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自暴自棄の帰り道【2】


「こんな暗がりに若い娘を連れ込んでおいて、あまつさえ泣かせて、言い訳できると思ってんのか!!」

「いやだから本当に誤解なんですってば……ッ!!!」

「そんないかにも女連れ回してますみたい面じゃ、まったくもって説得力がないだろ!!」

「なんだそれ理不尽だな!? とにかく俺は怪しいもんじゃない! オルブライト商会に問い合わせて貰えれば分かるから……っ!」


 今にも掴みかかりそうな剣幕のコナーに対し、青年が慌ててポケットからピンバッジを取り出す。それは商会の身分証を兼ねたもののようで、精緻な百合の花と小鳥の意匠が刻印されていた。


「オルブライト商会だって……?」


 青年の釈明に少しだけ冷静さを取り戻したらしいコナーが、まじまじとピンバッジを検める。そこでようやく我に返ったミリーも無実の青年を擁護すべく慌てて声を上げた。


「コ、コナーさん、誤解です! その人は私を助けてくれただけですっ!」

「…………へ? そ、そうなの?」

「はい……っ!!」


 コクコクと大急ぎで首肯すれば、コナーの表情がみるみる青褪めていく。逆に疑いが晴れた青年はピンバッジを仕舞うとそれはそれは美しい笑みを湛えた。だが明らかに彼の機嫌は真逆だと雰囲気が伝えてくる。


「善良な一般人を捕まえて、騎士様は随分と横柄な態度を取られるんですね?」

「す……」

「す?」

「すみませんでしたーッ!!!」


 土下座せんばかりの勢いで頭を下げるコナーに、今度は青年の方が面を食らう。そんな中、ミリーは青年の横を抜けてコナーに駆け寄ると深々と頭を下げた。


「こちらこそ誤解させちゃってごめんなさいっ! 私が一人で路地で蹲ってたところを、この人が心配して声を掛けてくれたんです。なのにコナーさんにまでご迷惑を掛けてしまって……」

「……そうだったんだ。こっちこそごめんな、つい早とちりしちまって」


 ミリーの必死の説明を聞いたコナーはゆっくりと頭を上げると、再度青年の方に向き直って謝罪の礼を取った。


「――改めてお詫び申し上げます。大変失礼いたしました」

「……いえ、分かって貰えればそれで。彼女のことを心配に思うあまりの行動だと理解しましたし」


 青年は今度こそ表情を和らげ、気にしていないとひらひらと手を振った。それでミリーもようやくホッとして姿勢を正す。と、そこへ再びコナーが口を開いた。


「それはそれとして、ミリーちゃん。もう遅いから早くお家に帰ろう? 送ってくから」

「えっいや、大丈夫です。ちゃんとひとりでも帰れますので!」

「そうは言っても、ミリーちゃんはルイと同じでポートウィル地区だよね? ここからだと馬車だろ?」

「そう、ですが……」

「次の馬車の時間を待ってたら日も完全に暮れちまうし家に着く頃には夜も遅い。流石に一人では帰せないよ」

「でも、コナーさんにそこまでして貰うわけには……っ! ここにいるのだって、私のことを心配してわざわざ追いかけてきてくれたんですよね……?」


 先ほどまで受付担当だったコナーが巡回任務に就いているのはおかしい。そう思って指摘すれば、コナーが苦笑混じりに頭を掻く。


「あー……まぁ、それは気にしなくていいから! 人々の安全を守るのが俺らの仕事だし、何よりミリーちゃんはルイの大事な子だしな?」


 その名前を耳にした瞬間、ミリーは無意識のうちに身体を強張らせてしまう。

 普段なら一番聞きたいその名を今は一番遠ざけたいというのは、本当に皮肉なものだ。


「……彼は、私のことなんてきっと気にしませんから」


 苦し紛れに出た言葉が大層卑屈で、それがまた嫌になる。だがコナーは優しい目を向けたまま、ミリーの肩を落ち着かせるようにポンポンと叩いた。


「今日のアイツはちょっとおかしかっただけだって。今頃きっと後悔してるからさ……ミリーちゃんが落ち込む必要はないよ」


 その優しさに素直に頷けるほど今のミリーの精神状態は安定していない。だけどコナーに反論するのも違うだろう。結果的に上手く言葉が出て来ず黙っていると、横で二人のやりとりを見ていた青年が口を挟んだ。


「あのー、なんか訳ありっぽいですけど。俺で良ければその子、家まで送っていきますよ」

「「…………ええっ!?!?!?」」


 この言葉にはミリーもコナーも同時に驚きから目を見張った。

 そんな二人の態度にも動じず、青年はにっこりと人好きのする笑みを深める。


「どうせこの後は俺も帰るだけですし。ちょうど商会の馬車を待たせてるんで、ついでに乗せていきますよ?」

「え、いやそんな……!! 流石にそこまでご迷惑はかけられません!!」

「うーん……逆にここで手を引く方が俺としては心残りというか。せめて親御さんのもとに届けないと、なんかモヤモヤして眠れなくなりそうだしね。ポートウィルなら帰り道からそんなに遠くないし」


 なんてことないように言われてしまい、ミリーの方が戸惑いを大きくする。だが、どちらにせよ青年の誘いを断ればコナーがその役を請け負うことになるだろう。ここからポートウィル地区まで馬車で一時間ほど。往復すればコナーの帰宅は深夜近くになってしまう。


「あ、不安なら馬車まではそこの騎士さんにも付いてきて貰う? 馬車の中には商会の通行証とかもあるし、身元もちゃんと確認出来ると思うよ」


 手を取るべきか悩むミリーへもだが、これは主にコナーに向けての説得材料だろう。実際、コナーは青年の提案を即座に否定せずミリーの意思表示を待っている。

 そこでミリーは改めて親切過ぎる青年へと目線を向けた。するとすぐにこちらの視線に気づいた彼は、人を安心させるような柔らかな表情で見返してくる。見れば見るほど美形だ。いっそ神々しいほどに。


(……こんなに綺麗な男の人がわざわざ私みたいなのを騙すなんてこと、ありえないだろうし)


 浮かぶのは半ば自虐的な考え。だが、


(同じ迷惑を掛けるなら……コナーさんより、この人にした方がきっと気が楽だ)


 コナーを見ているとどうしてもルイの顔が頭を過ってしまうことも手伝って、自然とミリーの腹は決まった。肩に羽織ったジャケットの前を軽く握り寄せながら、そっと決断を口にする。


「……じゃあ、本当にお言葉に甘えてしまってもいいですか? えっと……」


 そこで気づく。まだ青年の名前を知らないことに。

 すると同じく名乗ってなかったことに気づいたらしい彼は、背筋を伸ばすと軽く胸に手を当てて微笑んだ。


「――オルブライト商会のアーサーです。どうぞ今後ともお見知りおきを、可愛いお嬢さん?」


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― 新着の感想 ―
[一言] 自分の大事な幼馴染が騎士仲間と仲良くしていたり、その上、負けた姿を見られて嫌だったのでしょうが、あの言葉はないなあ。 優しいアーサーさんに取られちゃうよ。
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