第116話 暴かれたウソ
「そ、そんなワケないじゃないですかっ! 伊藤さん、今がどういう状況か分かってるんですか!? こんな状況でそんな嘘を吐くだなんて意味が分かりません!!」
『ぴきゅいっ! きゅきゅーーっ!!』
「まぁまぁ落ち着いて……って言っても難しいか。とはいえ状況は理解しているよ? だからこそ全てを話したんだ。でなければ、最中ちゃんとライムスくんをイタズラに混乱させるだけになってしまうからね」
ううう、一体全体なんだっていうの!?
伊藤さんの表情や雰囲気からは悪意みたいのは感じられない。少なくとも伊藤さんは私たちを困らせようとしてるわけじゃない。
だからこそ余計に頭がぐちゃぐちゃになっちゃいそうだよ!
「今の言葉を信じるも信じないのも最中ちゃんの自由だけど、とにもかくにも真実の英雄は最中ちゃんなんだ。そして協会の連中はそのことに気付き、俺に接触を図ってきた」
「……え?」
「けっこう長かったなぁ。かれこれ5時間以上は尋問されたっけ」
「ごっ、5時間も!? 伊藤さん、大丈夫だったんですか!?」
「ふふっ、こんなときでも真っ先に心配の声を掛けてくれる。やっぱり最中ちゃんは優しいね。ま、見ての通り平気だよ――なにはともあれ、そういう事情なわけで、しかも尋問の様子は有難いことに協会側が録画しておいてくれていたんだ。ま、ある意味では普通の行動ともいえるけどね。だって相手からすれば尋問の際に俺が見せた行動は「俺が英雄でないことの証拠」であるわけだから、そりゃ手元に残したくなる。でも、それがダメだった」
う~んと、ちょっと待ってね?
まず伊藤さんの言葉を真実だと仮定して、私とライムスがイレギュラーを倒したっていうことにしてみよう。
そしてどういうわけか探索者協会がその事実に辿り着いた。
そんなわけで伊藤さんは探索者協会の人から……たぶん土門さんと相沢さんから5時間以上にも及ぶ尋問を受けることになって。
そしてその際に「自分が英雄ではない」という証拠を残してしまった。
もちろん探索者協会はそれを映像に記録、明確な証拠として残しておいたわけで……。
「あっ……、ああーーーーーっ!!」
「ふふっ、さすが最中ちゃん。半信半疑ながらも自分なりに仮説を立てて、そして気付いたみたいだね? 相沢さんの失言に」
「いや、でも……。それでもまだ、私は自分が英雄だとは信じられません。というか、伊藤さんの言う「英雄でないことの証拠」ってのはなんなんですか?」
私の問いかけに、伊藤さんは何かを担ぐような素振りを見せて、その場で両足を上下に動かしたよ。
うーんと。この動きはサンタクロースさん?
……いや、泥棒さん!?
「簡単に言うと逃亡したってワケさ。でも、やましいことがない人間なら逃げる必要は無いだろ? それが俺が英雄でないことの証明さ」
「伊藤さん、それなんの証拠にもなってなくないですか? だって普通の人なら罪を犯してもいないのに5時間も尋問されたら逃げたくもなりますよ……っていうか、よく逃げれましたね」
「ん~、言われてみればそれもそうか。とはいえ探索者協会はそうは考えない。そもそも俺が逃げたのは催眠――って、これ以上はもういいか。とにもかくにも、最中ちゃんならもう俺の狙いが分かっただろう?」
「はい!」
とにかく、英雄云々の話はいったん置いてくとして。
伊藤さんが尋問を受けたのが事実だとして、かつその理由が「真実の英雄を私だと疑っていたから」なのだとしたら、相沢さんが記者会見で述べた発言の中に明らかなウソが含まれているよ。
――そもそも我々からすれば天海最中氏を探索者育成カリキュラムに参加させる意義がありません。
伊藤さんの口ぶりからするに、尋問を受けた際の録画映像は既に入手済みと考えて良さそうだよね。
ということはこれはもう、決着と言ってもいいくらいだよ。
私は念のため伊藤さんに聞いてみる。
「それで、尋問を受けた際の映像っていうのは手元にあるんですか?」
すると伊藤さんは苦笑いを浮かべながら「もちろんさ」と返してきた。
私は後に続く言葉がなんとなく予想できてしまったので声に出してみたよ。
「運が良いから」
「運が良いから?」
