第104話 動き始めた計画(土門一郎視点)
「土門様、相沢です」
「ウム、入れ」
私は相沢を招き入れ、例のごとく革張りのローソファに腰を降ろした。
「さてと。進捗はどうだ」
「結論から申し上げますと、極めて良好であると言えます」
冷淡な口調が告げると同時に、丸机の上に複数枚の写真が並べられる。そこに映し出されているのは、天海最中の姿だ。
そして他には藤宮莉音と伊賀智則。
「藤宮さんと伊賀さんが魔物飼いの試練を受けると聞いた時は驚きましたが、まさかその偶然をここまで上手く――」
「相沢よ。これは偶然ではない」
「と申しますと?」
「伊賀智則と藤宮莉音。両名が同一のタイミングで魔物飼いの試練を受けるように根回ししたのは私だ。しかし、二人ともそのことには気付いていないがな――それどころか根回しした者ですら、己が駒として使われたなどとは微塵も思っていないだろう」
「……なるほど。全て仕組んでいた、と」
「まあ。そうなるな」
方法としては美しくない。
そんなことは分かっている。
だが、やり方を選んでいる暇など無いのだ。
いくら私といえども所詮は人の子だ。
可能であれば綺麗な方法を取りたいと、常日頃からそう願っている。
だが、その下らん私情が時には人を殺すこともあると知っている。
だから私はきれいごとを捨てた。
8年前のあの日に。
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8年前――愛知県知多市で発生したダンジョン・ブレイク。
あらゆるが蹂躙され、人としての尊厳などは保たれず、命もインフラ設備も全てがゴミのように蹴散らされた。
響き渡る悲鳴、怒声。発狂。
それが人のモノなのかモンスターのモノなのかすら区別がつかない。
私は探索者として、事態の収束に当たった。
「アナタ、気を付けて。私たちのことは心配いらないわ。すぐに叔父さんが迎えに来てくれるから」
「パパ、頑張ってね。頑張ったらね、帰ってきたらいい子いい子してあげる!」
「ああ……。行ってくるよ。二人とも、何かあったらすぐに私に知らせるんだぞ。他の何を捨て置いてでも、必ず助けにくるからな」
それが、最愛の妻子との最期の会話になった。
私たちはS級探索者としての責務を全うした。
現実に雪崩れ込んでくるモンスターの群れを倒した。倒して、倒して、倒して倒して倒して倒して倒して、倒し続けて――。
全てが終わった時、私は最愛の妻と娘の死を知らされた。
モンスターに殺されたという。
たかがゴブリンだ。
あの緑色の小人の持つ土色の木の棒が、私の妻と娘を殴り、死に追いやったというのだ。
なぜそんなことになったのか、上層部に掛け合った。
回答はあっけからんとしていた。
すなわち「強い探索者の数が足りなかった」とのこと。
そのせいで発生した取りこぼしが、力を持たぬ住民を一方的に蹂躙したのだという。
私は、常日頃から上層部に意見していた。
もっと探索者の育成に力を入れるべきであると。
しかし、上層部は鼻で笑った。
曰く「イザという時なんて来ないさ」とのこと。
何故そう思うのかと尋ねた。
すると「だって今までもそうだったじゃないか」などと言う。
当時、探索者協会の上層部は楽観的だった。
ダンジョンは人類にとって都合の良い神からの祝福としか考えていなかった。
ダンジョン=金。
ダンジョン=楽。
ダンジョン=科学の発展。
彼らの頭にはそれしか無かった。
確かにダンジョンは人類の文明を大きく発展させた。著名な科学者曰く、ダンジョンが無ければ、科学文明の発展は100年から200年遅れていただろう……。
だからなんだという。
だから私の意見を跳ね退けたのか。
だから私の言葉を聞かなかったのか。
だから、私の妻と娘は死んだのか。
……ふざけるな。
残ったのは、人間として当然の怒り。
そして――。
「お嬢ちゃん、名前はなんて言うのかな?」
「――わ」
「ん?」
「あいざわ、ほみな……。うっ、ひぅっ。ねぇ。死んじゃった。パパも、ママも、お兄ちゃんも。みんな、死んじゃった…………!」
「…………ッ!!」
その子は、今にも泣き出しそうな声で語った。
けれど決して涙を流しはしなかった。
理由は痛いほど理解できた。
泣けば……泣いてしまえば、そこで折れてしまうからだ。
何が折れるのか?
言うまでも無い。
怒りの感情が――だ。
この子は、私と同じだ。
怒りの感情を決して絶やしてなるものかと覚悟を決め、命を賭して貫くと決めたのだ。
だから涙を流さぬのだ。
「大丈夫だ」
私はゆっくり、優しく穂水を抱きしめた。
「もう二度と、こんなことは起こさせない」
「……絶対?」
「ああ、絶対だ。絶対にこんな事態は引き起こさせない……例え、この命を焼き尽くすことになろうとも――ッッ!!!!!」
「そっか。それじゃ、私と同じだね」
「なに?」
「……私も、同じこと思ったから」
当時、穂水は13だった。
私は戦慄した。
13歳の少女がこれを口にするか、と。
私は強い衝撃を受けると共に、彼女の姿に希望溢れる未来を見た。
それからはがむしゃらに働いた。
がむしゃらに鍛え上げた。
覚悟を決め、腹を括り、ただひたすらに突き進んだ。
そして今、私と穂水はここに立っている。
全ては、この国の人々の安寧のために――。
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「明日、計画を実行する。天海最中には必ず『探索者育成カリキュラム』を受けさせる。そして我々は、もう一人の影乃纏を生み出すのだ!!」
そのための準備は既に整っている。
そのために天海最中と伊賀智則・藤宮莉音を接触させたのだから。
彼女らの友情をより強固なものにするために。
天海最中に、明確な弱点を作るために。
サニーライトの面々ではダメだ。
彼らと敵対するとならば、こちらの戦力も大きく削がれてしまう。
だからといって、ライムスくんは候補にすら上がらないだろう。
ライムスくんを交渉材料にでもしようものなら、天海最中は確実に自らの首に刃を突き立てて抵抗の意思を見せる。
私は意志の強さを知っている。
意志――それは時に不可能を可能にし、人間を限界の遥か先へと誘う。
天海最中には意志がある。
覚悟もある。
だがその全ては、ライムスくんを端に発した力だ。
伊賀智則、そして藤宮莉音。
両者を交渉材料として掲示された場合、そのとき、私の眼前に立つのは頑強堅固な天海最中ではない。
ただの一介の小娘だ。
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