僕はみんなの勇気の源~ドラゴンスレイヤー名鑑より
竜を斃すのは難しい。だからこそ、竜退治に成功した者は英雄と呼ばれるに相応しいのである。
ドラゴンスレイヤーとは竜退治に成功した英雄を指す。異世界に伝わる歴史書の一つ、ドラゴンスレイヤー名鑑は、その一覧である。
そこには英雄の中の英雄しか名前を載せてもらえない。収録された者たちの名を見れば、それも納得だ。ジークフリート、ベーオウルフ、シグルズそれに、はなれ山の悪竜スマウグを射殺したバルド等、常人にはない力と運を兼ね備えたスーパーヒーローばかりである。
これらの名を見て恐れ入り「あ~あ、自分なんかには絶対ムリだ」と嘆くのは、まだ早い。一般人でも竜を斃すチャンスはあるのだ。
ただし、それは現世ではない。異世界の話である――今の時代にドラゴンはいないので、当然っちゃ当然だ――けれども、ドラゴンスレイヤー名鑑に名前が掲載されるのなら文句はあるまい。
現代世界からナーロッパと呼ばれる中世風ファンタジー世界へ転移した人間の中に、その栄に浴した者がいる。なろう太郎(仮名)という名で知られているが、これは書いてあるように仮名だ。本名は不明である。ドラゴンスレイヤー名鑑には前世の記載がない。なろう太郎は周囲に過去を語りたがらなかったようだ。
なろう太郎はナーロッパで、どのようにしてドラゴンを退治したのか。ドラゴンスレイヤー名鑑にはチート級の能力で竜を瞬殺したと書かれているが、異説も述べられている。なろう太郎に備わった特殊スキルは敵を圧倒する能力ではなく、味方の士気を異常なレベルにまで上昇させるものだったというのである。一種の洗脳能力だ。彼は、その力を駆使して死を恐れない特攻隊を組織し、竜へ決死の攻撃を繰り返させて、遂に相手を屠ったとのことである。
その説によると、戦闘中なろう太郎は前面に姿を見せず、安全な後方にいたそうだ。そして竜が息絶えると最前線にしゃしゃり出て、既に死んだ竜に刀を突き刺し、とどめを刺している振りをしてみせたらしい。愚かしいパフォーマンスだが、それも洗脳の維持に一役買ったようである。
洗脳を続けないといけない事情もあったようだ。なろう太郎の軍隊が斃した竜は空を飛びながら火炎攻撃をする強力な怪物だったので、それと真正面から戦った兵士の犠牲者数は甚大なものだったが、邪悪な竜を滅ぼしたことで人々は喜び、多くの犠牲者を出したことへの非難は少なかったそうである。だが、もしも人々への洗脳が解けてしまったら、彼は無事でいられなかった恐れは否定できない。一将功なりて万骨枯るを地で行く話だからだ。
もっとも、この異説が事実なのか分からない。それに他のドラゴンスレイヤーたちも似たようなことをやっている可能性はある。歴史は勝者が自分に都合の良いように書く。ハイファンタジー世界の歴史を綴った書であるドラゴンスレイヤー名鑑も例外ではないだろう。
大事なのは事の真偽ではなく、ドラゴンスレイヤーになるか名もなき屍で終わるか、ということなのかもしれない。木乃伊取りが木乃伊になるように、ドラゴンスレイヤーが新たなドラゴンに成り代わる恐れもあるにはあるが、それはこの際どうでもいい。まずは自分が生き延びることだ。それから、勇気を出して戦うよう煽る奴には要注意。敵に突撃するときは、そいつは他人を盾にする。そんなこと、絶対しないって? 分からないぞ、そんなの。
だが、勇気を出して真っ先に突っ込まないと得られない宝物があるのも事実だ。すべてを得るか、地獄に落ちるか? その判断は極めて難しい。そのときになって迷わないよう、今のうちから想定しておくといいだろう。前例は歴史の中に数多く存在する。歴史書を読む意義には、そういうものもあるのだから。