二つの声が重なって、私と伊藤さんは顔を見合わせて笑ってしまったよ。
ちょっと穏健ならない空気が流れていてライムスも緊張していたけれど、私たちが笑うと嬉しくなったのか、私の腕の中で弾力を取り戻してプルプルと揺れていたよ。
う〜ん、やっぱりプルプルに弾むライムスは可愛いねぇ。
「とはいえ、その手の事柄に一家言ある友人に手助けしてもらったというのも事実だけどね。というワケだから、俺は自分のチャンネルで例の動画を暴露するよ。もちろん探索者協会が血眼になって動画の削除に乗り出すだろうけど、それが間に合わないレベルの量を投稿してしまえば問題はないし、話題性の高い動画ならあっという間に拡散されていくからやがて相手は打つ手が無くなる――っていうのが俺の作戦なんだけど、どう思う?」
「どうもなにも、完璧な作戦だと思います。ただ一つだけ言わせてください。やっぱり私は伊藤さんが偽物で自分が本物だなんて信じられません。そもそも当時の私とライムスのレベルじゃイレギュラーには太刀打ちできないし、今でも勝てるかどうか分からないくらいです。となると考えられるのは、伊藤さんが錯乱していたという線です」
だって、伊藤さんは弱いなりに命懸けで多くの探索者を守ろうと必死になっていたんでしょ?
それで無我夢中になっていたとも言うよ。
それなら、なんらかの勘違いを起こしていたっておかしくはないよね。
むしろ極限状態に追いやられた人間の反応としては当たり前のものだと思うよ。
私が自分の意見を述べると、伊藤さんは小さく呟いた。
「我ながら恐ろしいな、このスキルは」
「……えっ?」
「いや、なんでもない。まぁ、今はそう思ってくれて構わないよ……仮に俺が真実を語る動画を出したとしても、世論は最中ちゃんと同様の意見が多数派になるんだろうね。ふーーー。やっと解放されると思ったんだけど現実ってのは厳しいね。とはいえこれに関しては身から出た錆か」
「それで、作戦はいつ決行するんですか?」
「それについてはこれからみんなで相談って感じになるだろうけど、なるべく早いに越したことはないだろうね。時間を掛ければ掛けるほど協会側の手札は強くなっていく。その前に反論不可能の決定的証拠を叩き付けて言い逃れをできなくさせる、それが最中ちゃんの勝ち筋だ」
「分かりました。でも、一つだけ条件があります」
「言ってみて?」
「英雄云々の件ですが、この件については一先ず私と伊藤さんの秘密にしましょう。今この場に集まっている人はみんな伊藤さんのことを英雄だと信じています。もちろん私とライムスもです。ねー、ライムス?」
『きゅぴぴっ、ぴぃっ!!』
「このタイミングで今の話をすれば大きな混乱が生じて作戦の決行に何かしらの影響が及びかねません。だから――」
「分かったよ。英雄の件について、目先の間は俺と最中ちゃんの秘密にする。最中ちゃんのファンとして、そして一人の友達として。ここに嘘はないと誓うよ」
「ありがとうございますっ!!」
それにしても、いきなり英雄がどうとか言われてビックリしちゃったよ。でも、やっぱり私の立てた仮説が正しいと思うな。
だって相手はイレギュラーで、命の危険がすぐ目の前にあったんだよ?
私が同じ立場でもパニックになっちゃうよ。
仮に一生懸命に戦って勝てたとしても自分の功績とは信じられなくて「もしかしたら他の人が倒してくれたのかも?」なんて思っちゃうかもね。
もっとひどいケースだと幻覚なんて見ちゃったりして?
そう考えるといろいろと辻褄が合うよね。
だってあの日、私とライムスは偶然にも伊藤さんと同じホールに潜っていたのだからね。
ライムスがゴブリン・リーダーを捕食したところを朦朧とした意識の伊藤さんがどこかで見ていた。
きっとそれが答えなんだと思うよ。
あー、なんだか喉に引っかかった骨が取れたみたいですごくスッキリしたよ。
さてと。
ある程度の整理も付いたことだし……。
私はライムスを抱きしめて、強く宣言した。
「ライムス、反撃開始だよ。土門さんにも相沢さんにも、ぜーったいにギャフンと言わせちゃうんだからっ!!」
『きゅぴーーっ!!』
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