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一筋縄ではいかない男


「あー……やっとここに来れた」


 店内に入って来るなりそう呟いたのは、普段よりもとりわけラフな装いをしたアーサーだった。

 ひとり店番をしていたミリーは驚きつつも「いらっしゃいませ」と声を出す。

 時刻は夕方。ちょうど客足も途絶えてそろそろ店を閉めようかという頃合いだった。

 アーサーはウキウキした足取りで店内をぐるりと一周すると、いくつかのパンを選んでカウンターへとやって来る。


「これ、お願いします。あと……流石にもう焼き菓子は残ってないかな?」


 あくまでも客として振舞うアーサーに、ミリーは苦笑しながら言う。


「……実は、お客様のためにこっそり取り置きさせていただいていた分があります」

「それはありがたい! じゃあ、それもまとめてすべていただこう」

「かしこまりました」


 ミリーは店の奥に置いていた焼き菓子数種類を持ってくるとパンと一緒に紙袋に詰める。そしてお会計を済ませて商品を渡すときに、


「もうお店閉めるので、少しだけお話しできますか?」


 ミリーの方からアーサーにそう持ち掛けた。

 彼は驚いたように目を丸くした後で、とても嬉しそうに破顔する。


「もちろん、喜んで。……久しぶりだね、ミリー」

「はい、お久しぶりですアーサー様。直接お会いするのは一月半ぶりくらいでしょうか?」

「そうだね……手紙のやりとりは定期的にしてたけど、ようやく顔を見に来れた。元気そうで何よりだよ」

「ありがとうございます。おかげさまで怪我もすっかり良くなりましたよ。アーサー様も少しお仕事に余裕が出来たんですか?」

「ああ、ようやくね。これからはまた前みたいにお店にも寄らせて貰えると思う。……君が迷惑じゃなければ、だけど」

「迷惑なんて、そんなことありませんよ。いつでも歓迎いたします」


 ミリーが本心からそう言うと、途端にアーサーがホッとしたような顔をした。


「それなら良かった。あ、そういえば遅くなったけどこれ、誕生日プレゼント」


 当日贈ることも考えたけど直接渡したくて、と言って彼が取り出したのは、手のひらサイズの可愛らしい缶だった。


「え? そんな、いいんですか?」

「もちろん。良かったら使って欲しい」


 受け取ると思っていたよりもずっしり重い。

 そっと蓋を開けると、ふわりとラベンダーの香りが優しく漂った。


「うちの新商品のハンドクリームなんだ。品質は保証するよ」

「ハンドクリーム! うわぁ、嬉しいです! どうしても手ってすぐ荒れちゃうから」

「喜んで貰えたなら何よりだよ。あ、香りはラベンダーなんだけど苦手じゃなかった?」

「はい、好きです! 強くないですしいい香り……今日の寝る前に早速使ってみますね!」


 実用的なプレゼントに思わずはしゃぐミリーへ、アーサーが笑みを深める。


「もし気に入ったらまたプレゼントするよ」

「いえ、気に入ったら次はちゃんと自分で買います! そこはきっちりしないと」

「……うん、そうだね。君はそういう子だよね」


 アーサーは少し困ったような、でもどこか嬉しそうな表情をする。不思議に思って見つめ返せば、彼は苦笑混じりに口を開いた。


「しっかりしていて偉いなって気持ちと、プレゼントを贈る口実がひとつなくなって残念だなって気持ちが同時に湧いただけだから気にしないで」

「……そんなこと言ったらまるで貢ぐのが好きみたいですよ、アーサー様?」

「好きな子限定でね」


 さらっとこういうことが言えてしまうのが大人の余裕というやつなのだろうか。

 ミリーは勝手に熱くなる頬を軽く押さえると、照れ隠しのジト目でアーサーを睨んだ。しかしアーサーはそんなこちらの反応すら楽しむようにますます目を柔らかく細めてくる。


「可愛いなぁ」

「…………褒めても何も出ませんよ」

「いや、もう十分貰ってるから」


 いけない、このままではやられっぱなしのような気がする。そう考えたミリーは、アーサーに会えたら直接伝えようと思っていたことを話題転換も兼ねて切り出した。


「あの、アーサー様。ちょっとお伝えしておきたいことが」

「ん? 何かな?」

「ルイ……あ、私の幼馴染とのことなんですけど」

「……うん。何か進展があった?」


 アーサーの雰囲気に緊張が混じるのが分かった。どこか不安げに揺れる瞳がじっとこちらを注視する。ミリーはそんな彼を真っ直ぐに見つめながら、朗らかに言った。


「とりあえず解決……というか、私の気持ちをきちんと伝えることが出来ました。彼とは今後、距離を置くことになると思います」

「そうか……その、差し支えなければミリーの気持ちって――」

「しばらくは仕事に専念したいって。だから誰とも恋をする気はないって伝えました」


 瞬間、アーサーがハッと息を呑む。

 どうやらこちらの意図は正しく伝わったようだ。


「……誰とも、か。ちなみに、しばらくってどのくらい?」

「どうでしょう……一年とか、二年とか? とにかく、自分から恋愛に前向きになれるまでは仕事に集中しようと思ってます」


 言いながら、これで愛想を尽かされても仕方がないと思っていた。

 そもそも何故アーサーのような人が自分のような平凡な娘に好意を寄せてくれているのかも謎なのだ。その上、こんなにも面倒くさい女だと分かれば芽生えた恋心も枯れ落ちることだろう。

 アーサーと疎遠になるのは正直悲しいが、想いを返せないのに彼を縛り付けるなんて赦される筈がない。だからこれがミリーに出来る精一杯の誠意だった。

 しかし、そんなミリーの思惑に反してアーサーは穏やかな表情で、


「――分かった。仕事は応援するし、君が恋愛する気になるまで俺も待つよ」


 と宣言した。これにはミリーも驚きのあまり目を大きく見開く。


「え、あの……そんな、無理しなくていいんですよ?」

「無理なんかしてないけど? 前にも言ったけど長期戦は覚悟の上だよ。というかむしろ安心したかな。君がここで俺の気持ちを受け入れる方が違和感あるし」

「……それは、どうして?」

「だってあんなにも幼馴染の彼との恋に泣いていたから。俺は本気で恋をしていた君のことを尊敬しているし、そういう君だから好きになったんだよ」


 まぁ流石に嫉妬もするけどね、と茶化すように言って、アーサーは照れくさそうに微笑む。


「もう会いたくないとか、拒絶されたら潔く身を引かなきゃいけないって思ってたけど……待っていても良いなら待つよ。そして、君に好きになって貰えるように努力する」

「……アーサー様にそこまでして貰うような価値ないですよ、私」

「自分の価値は自分では分からないよ。少なくとも俺は可愛くて健気で一所懸命でお菓子作りが得意でちょっと自分に自信がないミリーのことが、ちゃんと好きだよ」


 そこまで言われてしまえば、もう続ける言葉はなかった。

 ミリーは観念したように溜め息を吐くと、顔を上げてアーサーを仰いだ。


「……いつでも愛想尽かしてくれて良いですからね?」

「うん? まぁ、その時はその時ってことで。俺も早くミリーが恋をしたくなるようないい男になるよ」


 もう十分いい男過ぎて私には荷が重いですよ、とは返せず。

 ミリーは逆に彼に釣り合う女性はこの世にどのくらいいるのだろうと遠い目をしながら現実逃避した。


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