第115話 真実は一つ
「オイオイ。法的措置ってマジに言ってるのかよ!?」
会見が終わるや否や、伊賀さんが苦虫を噛み潰したような顔で言う。
「でも、大丈夫。だってお姉さん、悪いことしてない! ね、カマちょ?」
『チチィッ!!』
『ががおぅ!!』
リボンちゃんが自信満々に断言すると、ドラ吉くんとカマちょくんが大きな声で鳴いたよ。
周りを見ても私を疑う顔なんて一つも無くて、こんなトンデモな事態だっていうのになんだか安心しちゃうよ。
「モナちゃん。言うまでもないと思うが、モナちゃんのためならお父さんとお母さんはどんなことだってするつもりだ」
「ええ、そうね。だって最中が相手を傷つけようとして嘘を吐くなんてあり得ないもの。ていうことは協会の人が嘘を吐いてるってことじゃないの。いい? ウソっていうのは必ずバレるものなの。だからなにも心配いらないわ」
「お父さん、お母さん。私のことを信じてくれて、ほんっとうにありがとう!!」
少し場が和んだところで、田部さんがスマホ画面を眺めながら「なるほど……」と小さく呟いた。
なんだろう。
なにかあったのかな?
「田部さん?」
「おや、これは失礼」
「なにかあったんですか?」
伊藤さんが聞くと、田部さんは困ったような半笑いを浮かべながらスマホの画面を見せる。
そこにはD・Dに内包された掲示板が映し出されていたのだけれど……。
「サーバーダウンですか」
「鯖落ち……このタイミングで…………。いくらなんでも、できすぎ……」
「ユーリの言うとおりだね」
「こりゃ、裏で誰かが……つーか探索者協会が動いてるだろ」
ギルさん一行の意見に反論の声は無し。
全員が同意見ってことだね。
もちろん私もそう思うよ。
きっと都合の悪い意見を書き込まれたくないから、こうやってズルい真似をしてるんだよ。
「うう、イジワルな人たち。ライムスもそう思うでしょ?」
『きゅぴーーーっ!!!!』
「こうなってくると、やはり先ほどの女性の存在が鍵になってくるな。最中ちゃん、もう一度聞かせてほしい。最中ちゃんは」
「あのね咲ちゃん。私、その人のことは知らないんだ。……力になってあげられなくてごめんね」
正直、心苦しさはあるよ。
でもやっぱりここで関係性を認めることはできないよ。
私の一存で須藤さんの平穏な日常が壊れちゃうなんて、そんな酷いことできないもの。
でも、もしかしたら咲ちゃんなら私の前の会社から辿れるのかもしれない。
そうなったらこの場での私の信用は少し下がっちゃうよね。なんたってみんなに嘘を吐いたってことになるんだから。
でも、私はそうはならないと思っているよ。
だって探索者協会は都合の悪い情報を消そうとしてるわけで、となると私が勤務していた会社にだって既に圧力が掛けられていると思うんだ。
「ところで、いま確認してみたら他の掲示板もダウンしているみたいだ。いくらなんでもここまでやると露骨すぎると思うんだが、どうにも協会の奴らの考えがさっぱりだぜ。そもそも都合の悪い書き込みをさせたくないってんなら、最中さんが配信を始めたときにダウンさせておけばよかったのによ?」
「たぶん、このタイミングが一番有効だからだと思いますよ」
内山さんはスマホ片手に物凄いスピードで親指を動かしながら、同時並行で発言を続ける。
ふと田部さんを見ると同じようにして素早くスマホを操作していたよ。きっと上層部の人と連絡を取り合っているんだろうね。
「天海さんの配信中にアクションを起こせば、普通の人なら「都合が悪いからそうしたんだろう」と考えます。この例ですと天海さんが配信中なわけですから、サーバーに攻撃を仕掛けたのは「探索者協会側」であるとの印象が強くなる。しかし今回は相沢さんが記者会見を開いている際の出来事。となればそれを良しとしない敵対組織=「サニーライト」によるサーバー攻撃であるとの見解が強くなるのです」
「狡猾、だねぇ」
どうすればいいか分からない。
そんな声色でフーラちゃんが握り拳を作る。
実際、私としてもどうすればいいか分からないよ。
田部さんと内山さんが上層部と連絡を取っているのも、きっと相沢さんが想像以上のやり手だったから、なのかな?
うう、やっぱり須藤さんのことを明かすしかないんだろうか?
もし須藤さんが証言してくれたら――さらには自らの正体を「影乃纏」だと明かしてくれたら、一気に形勢は逆転するよね。
影乃纏という探索者にはそれだけのブランド価値が付いているからね。
でも私は、そんなことはしたくない。
少なくとも一度も相談しないなんてのはあり得ないよ!
