公園デート【1】
本日はアーサーとの二人きりでの外出日。
天候にも恵まれ、春の陽気に心までぽかぽかと暖かくなるような、そんな絶好のデート日和だ。
この日のために思い切って購入した若草色のワンピースに白いレースリボンの髪飾りを合わせたミリーは、迎えの時間まで何度も鏡で自分の姿をチェックしていた。出来れば少しでも可愛いと思って貰いたいので。
「じゃあ、行こうか」
「はい!」
朝から迎えに来てくれたアーサーの手を取ったミリーは自然とにっこり微笑んだ。すると彼もふわりと目を細め、こちらを甘やかに見つめてくる。
「なんだか今日はいつもにも増してご機嫌だね?」
「……そう見えますか?」
「自惚れでなければ」
「なら……自惚れじゃ、ないです」
恥ずかしさをグッと堪えて伝えた本音に、アーサーがますます嬉しそうに表情を崩した。
「では、ご機嫌な俺のお姫様。行き先のご希望はありますか?」
「えっと……それじゃあ王都の西にある王立記念公園に行きませんか?」
「――王立記念公園?」
「はい。実はお弁当も作って来たので、ピクニックをしましょう!」
ランチバスケットを掲げたミリーの提案に少し驚いた様子を見せたアーサーだったが、すぐに笑って首肯した。そして彼は当然のようにミリーから荷物をやんわり奪取する。こういうところもとてもスマートだ。ミリーが厚意に甘えてお礼を言えば、彼は「何を作ってくれたか楽しみだよ」と返してくる。
そうして二人は乗合の馬車に三十分ほど揺られながら王立記念公園へと向かった。
「んー……! 気持ちが良いですね!」
「そうだね。俺も久しぶりに来たなぁ」
ここ王立記念公園は、隣国との和平条約締結を記念して設立された公園である。
中央には平和を象徴する荘厳な白き女神の彫刻があり、訪れる者たちを歓迎してくれる。
公園内は基本的には芝生に覆われている部分が大半を占めているが、ガゼボやベンチなど小休憩できるような設備も整えられていた。
周囲を見渡せば既に複数の家族連れやカップルが公園内で思い思いの時間を過ごしている。
吹き抜ける柔らかな風が髪を揺らしていくのを軽く手で押さえながら、ミリーは空いている方の手で公園の左奥側を指した。
「アーサー様、あの辺りはどうでしょうか?」
「ん、いいね」
移動した二人は芝生の上にミリーが持参してきた敷物を敷いて、腰を下ろす。
丁度時刻はお昼どき。ということで二人は早速、ランチバスケットを開けることにした。
中身は野菜やお肉などの具材を何種類か挟んだバゲットサンドである。飲み物は紅茶。デザートにはカットフルーツも用意しておいた。
「これは美味しそうだ……どれから食べるか迷うなぁ」
「ふふっ、お好きなものから遠慮なくどうぞ! ちなみにバゲットも私が焼いたんですよ?」
「それは凄いな! じゃあ、まずはこのベーコンのやつを……」
紙に包まれたバゲットサンドを器用に持って、アーサーが豪快にかぶりつく。
にもかかわらずどこか上品なのは本人の見た目と所作のせいだろうか。
「っ……うん、美味い! ベーコンの塩気が後を引くなぁ」
「良かった! たくさん食べてくださいね!」
言って、ミリーもバゲットサンドへ手を伸ばす。
野菜と鶏肉に甘辛いソースを合わせたこちらも自信作だ。
こぼさないように気を付けながら美味しく食べていると、不意に強い視線を感じる。
見れば、アーサーが微笑みながら自身の口もとをトントンと叩いた。
「ソース、ついてるよ」
「えっ! やだ、恥ずかしい……っ」
ミリーは慌ててハンカチで口もとを覆う。もう十七歳になったというのに、こういうところはまだまだ脇が甘いというか子供っぽさが拭えない。
僅かに頬を赤らめながら、ミリーはアーサーに呆れられていないか表情を窺おうとする。しかし彼はむしろ愛おしいものを見る眼差しをこちらへと隠さず向けていた。そのせいで余計に頬が熱くなってしまう。
「……あ、あまり見ないでください! 恥ずかしいので!」
「それは聞けない相談かな? せっかく二人でいるんだから、もっとよく顔を見せて」
なんならソースも俺が取ってあげようか、と本気とも冗談とも取れない調子で言うアーサーに、ミリーはぶんぶんと拒否の姿勢を取った。うっかり肯定でもしたら彼ならば本当にやりかねない。
「わ、私のことはいいから食事続けてください! ほら、こっちのエッグサンドも美味しいですよ?」
ミリーは恥ずかしさを払拭する勢いに任せてエッグサンドを手に取ると、アーサーの方へずいっと差し出す。唐突な状況に彼は一瞬目を丸くした。が、すぐにニヤリと口もとを歪めるとそっとミリーの手首を掴んで顔を近づけていき――
「あ……っ」
「……うん。本当だ。これも美味しい」
蕩けるような笑みを浮かべながら、エッグサンドをミリーに持たせたまま食べ始めた。
それでミリーは完全に身動きが取れなくなってしまい、ただただアーサーの為すがままとなる。
結局エッグサンドがすべてアーサーの胃袋に収まるまで、ミリーは手首を拘束され続けたのだった。
そうこうするうちにランチバスケットの中身もあらかた片が付き。
二人は隣り合って座りながら、ぼんやりと気持ちのいい日差しを浴びる。食後も相まって、このまま芝生の上で横になったらすぐに眠ってしまいそうだった。
「……ミリー、ひとつお願いがあるんだけど」
「? なんでしょう?」
「もし嫌じゃなければ……手を、握ってもいいかな」
ミリーは少しだけ緊張しながら、コクンと頷いた。
するとアーサーの大きな手がミリーの小さなそれに重なり、指先が絡めとられる。
手を繋いだことで自然と距離も近づき、肩がほとんど触れ合うような位置に落ち着いた二人は、しばらく無言で互いの体温を感じていた。
そんな中、先に口を開いたのはアーサーだった。
「……俺、こんな風に公園で食事をしたり、何もせずのんびりするのは初めてなんだ。実はちょっと憧れてたから、叶って嬉しい」
「子供の頃とか……家族で来られたこともなかったんですか?」
「うん。我が家はなんというか割と放任主義でね。両親は常に忙しくしていたし、家族揃って食事をすることすら稀だったから」
そう語るアーサーの横顔が、ほんの少しだけ寂しく見えて――ミリーは繋いだ手にさらにぎゅっと力を籠める。するとアーサーがこちらを向いて、同じく手をしっかりと握り直しながら優しく笑った。
「俺、ミリーと居ると凄く安心するんだ。こうして隣り合ってるだけで幸せな気持ちになる」
それはミリーも同じだった。アーサーと一緒に居るだけで幸せな気持ちになる。
だからずっと隣に居たい。これから先を、共に歩んでいきたい。けど――
「……アーサー様」
それは自分一人の力では到底叶えられない願いだ。
だからミリーは怖くても、逃げたくても。
今日、ここでアーサーに言わなければならないことがあった。
「私は――アーサー様のことが好きです」
こちらを静かに見つめていたアーサーの琥珀色の瞳が大きく揺れた。
彼は何かを言おうとして、口を開きかける。けれどその前にミリーの方が言葉を続けた。
「だから、教えてください。貴族であるアーサー様は……私をどうしたいんですか?」




