第98話 土門一郎の罠
探索者協会までやって来ると、以前と同じく、黒スーツの女性が対応してくれた。
「あの、こんなものが届いたのですが」
「お話は既に通っています。ただいま担当の者に連絡しますので、あちらの応接スペースにてお待ちくださいませ」
促されて、私は応接スペースのソファに腰を降ろした。それから数分後、さっきのお姉さんが2つのマグカップを持ってきてくれたよ。
片方にはホットコーヒー、片方にはホットミルクが淹れられていた。
「少々お時間が掛かるようですので、こちらをどうぞ。上の者からのサービスです」
「そうですか、ありがとうございます。ほら、ライムスもちゃんとありがとうございますって言うんだよ?」
『ぴきゅきゅっ!』
「ふふっ、可愛らしい子。では私は失礼させていただきます」
一礼して、受付のお姉さんが去っていた。
私はホットミルクに砂糖を入れて、ライムスに渡してあげた。
「いただきまーす」
『きゅぴ~』
はぁ~~、やっぱりコーヒーを飲むと落ち着くなぁ。それに、前に来たよりも対応が柔らかいような気がするよ。
ゴールドカードが同封されてた時はビックリしたけど、意外と大した用事じゃないのかもしれないね?
ドリンクを飲み終えてしばらくすると、黒スーツの人が二人、こちらに向かって歩いてきたよ。
一人は筋肉質で大柄な男性。
金色に染まった髪をオールバックにしている。
その隣を歩くのは、小柄で丸眼鏡を掛けた女性。
サイドに結った茶髪を胸元に垂らしたクールそうな見た目だよ。
あの男の人は覚えているよ。
前に私に対して聞き取り調査をしてきた人で、土門さんだよね。
もう一人は誰かな。
何となくだけど、秘書さんって感じがするね。
私はすっと立ち上がってからライムスを抱えて、ぺこりと頭を下げた。
「こんにちは、土門さん」
「ええ、こんにちは。紹介します。こちら、私の秘書の相沢と申します」
土門さんの紹介を受けて、相沢さんが流れるような所作で頭を下げた。
流石は秘書さんだね。
動きというか線というか?
本当にきれいだよ。
「初めまして。私、土門の秘書を任されております相沢穂水と申します。以後、お見知りおきを」
「ご丁寧にありがとうございます。私は天海最中と申します。それでこの子が――」
「紹介は結構です。お名前もご活躍も聞き及んでおりますので」
「そうでしたか。それはありがとうございます」
一連の社交辞令を終えると、土門さんが「では」と着席を促す。私たちは指示に従って、互いに向かい合う形で座った。
「それで、あの……。まずはこちら、ご返却しますね?」
私がゴールドカードを差し出すと、土門さんは厳格な面持ちで頷いて、それをスーツの胸ポケットの中にしまい込んだ。
「えーと。その、どうしてゴールドカードなんてとんでもないものを? 私に用があるのでしたら、以前職場に書類を送った時みたいにすれば良かったと思うんですけど」
「……そうできない理由があったからです。とはいえそれは一重に我々の事情でしかない。驚かせたようでしたら謝罪します」
「あっ、いえ。たしかに驚きはしましたけど、謝罪とかは大丈夫です」
「……寛大なお心に感謝します。さて、ではさっそく本題に映りますが」
土門さんの言葉に、私はゴクリと息を呑んだ。
緊張が伝わったのか、腕の中のライムスもちょっぴり硬くなってる気がするよ。
「その前に、ここからは少々話が長くなりますので、ライムスくんには席を外してもらえませんか? 安心してください、こちらの建物にはモンスターを遊ばせておくためのスペースも用意されているのです」
「ん~~、私は構わないですけど。ライムス、どうする?」
私が聞くと、ライムスは『ぴきゅっ!』と元気に鳴いたよ。これは肯定してるときの鳴き方だよ。
遊べるスペースがあるって聞いて、興味津々みたい。
「ライムスもどんな遊びがあるのか気になるみたいです」
「では、すぐに案内させますね」
こうしてライムスは秘書の相沢さんにつれられていったよ。ふふっ、どんな遊びができるのか分からないけれど、たくさん楽しんできてね!
