思いがけない人生相談【3】
「……ということが二週間前にあって、自分でもルイとどう向き合ったらいいか分からなくなってるって感じです」
言い終えて、ミリーは肩を下げると胃の腑から思いっきり息を吐き出した。今まで誰にも言えなかったことを話せるだけでもこんなに違うものかと内心で驚く。
ローナはミリーの話を一切遮ることなく聞き手に回ってくれた。時折相槌を打ちつつ真剣に耳を傾けてくれているのが分かって、それがまた嬉しくてとても安心する。
そんなローナの第一声は、こちらを労わるものだった。
「話してくれてありがとうね、ミリーちゃん」
「いえ、こちらこそ聞いて貰えて良かったです」
心からそう伝えると、ローナも柔らかく相好を崩す。
「それなら良かったわ。それで、年長者として何かアドバイスが必要そうなら言うけど……どうする?」
僅かに逡巡したが、ミリーは潔く首肯した。
「せっかくなのでご助言いただけますか?」
「うん、じゃあ率直に。ミリーちゃんは罪悪感で恋愛するの?」
「――え?」
びっくりして目を丸くするミリーに、ローナは薄く微笑みながら続ける。
「話を聞いていて、今のミリーちゃんがルイ君の気持ちに応えられないことに罪悪感を抱いてるのはよく分かったんだけど……そもそも恋愛で相手を傷つけないなんてことはあり得ないと思うのね?」
「そう……でしょうか?」
「というよりも、人が人と接する上では避けられないことじゃないかしら? 実際にミリーちゃんもルイ君に冷たい態度を取られて傷ついたわけよね?」
頷けば、ローナは唇に手を当てながら少し考えるように空を仰いだ。
「わたしも人並みに恋愛をしてきた身だけど、数えきれないほど喧嘩もしたし酷い別れ方をしたこともあったわ。相手が悪いこともあったし、わたしの方が悪かったこともたくさんあった。けど、それが普通だと思うのよね」
コナーとだってくだらないことでしょっちゅう喧嘩するしねぇ、とローナはなんでもないことのようにさらっと言う。
「でも、そうやってぶつかる中でも互いに尊重したり、気遣ったりするのが対等な関係だと思うのよ。けどミリーちゃんたちはどこか歪というか……」
「歪……ですか」
その言葉がミリーの胸にスッと突き刺さる。痛いところを突かれたというよりは、核心を突かれて納得したという方が近いだろうか。
「ミリーちゃんの話しか聞いてないから、どうしても視点が寄ってしまうけれど……ルイ君の行動は流石に子ども過ぎるというか、ミリーちゃんからの好意に対して凄く甘えてる感じがするのよね。そういう男心も分からなくはないけれど、だからってそれを免罪符に相手を傷つけてもいい理由にはならないでしょう?」
だからね、とローナはミリーに視線を戻すと、朗らかに笑った。
「ミリーちゃんはもっと自分の気持ちに正直になればいいと思うのよ。嫌なことは嫌だって言えばいいし、喧嘩だってしたらいい。というか、もっとちゃんと喧嘩した方がいいわ。どちらかが我慢するような関係は絶対に長続きしないもの。恋愛では特にね」
なんだか熱く語り過ぎちゃったわね、とローナは肩を竦める。しかしミリーはローナの言葉一つ一つを噛みしめながら、ようやく道筋が開けていくような感覚を覚えた。
ミリーは自分の考えをまとめるように、ゆっくりと口を開く。
「……私、今までルイとほとんど喧嘩したことないんです。いつもルイに従うことが多かったので。でもそれって、私がルイに判断を丸投げにして楽をしてたってことでもあるんですよね」
「まぁ、そうとも言えるかしら? 人に決めて貰うのって楽だものねぇ」
「そうですね……そういう意味では、私もルイに甘えていたんだと思います」
狭い世界でルイと一緒に居るのが当たり前だったから気づかなかったこと。
こういうことがなければ、もしかしたら一生気づかずに過ごしていたかもしれない。
「ローナさん、私ね」
ミリーはどこか吹っ切れたような、晴れやかな顔で言った。
「ルイに嫌われるのが凄く怖いんです。だから今もどこかでルイの言うことを聞いた方がいいんじゃないかって悩んでたんだと思います」
もともとミリーは誰かと衝突するのが苦手で自分が我慢すればいいと考える性質だった。その方が遥かに気楽だったからだ。自分が傷つくのも嫌だが、相手を傷つけて嫌われる方がよほど怖い。ならば自分自身の心をほんの少しだけ騙して、相手を尊重する方がいい。
「けど、ルイのことを受け入れられないなら、ちゃんと嫌われる覚悟をしないと駄目なんですよね」
おそらく自分は無意識のうちに、これが嫌で逃げていたのだ。
それがようやく腑に落ちた。ならばミリーの取るべき選択肢はひとつだ。
「……決めました。私、たとえルイに嫌われても自分の意思を貫こうと思います」
そうしないと自分もルイも前に進めない。いつまでたっても未熟な子供のままだから。
ローナの言う通り、罪悪感からルイと恋人関係になったら絶対に後悔する。
それだけは疑いようもなかった。
「うん、応援するわ。それにどのみち、一度はルイ君のこと殴った方がいいと思うわよ?」
「えっ!? な、なんでですか!?」
「ん? だって彼、結構強引な手段でミリーちゃんに言うこと聞かせようとしたのでしょう? そういうのは本人のためにも一度ガツンとやり返さないと!」
当然でしょ? という顔をローナがするので、ミリーは思わず吹き出してしまった。
「ふふっ、確かにそうですね! 殴るのは難しいですけど、されて嫌だったことは伝えて謝って貰えるように努力してみます」
「そうそう、その意気よ! 頑張ってね!」
「はいっ!」
方針が決まると途端に気持ちが軽くなる。やはり自分でも無理をしていたようだと今更ながら実感した。
そうしてちょうど話が一段落したタイミングで、計ったかのようにコナーが戻ってきた。彼はローナの指示通り飲み物を調達してきてくれて、ミリーにも手渡してくれる。冷たいオレンジジュースだった。
「はいこれ。ローナのワガママに付き合ってくれてありがとね、ミリーちゃん」
「いいえ、むしろ私の方がローナさんと話が出来て凄く嬉しかったです」
「それなら良かった! ローナも満足した?」
「ええ、こんなに可愛い子とたっぷりお話出来て楽しかったわー!」
ローナは買って来て貰ったジュースを美味しそうに飲みながらニッコリと笑う。その表情は同性のミリーから見ても非常に魅力的に映った。これでコナーとは十歳以上も年が離れているとは本当に信じがたい。今度機会があれば若さの秘訣を聞いてみたいとミリーは密かに思った。
一方、ローナの態度に満足げなコナーは自分の分を飲み干すとミリーに話しかけてくる。
「それでこの後ミリーちゃんちのパン屋さんに行ってもいいかな? もともとそれが目的だったし」
「はい、ぜひっ! あ……その前にコナーさん、ひとつお願いしてもいいですか?」
「ん? 俺に?」
ミリーは横で優しく見守るローナの視線を受けながら、グッと身を乗り出す勢いで言った。
「ルイに伝言して貰えますか――二人きりで話がしたいから都合のいい日取りを教えて欲しいって」




