思いがけない人生相談【2】
ミリーの目から見てローナは少女のような愛らしさを持つ女性だった。
ふわふわで色素の薄い髪と青に銀が入った珍しい瞳を持ち、整った顔立ちをしている。しかし醸し出す雰囲気は明らかに年上だと思わせる落ち着きを放っていた。おそらくコナーと同い年くらいだろう。
コナーも人を和ませるような印象の好青年なので、並んでいる姿を見るととてもお似合いのカップルだと思った。
「……ミリーちゃん、聞いてる?」
「あ、はいっ! すみません、ちょっとぼーっとしていて」
コナーの心配顔に作り笑いを返しながら、ミリーは内心でこっそり「貴方の恋人をルイの恋人と勘違いしてごめんなさい」と謝る。一方、コナーは少しだけ緊張を孕ませながらミリーに対して話を振った。
「あのさ……ルイとはその後どう? ちゃんと仲直り出来た?」
「…………えっと、その」
「あー、ごめん。その反応だけでなんとなく察したわ」
コナーは気まずそうに頬を掻く。
「いやまぁ、ルイがここんところかなり調子悪そうだったから、なんとなくそうかなーとは思ってたんだけど……」
「ルイが……? 調子悪そうなんですか?」
「あー、別に仕事に支障をきたすほどじゃないけど。ふとした瞬間にへこんでるというか、遠い目をしてるというか」
「そう、ですか……」
なんとなく罪悪感が湧いてしまうのは、己の性分ゆえだろう。ミリーが思わず深い溜め息を吐いたところで、今まで話に加わることのなかったローナが突然、
「ねぇ、ミリーさん。隣、少しいいかしら?」
と言って、こちらの返答を待たずにミリーの右隣に座った。驚きで目を瞬かせるこちらへ、彼女はどこか悪戯っぽく微笑む。さらにローナは立ったままのコナーに対して、いきなりぴしりと人差し指を向けた。
「あのねコナー、ちょっと席を外してくれる? わたし、ミリーさんと二人きりでお話がしたいの」
「え……えっ!? ローナ、それってどういうつもり!? 俺たちデート中じゃ――!?」
「ええ、だから三十分くらいしたら戻って来てね? あ、飲み物も買って来てくれると嬉しいなぁ」
ミリーはそのやりとりをポカンと眺めるほかなかった。見かけによらずローナは押しが妙に強い。ニコニコと可愛らしい笑顔を浮かべながらも決して譲らない雰囲気が滲み出ている。ミリーが分かるくらいなのだから、恋人であるコナーはもっと肌で感じているだろう。
彼はミリーの方をチラリと見た後で、仕方なさそうに苦笑いを浮かべながら肩を竦めた。
「……了解。それじゃあミリーちゃん、悪いけどローナの話に付き合ってくれると嬉しい」
「えっ!? そ、そんな、お二人はデートの最中なのにお邪魔ですよねっ!?」
「いや、そもそも無茶を言い出してるのはこっちだから……悪いね、ローナは言い出すと聞かないんだ」
ミリーちゃんの分も飲み物買って来るね、と言い残し、コナーはさっさと広場を後にする。
当然この場に残されたのは初対面のローナだけだ。一時はルイの彼女だと勘違いしていたこともあり、ミリーとしては非常に居心地が悪い。
逆にローナの方はこちらを興味深そうに見ながら、積極的に話しかけてくる。
「いきなりごめんなさいね。迷惑だったかしら?」
まったく迷惑ではないと言えば嘘になるが、流石に空気を読んだミリーは無難に愛想笑いを返した。
「あ、いえ……大丈夫です。えーっと、ローナさんとお呼びしても?」
「もちろん! わたしはコナーと同じくミリーちゃんって呼んでもいいかしら? ちなみにおいくつ?」
「はい、大丈夫です。年はもうすぐ十七歳になります」
「あ~やっぱり若いのねぇ! わたしとは十五歳も違うのかぁ」
どおりで肌艶が違うわけだわー、と自身の頬を軽く触りながら呟くローナ。
一方ミリーは彼女の話した内容があまりにも衝撃的すぎて、思わず素っ頓狂な声を上げた。
「え、嘘っ!? ローナさんって……さ、三十二歳、なんですかっ!?」
「そうよー? 見えない?」
「まったく見えません! どう見てもコナーさんと同い年くらいにしか……っ」
「あらやだ! ありがとう! 嬉しいわー」
そう言って微笑む姿はどう高く見積もっても二十代前半にしか見えない。
ミリーの頭の中に年齢不詳という単語が浮かぶ中、ローナは優しく言葉を重ねた。
「そんなわけで、わたしはミリーちゃんからすると実はとってもお姉さんなわけだけど……もし何か悩みがあるなら、お姉さんに話をしてみる気はないかしら?」
その申し出があまりにも意外でミリーは思わず息を呑む。彼女の言葉の意図がよく分からない。その困惑が伝わったのだろう。ローナが少し間をおいてから改めて口を開く。
「余計なお世話かもしれないけど、コナーとのやりとりを見てたらどうしても気になってしまって……ルイ君とのこと、かなり拗れているのでしょう?」
「……そんなに分かりやすかったでしょうか、私」
「ええ。初対面のわたしが一発で見抜ける程度には、ね?」
そこまで顔と態度に出ていたとは恥ずかしい。居たたまれなくなったミリーは顔を俯かせてしまう。
「わたしはルイ君のことは一応知ってるけど特に親しいわけじゃないし、こういうのって関係ない第三者への方がかえって話しやすいんじゃないかしら?」
わたしも昔そう言ってくれた人に話を聞いて貰ってスッキリしたことがあるから、と彼女は付け足す。
確かに、ルイとのことはこの二週間、誰にも相談出来ずにいた。両親も友人知人も古くからルイのことをよく知っている。だからこそ迂闊なことは話せなくて一人悶々とするしかなかった。
(……もしかしたら、いい機会なのかもしれない)
グルグルと思考の迷宮に迷い込んでいるのも事実。
ここは話を聞いて貰うことで頭を整理するべきではないか。ミリーの心は大いに揺れる。
「あ、もちろん聞いたことはコナーには一切漏らさないから安心してね?」
まるでこちらの懸念に対し先回りするかのように言って、ローナが可愛らしくウインクをする。
非常にお茶目な人のようだ。そして雰囲気がどこまでも柔らかくて安心する。
(こういうところにコナーさんも惹かれたのかなぁ)
なんだか少し肩の力が抜けたように感じた結果、ミリーは自然と顔を上げて口を開いていた。
「……それじゃあ、お言葉に甘えて。話を聞いて貰えますか?」
即座に頷き返してくれた頼もしさに背を押されるように。
ミリーは今までの経緯をローナに話し始めた。