#
「では、本題に入る前に少しばかりの小話を。実はですね、我々のほうでも天海さんの配信はチェックしておりまして。かくいう私も、個人的にファンをやらせていただいています。まずは祝福させてください。レベル15への到達、おめでとうございます」
「そんな、とんでもないです。まだまだ、ここからが頑張りどころですから。でも、ファンになってくれてたなんて嬉しいです。ありがとうございます!」
「礼には及びません。それだけ天海さんの配信には魅力があるということですから。それともう一つ、これは個人的なお礼なのですが――」
すると何を思ったのか、土門さんはおもむろに私の目の前までやって来て、白馬の騎士がお姫様にするかのように片膝を突いて頭を下げてきたよ。
私は驚きの余り、一瞬、声を失ってしまったよ。
「えっと、土門さん?」
「以前、池袋で行われた緊急レイドクエスト。一番の立役者は天海さんだと聞いています。実際に私も配信を確認しましたが、私の目から見ても天海さんが最も活躍していたと言っていい。おかげで東京の街はダンジョン・ブレイクから守られた。心からの感謝を――」
「あの、土門さん。そんな大げさに頭を下げられたら……困っちゃいます」
「……申し訳ない。ですが、こればかりは譲れない。天海さん、アナタはこの街の英雄だ」
うう~、なんだかやりづらいなぁ。
でも感謝されて悪い気はしないよね。
むしろ嬉しいっていうか?
でも英雄って言うのはやめてほしいな、それ恥ずかしいんだよ!
あっ、そういえばレイドクエストで出会った日向ちゃん、今頃は元気にやってるかなぁ?
そんな私の思考を断ち切るように、土門さんがピシャリと立ち上がり、再度ソファに腰を降ろした。
「ではここからが本題です。天海さん――少し早い気もしますが、魔物使いから魔物飼いに昇格するつもりはありませんか?」
「えっ?」
「つまり、昇格試験を受ける気は無いかということです。通常、我々のほうから打診するというのは滅多に無いことなのですが」
「もしかして、そのためにゴールドカードを?」
「ええ、まぁ。そんな感じです。ちなみに、打診された際のメリットはご存じですか?」
「えーと、なんとなく」
たしか、いろいろと免除される……らしいんだけど。詳しいことはよく分かってないんだよね。
「探索者協会から打診を受けて試練を受けた場合、仮に失格したとしても、次の試練を受けるまでの3ヶ月のインターバルは免除されます。そりゃ当然だ。なにせ我々の意向で試練を受けて頂くわけですからね。そして、褒与として500万円が贈呈されます。我々が打診をかけるということは、それだけ可能性を秘めた探索者だということですからね。優れた人間には投資を――基本中の基本です」
「ごっっ……500万円…………ッ!?」
「さらに特例として、一次に関してはスルーとなります。これもまた当然の理屈です。我々が声を掛けるような優れた人材が一次で落ちるなど、あり得ませんから」
わぁ……なんだかトンデモなことになっちゃったよ。まさか私が昇格の打診を受けるだなんて。
でも、それだけ期待してくれてるってことだよね?
お金が入ればライムスにもっともっと良い思いさせてあげられるし、それに失敗してもデメリットがない。
これはぜひとも受けるしかないね!
「分かりました。そこまで言ってくださるのなら、是非お受けさせて頂こうと思います!」
「おおっ! ありがとうございます、そう言ってもらえて光栄ですよ。天海さん、私は確信しています。アナタは必ず、この国を担う探索者になると」
「そっ、そんな。大袈裟ですよ。でも、ご期待に添えられるよう精一杯頑張りますねっ!」
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