彼の言い分【2】
「ねぇ、ルイ。私からも聞いても良いかな?」
「……いいけど」
「どうしてあの日、あんなに訓練見学されるの嫌がったの?」
「それは……お前の存在が周囲に知られると面倒だからだ」
面倒という言葉に引っ掛かりつつも、ミリーは半ば確信を持つ。
(やっぱりあの場にルイの彼女が居たのかな。それで、私との関係を勘繰られるのを嫌がった、と)
ミリーはジュエリーショップでの光景を思い出す。顔はよく覚えていないけど、とても可愛らしい雰囲気の人だった。そしてたぶん年上だったような気がする。この不愛想なルイを簡単に赤面させ、笑顔にしてしまう魅力を持った女の人――
(そりゃああんな人が近くに居たら、鈍くさい幼馴染なんて選ばないよね、普通……)
自分で言っていて悲しくなってくるが事実なので仕方がない。
ミリーの世界がアーサーのおかげで少しずつ広がっていっているように、ルイの世界も騎士団に入団し彼女が出来たことで日々変化しているのだろう。成長というやつだ。
それが少し寂しいとは思う。けれど、言ってしまえばそれだけのこと。
いい意味でも悪い意味でも、ミリーとルイは子供の頃からずっと一緒だった。
けどいつもまでも子供で居続けることは出来ない。
どうしたって関係は変わる。その変化の時期がちょうど今で、結果的にミリーはルイに選ばれなかっただけなのだ。誰が悪いわけでもない。どこにでもありふれた失恋の一幕。
(まぁ、初恋は実らないって言うしね……)
ミリーは紅茶で喉を潤しながら、ふぅと息をつく。
するとタイミングを計ってたのか、ルイが自分の手荷物の中から小さな紙袋を取り出した。
何やら見覚えがある気もするが思い出せない。彼はそれをテーブルの上に置くと、
「――やる」
と素っ気なくミリーの前に押し出した。
「え、なにこれ?」
「……詫びの品」
「詫びの品……って、ええ……?」
本当に天変地異でも起こるのではないかと、ミリーは大概失礼なことを考えてしまった。しかし相手はあのルイなのだ。誕生日でもないのに彼が自分に贈り物をしてくるなど前代未聞。
「そんなに気にしなくていいのに……」
追い返された理由が判明したこともあり、ミリーは逆に申し訳なくなってしまった。
ルイはただ単に自衛をしただけ。確かに言葉はきつかったが、咎められるようなことでは決してなかったと今なら理解出来る。
「……なんだよ、不満なのかよ」
「いや、そうじゃなくて申し訳ないなって。私が勝手に傷ついて泣いただけだし……」
「これは俺のケジメの問題だから。いいから受け取れ」
そこまで言われてしまえば突っ返すのも野暮だろう。ミリーはおずおずと手を伸ばして紙袋を受け取る。そのまま中を覗き込むと綺麗に包装された長方形の箱が入っていて――そこで初めてミリーは気づいた。
「ルイ、これ……もしかしなくてもアクセサリーか何かなの……?」
「……まぁ、そうだけど」
「じゃあ受け取れないよ!!」
「は……はあぁ!? なんでだよ!?!?」
「なんでって、彼女さんに悪いでしょ普通……彼氏が自分以外の人にアクセサリーを贈るとかデリカシーがなさすぎるからね……?」
ミリーは軽い頭痛を覚えた。一緒に育って来たからこそわかる。ルイは恋愛経験に乏しい。少なくとも十五歳までは誰とも付き合ったことがなかった筈だ。告白は何回かされていたようだけれど、その都度「興味ない」と素気無く断っていたのは知っている。だからこそ、そんな中で特別な立ち位置の自分はルイの特別だと勘違いしたわけだけれど――正直これはない。幼馴染に贈るものの範疇を超えている。
「……彼女って、お前はいったいなんの話をしてんだよ……?」
「別に惚けなくていいよ? ルイが綺麗な女の人と付き合ってること、私もう知ってるから」
