表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/35

女子会でご報告


 あっという間に季節は廻り――気が付けば、また春の盛りを迎えようとしていた。


 ミリーは去年も袖を通したお気に入りのワンピースに身を包みながら、とある場所を目指している。

 そこはミリーの住む地区から少し離れた王都の中心部に存在する人気のカフェだった。

 午前中ながらも既に混雑の兆しを見せるそのカフェへと迷いなく入店したミリーへ、どこからか声が掛かる。


「ミリーちゃん! こっちこっち!」

「ローナさんっ!」


 二人掛けのテーブル席から手を振る少女のような面立ちの女性にミリーは同じく手を振り返す。


「忙しいのに呼び出しちゃってごめんなさいね? お仕事大丈夫だった?」

「はい、全然問題ないですよ。流石に午後には戻りますけど」

「相変わらず頑張ってるみたいねぇ。お姉さんも見習わないと」


 そんな会話をしながら、ローナと二人でケーキセットをそれぞれ注文。

 ほどなく運ばれてきたそれに舌鼓を打ちながら、しばらく近況報告を兼ねた雑談に興じた。


 コナー経由で知り合って以降、ローナとは親しくさせて貰っている。

 同年代の友達がさほど多くないミリーにとって気兼ねなく接せられる彼女の存在は大きい。おっとり優しく、年上で思慮深い彼女のことがミリーは大好きだった。また自惚れでなければローナもミリーのことは妹のように可愛がってくれている。


「ミリーちゃんは最近どう? お店の方は繁盛してるみたいだけど」

「おかげさまで。今は焼き菓子だけじゃなくて、一部の菓子パンも任されるようになりました」

「っ! 凄いじゃない! おめでとう!」

「ありがとうございます。でも、やっぱり売れ筋の食事パンなんかはまだまだ任せては貰えませんけどね」


 この一年でミリーの腕は格段に成長した。それは父も認めるところで、今では少しずつ任される範囲が増えてきている。この調子ならば数年のうちに、店に置いてあるパンは一通り習得出来るだろう。

 また、焼き菓子の方も独自レシピの開発に余念がなく、定番のものから季節限定の品まで、常時三種類以上は置かせて貰えるようになった。

 その日の仕入れ具合いで作るものを考えなければならないのも面白く、大変だけれど充実した日々を送っている。


「ローナさんの方は、コナーさんと順調ですか?」


 本日のおすすめである苺のタルトを観察しつつフォークをゆっくり入れながら、ミリーが話題を変える。

 するとローナは少し照れくさそうな笑みを浮かべると、手持ちの鞄から一通の封筒を取り出した。


「……実はね、今日ミリーちゃんに会いたかった理由が、これなの」


 そう言って手渡された封筒の正体に気づき、ミリーはパッと表情を明るくさせた。


「っこれ……結婚式の招待状、ですよね!?」

「うん。身内と親しい友人だけの簡単な式だけど……ミリーちゃんも良かったら来てくれるかな?」

「もちろんですっ! わー! おめでとうございます!!」

「ありがとう。それで、実はお願いがあるんだけど――」


 ローナから提示された内容はミリーとしても大変光栄なもので、一も二もなく了承する。

 「嬉しいわ」とほんわり微笑むローナが本当に幸せそうで、ミリーも思わず目を細めた。


「そういえばお二人は、お付き合いしてどのくらいでしたっけ?」

「えっと……三年くらいかな? コナーはもっと前から結婚したいって言ってくれてたんだけど、わたしがここまで引っ張っちゃった感じなの」

「そうだったんですか! でも、どうして?」


 コナーとはあの公園の時以来会っていないが、ローナからちょくちょく話を聞いているため、どこか身近に感じている。同時に彼がローナに惚れ込んでいることは話の端々から窺い知ることが出来ていた。故にローナがコナーとの結婚を渋る理由が思いつかなかったが、


「それはまぁ、年の差が一番大きいかな。なんてったって十歳以上も違うんだもの」


 言われてすぐに納得した。どうもローナと居ると彼女の年齢を失念しがちだが、彼女は今三十三歳。対するコナーは二十一歳かそこらだった筈だ。逆はともかく、女性の方がここまで年齢が上なのは珍しい。


「正直、親御さんにも絶対に反対されると思ってたし……何より、子供のことを考えるとね。コナーにはわたしじゃない女性の方が相応しいんじゃないかってずっと引け目を感じていたの」


