公園デート【2】
「だから、教えてください。貴族であるアーサー様は……私をどうしたいんですか?」
アーサーが貴族だとルイに知らされた時から、ミリーはずっと考えていた。
おそらくアーサーの今の気持ちは本物だ。本当にミリーのことを好きでいてくれている。彼がこれまで示してくれた言動から、そこは疑いようもなく信じられる。
でも彼が貴族ならばミリーとの交際はともかく、やはり結婚は現実的にあり得ないことだろう。
(……だから、知りたい)
もし彼にとっての恋愛が結婚までの遊びなのだとしたら。それが貴族の常識なのだとしたら。
そんなものは到底受け入れられないだろう。価値観が違い過ぎる。
けれどアーサーがもし別の考えを持っているのだとしたら……それを確かめる前に勝手な決めつけでこちらから距離を取りたくはない。
だからどんな結論でも、ミリーはアーサー自身の言葉を待った。
そんなミリーの秘めたる決意など知る由も無いアーサーだが、その瞳が逸らされることはなかった。彼はミリーの手を強く握ったまま、ゆっくりと口を開く。
「……とりあえず先に謝らせてほしい」
「? ……何をですか?」
「俺が貴族の身分を君に黙っていたこと。言う機会はいくらでもあったのに、敢えて伝えてなかったから」
すまなかった、とアーサーは深く首を垂れる。その態度にミリーは微かに胸を痛めた。敢えて伝えなかったということは、そうする理由があったということ。つまり自分には貴族の身分を明かしたくなかったということだ。
「……どうして私に知られるのが嫌だったんですか? 私に知られたらそんなに拙かったんですか?」
自分でも随分と恨みがましい言葉だと思ったが、言わずにはいられなかった。
しかし予想に反してアーサーは弾かれたように顔を上げると急いでそれを否定する。
「それは違う! ただ、俺は……君に距離を置かれるのが嫌だったんだ。貴族だと知ったら、きっと君は身分のことを気にして俺への態度を変えると思った。それは当たり前のことで……だから嫌だった。知られたくなかった。俺は……ミリーの前ではただのアーサーで居たかったんだ」
まるで懺悔でもするようにアーサーが呟いた内容に、ミリーは大きく目を見張る。
確かに今のような関係になる前にアーサーが貴族だったと知っていれば、きっとミリーは親しくなるのも烏滸がましいと一方的に距離を置いただろう。
「じゃあ、私を騙そうとか、そういう意図はなかったんですね……?」
「騙すって、そんなことある筈ない! っいや、結果的にはそうなってたわけだけど……流石に両想いになれたらちゃんと伝えるつもりだったよ」
そう言って、アーサーは再び至近距離からミリーの瞳を覗き込んでくる。
蕩けるような色合いの琥珀が美しくて、思わず息を呑んだ。
「ミリー……さっきの言葉は本当? 俺のことが好きだって」
「っ……はい」
瞬間、アーサーが繋いでいた手を引き寄せてミリーを身体ごと強く抱きしめた。
ふわりと香るアーサーの匂いにクラクラする。頭ではきちんと話し合いをしなければいけないと分かっているのに、この腕から出たくないという本能に抗えない。結果、大人しく身体を預けてしまう。
そんな中、はぁ、とアーサーがミリーの首筋近くで万感のような溜め息を吐いた。
「……ごめん。本当にごめん。どうしても我慢できなくて……でも放したくないんだ。好きなんだ。俺、本当に君のことが……好きで好きで、どうしようもない」
「アーサー……さま……?」
「少しずつ、受け入れてくれている感じはあったけど。実際に言葉にされると堪らなくなる。俺、たぶん今までの人生の中で今が一番幸せだから……ごめん、しばらくこのままで居させて」
湯水のように溢れてくる甘い言葉の数々に、ミリーの心臓が悲鳴を上げる。ぎゅうっと抱き込まれた体温は温かいを通り越してもはや熱い。燃えそうだ。けれどやっぱり心地いいと感じてしまうほどに、ミリーもアーサーに溺れてしまっている。どうしようもないほどに。