――気がつくと、ラウンジは静まり返っていた。
みんな、それぞれに何か策がないかと考えてくれているんだね。
私もライムスを抱きしめながら必死になって考えるけど……うう、こういう時に限ってアイデアって降ってこないんだよね。
「どうしたらいいんだろう……?」
私が呟きを漏らした丁度そのとき。
伊藤さんが何かを諦めたように大きく息を漏らすと、徐に口を開いたよ。
「やっぱこれしか方法はないか」
「伊藤さん。なにかアイデアが浮かんだのですか?」
田部さんに聞かれたというのに、それなのに何故か伊藤さんは私とライムスに目線を向けていたよ。
「えーと、伊藤さん?」
「田部さん。アイデアならありますよ。それもとっておきのものが。というのも、先ほどの会見において相沢さんは明確に失言をしましたから」
「えっ! それって本当ですか!?」
「マジかよ。だとしたらそこを突いてやれば巻き返せるぜ、なぁドラ吉!?」
『がうがうっ!!』
「伊藤さん。それで、作戦っていうのは、どういうものなの?」
リボンちゃんがカマちょくんを抱きながら聞くと、伊藤さんはゆっくりと首を横に振ったよ。
「この場では言えない。というのも、事情が複雑すぎるんだ。ただ、最中ちゃんになら……最中ちゃんとライムスくんになら教えてもいい。なにせ二人にはそれを知る権利があるからね」
そこからは一悶着あったけれど、最終的にはみんなが納得する形で事態は収束したよ。
伊藤さんの要望は、私と伊藤さんとで二人きりになること。
ただし安全面を考慮して、会話が聞こえない範囲であれば、田部さんもしくは内山さんの監視には目を瞑ると言っていたよ。
そんなわけで、私はライムスを抱きかかえながらホテルの屋上にやってきていた。
「うん、いい眺めだね。実は、ここからそう遠くない場所に楔を刺してきているんだ。だから本当に危ないときはヘリに頼らなくても逃げられるから、そこは安心してほしい」
「それで、作戦っていうのはなんなんですか? それから相沢さんの失言についても教えてください」
『ぴきゅきゅっ!!』
「その前に、俺は最中ちゃんに語らなければならない」
「えっ?」
ふと、伊藤さんの表情が儚いもののように思えた。
夜の闇に東京の煌びやかな景色が輝いて、まるでバックライトのようにその表情を照らす。
冷たい風が吹きぬけて、私と伊藤さんの髪を巻き上げながら頬を撫でつけた。
そして、意を決して伊藤さんが口を開いた。
曰く――。
「あの日の真実を」
一呼吸おいて。
「覚えているかい?」
そんな疑問を投げかけられるも、私にはなんのことかさっぱりだったよ。
反応はライムスも同じ。
そりゃそうだよね。
いきなり「覚えているかい?」なんて聞かれても、なんの話か分からないもの。
「それにしても、俺ってば本当に一貫性がないなぁ。これだけは……この嘘だけは何としてでも墓場まで持っていくつもりだったのに。いや、詭弁だな。本当はきっと、最初からそんな覚悟なんて無かったんだろう」
「えーと。なんの話、ですか?」
「たぶん俺は早く終わらせたかったんだと思う。あの日以来、俺の日常はずっと嘘に塗れていた――でも最中ちゃんのお母さんの言葉を聞いて、胸が貫かれる想いだったよ。ウソっていうのは必ずバレるもの……正直、その通りだと思ったんだ」
なにがなんだか分からない。
そんな私とライムスを置いてけぼりにしながらも、伊藤さんはさらに続けた。
「ある日、指定番号411ホールにてイレギュラーモンスターが何者かに討伐された」
「……? 何者かもなにも、それって伊藤さんですよね?」
「違う。俺はただ必死だっただけだ。力が無いなりにどうにかして周りの探索者を助けようと足掻いていただけに過ぎない。そして力が無いからイレギュラーには勝てなかった」
「意味が分かりません。なんでそんな嘘を吐くんですか」
「違うんだ。違うんだよ最中ちゃん。噓だったのは、これまでの俺だ。俺は……俺は英雄なんかじゃない。むしろその逆だ。俺は英雄の功績を掠め取った卑怯者で、ただの臆病者でしかない。そんな俺にイレギュラーを倒すだなんてことは不可能なんだよ、たとえ天地がひっくり返ったとしてもね。さて、そろそろ答え合わせといこうか。あの日、真にイレギュラーを討伐してみせた英雄。その者の名は――」
いくら私でも、この後に続く言葉くらい分かるよ。
でも信じられるわけがない。
だって、だって。
そんなのって、どう考えてもおかしいじゃんか!
「真実の英雄、その名は天海最中。そして天海ライムス。あの日イレギュラーを討伐して多くの探索者の命を救ってみせたのは、キミたちなんだ」
※この辺りから伊藤のキングムーヴがとんでもないことになっていきます(最中の助けになったことで幸運値がさらに爆発、という感じですね)。なかなか扱いの難しいキャラだとは思いますが、読者様に笑ってもらえるようなキャラにできるように頑張ります!!
(キングというのはワンパンマンに登場するキャラクターで、実力は無いのにハッタリと周囲の勘違いだけで危機を切り抜けて多くの人の助けになってしまう、みたいなキャラクターです)
ちなみに伊藤のスキルの都合上、最中とライムスの無自覚無双はまだまだ続きますのでご安心ください!!
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