さんとリボンちゃんだけど、二人は例の人質が自分たちだと知らされて海外のドッキリ番組くらいに驚いていたよ。
まあ、「最中ちゃんの友達のために頑張ろう!」って意気込んでいたのに、まさかその友達が自分だなんて考えもしないよね。
あまりにも大袈裟な反応だったもので、私はちょっと笑ってしまったよ。
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それから三日が経って、土門さんの降格処分が正式に発表されたよ。当然だけど相沢さんも同様の処分を受けて、しばらくの間は土門さんと一緒に事務仕事に従事することになったと報せを受けたよ。
じゃあ代わりの副会長さんは誰なんだろう?
そんなふうに思っていたら緊急記者会見なんてのが開かれて。
「え、え、ええええええええっ!?!??」
テレビモニターに映し出された人物を見て、私は目が飛び出るかと思ったよ。
ライムスもすっごく驚いていて、あちこちを跳弾……と思うや否や、壁から跳ね返って私の顔面に正面から衝突。
私もライムスも揃って横転してしまったよ。
「あいててて」
『きゅぅ、ぅう……』
私は寝っ転がりながらの状態でライムスに手を伸ばして掬い上げる。
「どこか怪我はない?」
私はライムスの全身をぐるりと確認してみたけれど、どこにも異常が無くて安心したよ。
ふう、良かったぁ。
もしもライムスに怪我があったら大変だからね。
「それにしてもびっくりだね~」
『きゅきゅいっ!!』
私はもう一度モニターに視線を向ける。
そこにはやっぱり例のナルシシズム全開の人物が映っていて。
その人物はカメラに真っすぐ目線を向けて、ドヤ顔で自己紹介を始めたよ。
「どうも初めまして。私、本日より土門一郎に変わりまして探索者協会副会長を務めることになりました三ノ宮龍光と申します。以後、お見知りおきを」
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