「あの……アーサー様、姿勢はこのままでもいいので……聞かせてください」
「――うん。いいよ。なんでも答える。隠し事は絶対にしない。約束する」
「じゃあ、遠慮なく……その、アーサー様って貴族様なんですよね? オルブライト子爵家の嫡男とお聞きしましたけど」
「そうだね、合ってるよ。現オルブライト子爵は俺の父だ」
「つまり……アーサー様は次期子爵様ってことですよね? なら、私と付き合うのは結婚までの遊びということなんでしょうか?」
ミリーとしては当然の質問だったが、それを口にした途端、アーサーの身体が分かりやすく強張った。
彼はミリーの肩からそろりと頭を上げると、信じられない物を見る目でこちらを凝視する。
「……ちょっと待ってミリー。遊びって何? え、ミリーはこの関係が遊びだとでも思ってるの!?」
「え」
鬼気迫るアーサーの言葉にミリーは反射的に怯む。それを肯定と受け取ったのか、アーサーの気配が急速に冷たく変化し始めた。相変わらずこちらを抱きしめたままだが、もはや抱擁というよりも拘束という意味合いが強いように感じる。
「あ、あの、アーサー様? ちょっと落ち着いて話を」
「これが落ち着いていられると思う? 俺はミリーと一生添い遂げたいし、というか添い遂げる気しかないし絶対に遊びなんか認めないけど……?」
「え、えぇぇ……?」
完全に想像していた展開とは違ってしまい、ミリーは困惑の色を深めるしかない。
というよりもアーサーの様子が何やらおかしい。いや今日はだいぶ情緒が安定していないが、今の彼は何やら良からぬ方向に思考がいっているような気がしてならない。
ミリーは元のアーサーに戻ってきてほしい一心で慌てて声を上げた。
「わ、私だって遊びなんて嫌ですけど! だ、だってアーサー様は貴族様で! 貴族様は平民となんか結婚できないじゃないですか!!」
なんで自分がこんな悲しいことを説明しなければならないのかと、内心では憤慨しながらミリーが叫べば。
「…………ああ、なるほど。そういうことか」
得心いったのか、アーサーの荒んだ気配が霧散していく。しかしホッと息をつく暇もなく、彼はミリーの頬に手を当てると自分の方を見るように誘導してきた。少しでも顔を動かしたら唇が触れ合ってもおかしくない距離感にミリーが動揺する中、アーサーが普段の穏やかな口調で言う。
「ミリー、俺からも質問していい?」
「えっ……は、はい。なんでしょう?」
「ミリーは貴族の妻になる気はある? というか、なりたい?」
驚きすぎて言葉を失った。まさかその選択肢を投げかけられるとは思ってもみなかったのだ。
ミリーは優し気な眼差しで言葉を待つアーサーに、少しだけ間を置いてから、
「――いいえ」
と答えた。
「私は、貴族社会で生きられるような育ちではないですし……何より、今は叶えたい夢があります」
「夢って……実家のパン屋を継ぐってこと?」
「はい。流石に、貴族の妻とパン屋は両立できませんよね?」
敢えて茶化すように言いながら、もしかしたらこの答えでアーサーとの縁が切れてしまうかもしれないと薄っすら思った。しかし撤回は出来ない。以前までの自分ならば、もしかしたら貴族の妻となるべく全てを擲って努力することも出来たかもしれない。しかし、明確な目標を持って日々を生きる今のミリーは夢を捨ててまでアーサーの居る世界を選ぶことは出来なかった。してはいけないとも、思った。
――それはきっと、アーサーが好きになってくれた自分ではないから。
その予想通り、アーサーはミリーの答えが分かっていたかのように微笑む。
「そうだね。流石にパン屋との両立は厳しいかな」
「…………じゃあ、やっぱり」
「うん」
別れの気配に思わず涙目になるミリーにアーサーは軽く頷くと、
「俺が貴族を辞めればいいってことだね」
そう言って、無防備な頬に柔らかな口づけを落とした。
次回、最終回です(本日18時更新予定です)。
最後までお付き合いいただければ幸いです。




