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服を返しに行っただけのはずが【1】


 大好きな幼馴染から実は迷惑がられていたことを突き付けられ心の底から傷心し。

 その後の成り行きから何故か紳士的な美貌の青年に馬車で送って貰ってから二日後のこと。


 ミリー・ベイカーはオルブライト商会の王都支店へと足を運んでいた。

 理由はもちろん、借りていたジャケットを返却するためである。


 立派な白基調の外観に緊張しながら建物内へと入る。内部はどうやら向かって左側が主力や新作商品の展示スペースで、右側が商談など接客対応を主とするスペースになっているようだ。そこでミリーはいそいそと右側へ向かい、受付窓口の女性従業員に事情を説明する。と、


「ミリー・ベイカー様ですね。ご案内いたしますのでこちらへどうぞ」

「え」


 何故か有無を言わさず建物の奥――賓客を迎えるに相応しい豪華な個室へと誘導された。

 ミリーとしては洗濯したジャケットと、お詫びの菓子折りを受付に預けたらすぐに帰るつもりだったのだが、


「ベイカー様が来店されましたら可能な限りお引き留めするよう言付かっておりましたので」


 満面の笑みでそう言われてしまうと流石に無下には出来ない。


(まぁいいか……あれだけお世話になったんだもの。何度だって直接お礼を言った方が良いよね)


 両親からも誠心誠意お礼をして来いと言われている。待つぐらいどうってことはない。

 供された美味しい紅茶をゆっくり堪能しながら、そうして待つこと数十分。


「――すまない、だいぶ待たせてしまったな」


 扉をノックして現れたアーサーは少しだけ息を乱していた。どうやら急いで来てくれたようで、むしろ申し訳ない気持ちになる。ミリーは即座にソファーから立ち上がると、ぺこりと頭を下げた。


「いえ、こちらこそ約束も無しに押しかけてすみません。あの……これ、お返しに来ました」


 さっそく袋に入ったジャケットを渡す。


「わざわざありがとう。とりあえず座ろうか? 俺もこの後は休憩の時間なんだ。君さえ良ければこのまま少しお茶に付き合ってほしいんだけど」

「私で良ければ喜んで。えっと……アーサー様とお呼びしても?」

「うん。俺の方はミリーと呼んでも構わないかな? それともミリーちゃん?」

「……ミリーでお願いします、アーサー様」


 アーサーの誘いに従い再びソファーへ腰を下ろせば、見計らったように先ほど案内してくれた女性従業員が彼の分のお茶と、ミリーの分のおかわりを運んできてくれた。ふわりと紅茶のいい香りが鼻をくすぐる。


「お腹は空いてる? 必要ならケーキでも持って来させようか? それかサンドイッチなんかの軽食も用意出来るけど……っていうか、俺が実は昼を食べ損ねてるんで、何か摘ませて貰ってもいいかな?」


 少々照れくさそうに笑いながらアーサーが頬を掻くので、それなら丁度いいとばかりにミリーは自身の横に置いていた荷物を手に取った。


「それならこれ、私が作った焼き菓子の詰め合わせなんですが――」


 良かったらどうぞ、と言い切る前にアーサーの表情が分かりやすく変化した。


「ありがとう! 遠慮なくいただくよ!」


 前回といい、どうしてここまで食いつきが良いのかは疑問だが喜んで貰えるのならば何よりだ。

 控えていた女性従業員には取り皿とカトラリーの用意を頼んで、ミリーは箱詰めしてきたそれをアーサーへと差し出す。彼は受け取るとすぐさま箱を開け、まるで宝石箱を覗き込むような楽し気な顔でお菓子に視線を注ぐ。


「メレンゲクッキーにフィナンシェ、こっちはマドレーヌかな……あ、フロランタンまである!」

「……すみません、何だか全体的に茶色くて地味ですよね?」

「いやいや! どれも凄く美味しそうだ! しかし逆に迷うなぁ……どれから食べようか……」


 真剣な表情で最初に食べるお菓子を選ぶ姿は、とても成人男性とは思えない程に無邪気だ。


(アーサー様ってたぶん私より四、五歳は年上だよね……? 大人の男の人に可愛いなんて思うのは、ちょっと失礼かもしれないけど……)


 正直に言って、大変微笑ましく感じてしまう。

 そんな彼は熟考の末にとりあえず取り皿に載せられるだけ載せることを選択したようだ。ミリーはそれほどお腹は空いていないので、メレンゲクッキーを二つほど自分のお皿へと載せた。


「では早速いただくね」


 最初の一口目こそお眼鏡に適うか多少は緊張したものの、アーサーの表情は非常に雄弁で心配は杞憂に終わる。彼は大変満足そうに次々に焼き菓子を胃に収めていった。それはもう気持ちのいいほどに。


「このフィナンシェはアーモンドプードルの香りが引き立ってるな……こっちのクッキーの食感も絶妙だし……君は本当にお菓子作りが上手なんだね」

「焼き菓子ばかりですけどね」

「それはやっぱり実家がパン屋さんだからかな?」

「そうですね。材料も比較的好きに使わせて貰えるので。本当はマカロンとかフルーツのムースとか、そういう見た目も可愛いお菓子が作れればいいんですけど……」

「確かにそういうお菓子もいいけど……俺は君の作る焼き菓子、すごく好きだよ。飾り気はないけど温かくて、ホッとする味だ」


 丁寧にひとつひとつ絶賛の感想まで言ってくれるアーサーに、自然とミリーの表情も明るくなる。

 普段は両親とルイ以外には披露をすることもない特技だ。両親は目線が職人のためかそれほど頻繁には褒めてくれないし、ルイは言わずもがな。それでもルイの表情だけは必ず緩むので十分に満足していたが、こうして改めて言葉にして貰うのは面映ゆくもやはり嬉しさが勝つ。


「ちなみに一番得意なお菓子は?」

「うーん……焼きたてのアップルパイ、でしょうか? お店にもたまに置かせて貰えるし」


 パン作り自体はまだまだ修行中の身ではあるミリーだが、焼き菓子の方は既に両親よりも腕がいい。なので今日作ってきた焼き菓子や、仕入れ状況によってアップルパイやタルトなどを担当することがある。とは言っても数はあまり作れないのだが。


「焼き立てのアップルパイ……そんなのどう考えても美味しいじゃないか……っ!」

「冷めた状態でも良ければ今度またお持ちしましょうか?」


 するりと口から出た言葉にミリーは自分自身で驚いた。


(これじゃまるで、また会いましょうって言ってるのと同じじゃない……!)


 どう考えても多忙を極めるアーサーに対して、気軽に提案していいことではなかった。反省してすぐに発言を取り消そうとしたミリーだったが――


「……いや、それは遠慮しておくよ」


 その前に、アーサーの方からすげなく断られてしまう。

 それにホッとしたような、ちょっとだけ残念なような気持ちが芽生えたが……次の瞬間にはそれらすべてがひっくり返った。


「ぜひ焼き立てが食べたいから、俺が君のお店に直接出向くことにしよう」


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[気になる点] 「ちなみに一番得意なお菓子は?」 「うーん……焼きたてのアップルパイ、でしょうか? お店にもたまに置かせて貰えるし」 「焼きたての」はアップルパイの状態であって、得意であることと焼き…
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