「…………」
どうしてかルイが絶句している。しかし無理もないかもしれない。きちんと報告する前に交際がバレていたと知ったら動揺するのも当たり前だ。ルイの性格ならなおさら。
「というわけで、これは受け取れません。まだ包装も解いてないからお店に行って返品と返金の相談した方がいいんじゃないかな?」
私はルイの気持ちだけで十分だから、と晴れやかに笑えば、相対的にルイの顔色がみるみるうちに青褪めていく。彼はこちらを凝視しながら口をハクハクさせていた。本当に今日のルイはどこかおかしい。
「……ルイ? もしかして具合悪い? それなら無理せず帰った方がいいんじゃない?」
紙袋をルイの方に軽く押し戻しながらミリーは心配の言葉を紡ぐ。
すると突然、ルイがそんなミリーの左手首をガッチリと掴んだ。瞬間、治りかけていた箇所がズキリと痛む。
「ッルイ! やめて、痛い!! 怪我してるって言ったでしょ!?」
堪らず声を張り上げるが、力こそ緩んだものの拘束は解かれず。自分よりひやりとした体温を手首に感じながら、ミリーはルイの行動の理由を探ろうと目線を上げる。
すると相手もこちらを凝視していて――その濃紺の瞳は、明らかな怒りと焦りを強く孕んでいた。
「なんなんだよ、お前……俺に彼女とか、意味わかんねぇこと言いやがって」
絞り出すような、苦痛の滲むような声。
ミリーはそんなルイの態度にしばし唖然としたが、なんとか会話をしなければと頭を働かせる。
「だってルイ、女の人とジュエリーショップでデートしてたでしょ? 私それを偶然見かけて」
「あれは……っ!! ……あれは違う。あの人はコナー先輩の彼女だ」
「え……えええっ!?!?」
驚きのあまり素っ頓狂な声を上げたミリーに、ルイは呆れ混じりの溜息をついてから続ける。
「あの店で会ったのは偶然だ。俺がお前用にプレゼントを選んでたら声を掛けられただけ。一応、コナー先輩を通して面識があったから」
「で、でも……それにしては仲良さそうというか、ルイ笑ってたし……っ」
ミリーがあの女性をルイの恋人だと思った理由はそこにある。
ルイは本当に不愛想で滅多に笑わない。幼馴染であるミリーにだって、あんな風に心底嬉しそうに笑いかけてくることは稀なのだ。だからこそ、そんな表情を引き出す彼女こそがルイの特別なのだと考えたのだが――
「笑ってた……? ああ、それはたぶん……お前とのこと応援されたからだ」
「…………は?」
「『彼女に喜んで貰えると良いね』って言われたから。先輩の彼女で俺に気がないことも分かってたから、普通に嬉しかったんだと思う」
喋ったことで落ち着いてきたのか、ルイの表情から険が徐々に抜けていく。しかし逆にミリーはどんどん表情を硬くしていった。与えられる情報の多さに脳の処理が追い付かない。
――それでも、ミリーの中でひとつ、どうしても確認せざるを得ない疑問だけはハッキリしていた。
「……ルイ、手、放して」
ルイは僅かに迷う素振りを見せた後で、そっと拘束していた手を放す。
気まずい沈黙の中、ミリーは取り戻した手首をそっと撫でながらポツリと零した。
「……ねぇ、ルイ。私の勘違いだったら申し訳ないんだけど――ルイって、私のこと好きなの?」
その声は殊の外、室内に響いた。
ミリーは顔を俯けたまま、相手の返答を静かに待つ。時間にしたら数十秒も経っていないだろう。
ほどなく前方からどこか気だるげな吐息が聞こえた後で、
「そんなこと、今更言わなくても分かんだろ」
彼はぶっきらぼうにそう言ったので。
「っ……分かる訳ないでしょ、そんなこと!!!!!」
気づけばミリーは自分でも信じられないくらいの声量で、心から叫んだ。