 その気持ちは同じ女性として分かる気がした。自分がローナの立場でも躊躇しただろう。


「……でもね、コナーはどうしてもわたしが良いんですって。わたしとじゃなきゃ結婚しないって、彼の両親にもわたしの両親にも宣言してくれたの」

「っ! コナーさん、男前ですねっ!」

「ふふっ、そうでしょう? だからね、わたしも覚悟を決めたってわけ。子供のことも出来る範囲で頑張ってみるつもり。最初から諦めるのは……わたしらしくないしね?」


 そこでローナは一息つくようにミルクティーで喉を潤すと、


「……で、わたしのことは良いのよ! ミリーちゃんこそ、あれからどうなの?」


 と好奇心旺盛な子猫のような瞳を向けてくる。

 彼女の言わんとすることをきちんと察したミリーは、苦笑気味に肩を竦めた。


「……私とアーサー様のことでしたら、特にまだ大きな進展はないですけど……?」

「そうなの? でもこの間、初めて一緒にお出かけするって言ってなかった?」

「うっ……!」


 痛いところを突かれてミリーは言葉に詰まる。


 ――あの告白からおおよそ八か月。


 ミリーの気持ちが前向きになるまで待つと宣言したアーサーは、あれからも定期的に店に顔を出してくれている。大抵はお客として来るが、たまに閉店間際を狙ってやってきているのはなんとなく察していた。そしてそれを、嬉しいと思っている自分が居ることも既に自覚はしている。


 紳士的な彼がミリーを急かすようなことは決してない。ただ時折、暇だったらと外での食事に誘われることはあった。ミリーも時間に都合のつく限りはそれを受け入れていた。あくまで友人として。


 しかし先月は食事だけでなく、初めて観劇――つまり昼間から二人で出かけないかと誘われた。

 僅かに戸惑ったが、ミリーは結局アーサーの誘いに乗った。断る理由が思いつかなかったし、観劇自体も流行のもので素直に見てみたいと思ったからだ。


「で、どうだったの? 楽しかった?」

「それは……ええ、まぁ。はい。すごく……」


 ――そう、アーサーとのお出かけはとても楽しかった。


 もともと優しく気遣いが出来て大人で真摯な彼だ。エスコートはまさに完璧で、その日のミリーはまるで自分がどこぞの貴族令嬢にでもなったかのような気分を味わうことになった。


 しかしそんなことよりもミリーの心を強く揺さぶったのは、アーサーが向けてくる柔らかで甘い視線の数々だった。

 それはもう「この子が大事です」とあからさまに特別視してくるのだ。周囲の女の子たちから羨望と嫉妬の圧力を向けられたのは痛かったが、それ以上にミリーの胸は高鳴って仕方がなかった。


(……あの目は、言葉よりもずっと、私のこと好きって言ってるみたいだった)


 蕩けるように微笑むアーサーは、ミリーと居るだけで幸せだと言わんばかりで。

 エスコートのためと分かっていても手が触れると凄くドキドキした。


『ミリー、劇はどうだった? 俺はあの人物のラストが意外だったんだけど……』

『疲れてない? どこかでお茶にでもしようか?』

『食べたいものある? ちなみに俺のおススメはこれかな』

『……よければまた、二人で出かけよう。今日は本当に、凄く楽しかったから』


 彼の言葉が無意識のうちに浮かんでは消え、ミリーは思わず熱くなった両頬を手で押さえる。そんなこちらの様子に何を感じたのか、ローナがニヤリと口角を上げた。


「……ふふ~、仲が良さそうでなによりだわ。ミリーちゃんもちょっとは前向きになれたってことかしら?」


 前向き、という単語に反応したミリーは顔を上げると、少し迷った後で口を開いた。


「…………正直、まだ怖さはあるんですけど。でも、少しずつ前は向けてきてると、思います」


 仕事面が充実していることもあり、徐々に自分に自信がついてきたことも大きい。

 だが、やはり何よりアーサーと過ごす時間が、他の誰かと過ごすものとは違っていて。彼がミリーにとって特別な立ち位置であることは紛れもない事実だから。


(そろそろ……認めるべきかもしれない)


 ミリーの中で確かに新たな感情が芽生え始めていた。

 そしてその感情の名前を、ミリーは既に痛いほどよく知っている。


「そっか……あー、でも、それじゃあ少し気まずいかしら?」

「? ……何がですか?」


 ローナが唐突に眉を下げたので、ミリーも思わず首を傾げる。

 すると彼女は人差し指に唇を当てながら、僅かに逡巡するように言った。


「えっと……結婚式にはね、当然コナーの職場の方々も来るから……」

「あ」


 瞬間、ミリーの脳裏には。

 あの別れの日以来、一度も顔を合わせていない幼馴染の少年の顔がはっきりと浮かんだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] あーこれで結婚式でルイと顔を合わせて、未練タラタラなルイを改めてミリーがこっぴどく振るシーンが見られそうですね!いいですね!
[気になる点] ミリーさんの方は、コナーさんと順調ですか? ってなってるー! これは間違えてませんか? [一言] 続きがいつも気になって ドキドキしながら読んでます・v・
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