第109話 サイバー戦上のモナカ
その日の夕方。
私と田部さんは「サニーライト」の所有する高層ビルの一室にやってきていたよ。
サニーライトさんのなかでも上層部の一部には情報が共有されて、今の私たちは匿ってもらっている状態だね。
給仕係の女性がホットのコーヒーとライムス用の容器にミルクを入れてくれて、おかげでようやく一息吐けたよ。
「はぁ~~。温かいコーヒーが全身に染み渡るぅ~」
『ぴきゅい~~』
「とりあえずは、これで一安心といったところですね。……すみませんが、少し外して頂けますか?」
田部さんのお願いを受けて、給仕係の人はペコリと一礼してから部屋を去っていったよ。
それから1~2分は無言の時間が続いていたけれど、コーヒーカップをソーサーに置いた田部さんが「ふう」と一息吐いてから、徐に切り出した。
「では始めましょうか」
「は、はい」
田部さんは革製のビジネスバッグの中からノートパソコンを取り出すと、電源ボタンを押した。
それから少し経つと、まるで凄腕のピアニストみたいに指を動かしていたよ。
たぶん頭の中で考えていることをほとんどラグ無しでアウトプットしているんだろうね。
こういうタイプ、身近に居たからよく分かるよ……須藤さんのことなんだけど。
「まず今回の一件ですが、いくらサニーライトといえど正面からぶつかり合えばまず勝ち目はありません。相手は探索者協会、つまるところは国家権力ですからね。一企業が戦り合うには限界があります」
「うっ。やっぱりそうですよね」
「ですが全くの無策という訳でもありません。なにせ天海さんはDtuberですからね。その性質上、やり方によっては国を動かすことだって不可能じゃない」
なんだかものすごくスケールが大きいね。
でもそうだよね。だって相手は探索者協会。
たったいま田部さんが口に出した通り、相手は国家権力なんだから。
「それで、そのやり方っていうのがエンタメにしちゃうってヤツですか?」
「その通りです。国家権力が強いのは暴力装置の独占・法制度の設備・国民の支持が主な理由です。そしてこの中で最も強いのが国民の支持です。理由は至ってシンプル。暴力を使おうが法律を使おうが、国民が国に協力的でなければ団体としての力が弱まるからです。歴史を振り返っても分かりますが、人類に与えられた最強の武器は「言葉」です」
田部さんは一呼吸おいてから更に続ける。
「結局のところ、人間というのは大勢が一つになっているときが強いということですね。なので天海さんの「言葉」を武器にして、多くの人間を味方につけてしまいましょう。幸い、天海さんは新進気鋭のDtuber。ライムスくんとのキャラクター性も相まってアンチ意見は極端に少ない。配信者界隈を巻き込んでしまえば、そのときの数の力は絶大なものとなるでしょう。というワケでさっそくサムネイルを作ってみたんですけど、どうでしょう?」
「ええっ、いくらなんでも仕事が早すぎませんか!?」
まだパソコン開いてから1分くらいしか経ってないよね?
驚きを隠せない私に、田部さんは「慣れればこんなものですよ」とあっけからんと言ってのけたよ。
なんかもう、凄いって言葉しか出てこないね。
私は差し出されたモニター画面を見て、さらに目を丸くした。
「クオリティ高っ!! いくらなんでも凝りすぎてませんかこれ!?」
「当然じゃないですか。サムネイルなんて凝っていればいるだけ注目されますからね」
「でもこの目隠しがズレてるのは……」
サムネイルには、誰がどう見ても土門さんだと分かる人物が映し出されていたよ。
土門さんは満面の笑みを浮かべていて、そして目隠し線も一応は張られているのだけれど、その位置が目と鼻の間になっちゃってるよ。
急いで作ったからミスしちゃったのかな?
私が指摘すると、田部さんはアハハッと渇いた笑いを漏らしたけれど、なんだかとっても邪悪な感じがする。
田部さん、もしかして……。
「天海さん、これはワザとこうしてあるんですよ。いいですか、我々がこれから行うのは戦争です。戦場こそ電子空間内ではありますが、それでも相手を徹底して叩き潰さなければならないんですよ。となればまずは挑発から入って敵の冷静さを削ぎ落とすのが得策です。ま、探索者協会相手にこの程度の安い挑発が効くとは思えませんが、やらないよりはマシでしょう。あとはネタ的な要素も孕んでいますよ。結局のところ「なんか面白そう」って思ってもらえなければ動画は回りませんからね」
「田部さん、もしかしてこういうのに慣れてるんですか?」
「まぁ、心得はありますよ。昔ちょっといろいろとありまして、所属タレントが潰されかけたことがあったんです。私、そのときに決めたんですよ。大切な仲間が潰されるくらいなら相手を抹殺してしまおうと。もちろん社会的に、ですけどね」
ああ。私やっと田部さんのことが少し理解できたよ。
この人、絶対に怒らせちゃいけないタイプだ。
たぶん大事なモノを傷つけられたら上半身だけになってでも地の果てまで追いかけてくるタイプだね。
まぁ、私もライムスが関わるとそんな感じになっちゃうだろうし、もしかしたらちょっと似た者同士だったりしてね?
私は再度サムネイルに目を通す。
正直、あまりにも炎上狙いすぎて笑いそうになってしまうけれど、エンタメっていうからにはこれが正解なのかな?
「うん、これで大丈夫だと思います。ネットの人たちって炎上をお祭り事と捕らえている節もありますからね」
「ヨシ。それじゃあ早速ですが撮影に映りますか。ちなみにアカウントは当社で用意したものを運用しますので、そこはご安心ださい。ああ。それと、この動画を投稿した後のことなんですが――」
「他のDtuberも巻き込まれるかもしれない……ですよね」
「はい。天海さんには味方が多いですからね。まず「きららアカデミー」の三人娘は間違いなく何かしらのアクションを起こすでしょう……まぁ、ふらんちゃんは何とかして止めてあげたいですけどね。まだ子供ですし。でもあの子、ああ見えてかなり頑固なところがあるんですよねぇ……」
蒼神フーラちゃん、雪白ふらんちゃん、加々美咲ちゃん。
他にもギルさんや伊藤さんもなにかしらの声明を出すかもしれない。
そして私に味方するということは、それは即ち探索者協会と敵対するということでもあって……。
「できれば他の人は巻き込みたくありません。でも、それが難しいことだというのも頭では分かっています。だから――」
私はライムスを強く抱きしめて、頭をナデナデしてあげたよ。
不思議だよね。
私ってば臆病者で弱いくせに、ライムスがいてくれるだけでこんなにも勇気が湧いてくるんだもん。
「ライムス、いつもありがとうね」
私が小声で言うと、ライムスは『ぴきゅっ!』とカワイイ返事をくれる。たったそれだけで、さらに力が漲ってくるよ。
私は田部さんに向き直って、キッパリと宣言した。
「この戦い、絶対に勝ちます!」
渾身の勝利宣言を耳にした田部さんは満足そうに口元を緩ませて、頷きを返してくれた。
「やはり天海さんをスカウトした私の目に狂いはなかった。天海さん、この勝負絶対に勝ちますよ! たくさんの仲間を守るために。そしてなにより天海さんご自身の未来を守るために!」
「はいっ!!!!!」
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