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騎士になった大好きな幼馴染【2】


 騎士団の建物内をこうして見学するのも勿論初めてで、何を見ても新鮮だった。キョロキョロと忙しなく目線を動かすミリーを微笑ましそうに見ながら、ふとコナーが口を開く。


「そういえば、さっきの差し入れにパンだけじゃなくお菓子も入ってたけど、あれも売り物なの?」

「あ、それは違うんです。私が個人的に作ったもので……」

「やっぱり! 実はちょっと味見させて貰ったんだけどさ、パウンドケーキめちゃくちゃ美味かった!」

「っ! ホントですか?」

「マジマジ。胡桃のザクザクした食感がめちゃくちゃ良かった! あと酒が少し強めなのも」


 狙い通りの部分を褒められて自然と頬がゆるむ。

 これなら少なくともマズいとは言われなくて済みそうだ。


「喜んで貰えたなら嬉しいです。ご迷惑でなければまた作ってきますね」

「やった! 実はそれ期待して話振ったとこあるんだー」

「あはは、もしかしてコナーさんも甘いものがお好きなんですか?」

「好き好き、超好き! って、コナーさんもってことは」

「はい、ルイも昔から甘いものが好きなんですよ。知りませんでした?」

「全然! あいつ、普段から自分のことあんまり話さないしなー……って、はい、到着っと」


 そう言ったコナーの目線の先を追えば、そこは確かに訓練場だった。

 彼の誘導により観覧スペースの方へ進むと、既に先客として何人かの年若い女性たちが見学をしている。明らかに貴族と分かるご令嬢もいれば、ミリーと同じように平民と思しき少女の姿もあった。


「お、ちょうどいい。ルイの番みたいだぞ」

「えっ!?」


 コナーが指さした方角へ目を向けると、そこには幼馴染の姿が確かにある。

 短めの黒髪に濃紺の瞳をした精悍な顔つきの少年。

 周囲の騎士たちと同じく訓練着に身を包んだ彼は木剣を構えながら相手と冷静に対峙していた。

 十六歳という年齢もありどちらかといえば細身ではあるものの、引き締まった体躯に真剣な表情を浮かべる姿は凛々しく目を惹く。


(……か、かっこいい……っ!!!)


 ミリーの目線はルイに文字通り釘付けだった。

 荷物を胸の前で抱き締めながら固唾をのんでルイを見守る。


(とにかく、怪我だけはしませんように……!!)


 祈るような気持ちで見ていると、審判の掛け声で模擬試合が開始された。相手の騎士は細身のルイよりもかなり横幅があり大柄で筋肉質だった。それだけで素人目にはルイが不利なように見える。だが、ルイの表情には焦りも不安も微塵もなく。ただ相手を観察するような鋭さだけがあった。


 先に踏み込んだのは相手の騎士。膂力とリーチを活かした大振りの軌道をルイが器用に剣の腹で反らす。そのまま相手の懐に飛び込んだ彼は、勢いを殺さずにがら空きの胴を狙った。

 しかし相手も簡単にはやられない。俊敏にバックステップを踏んでルイの剣から逃れると、今度は正面からの打ち合いを挑む。

 一方のルイは重い打撃を剣で受け流しながら、相手の力を利用して大きく距離を取ると素早く走って側面へと回り込む。それに反応した相手が横薙ぎに振った一撃を姿勢をギリギリまで低くして躱したルイは、一気に踏み込むと相手の右手元に向けて剣を奔らせる。


「あっ……!」


 思わずミリーは声を上げた。瞬間、相手騎士の手から木剣が零れ落ちる。

 それは同時に試合の決着を意味していた。


「そこまで! 勝者、ルイ!!」


 きゃあっ! と小さく歓声が湧いたのはミリーの周囲からだった。どうやら見学に来ていた何人かの少女たちはルイが目当てだったらしく、そこここで黄色い声が耳に嫌でも入ってくる。中には貴族と思われる美しい女性の姿もあった。扇子で口もとを隠しながらも、その視線の熱から彼女の目当てがルイであることは明らかだ。

 コナーは見学者の存在自体は珍しくないと言っていた。つまりこれは日常風景ということになる。


(……なんか、ちょっと……いやだな……)


 今までルイはミリーをとりわけ騎士団に長居させようとはしなかった。そのことと合わせて、ミリーの胸の中にモヤモヤとした気持ちが芽生えてしまう。


 どうやら今の試合が最後だったようで、訓練中の騎士たちは各々休憩をとるために動き出していた。ただ試合を終えたばかりのルイの周囲には同期と思しき騎士たちが労いの言葉を掛けている。ルイ自身も笑顔でそれに応じていた。和気藹々とした雰囲気に自分が知らないルイが垣間見えて、どこか寂しさを感じてしまう。


「……ミリーちゃん、どうしたの? ルイが勝ったのに嬉しくない?」

「え!? や、そんなことはないです……っ!」


 コナーの声で我に返ったミリーは咄嗟に作り笑顔を浮かべた。勝手に嫉妬して落ち込んだ挙句、コナーにまで変な目で見られるなんて恥ずかしい。


「そう? ……あ、もしかしてルイが思ってたよりモテてて焦っちゃったとか? まぁアイツも俺ほどじゃないけど顔は良い部類だからなー」

「あはは……実はそうなんです。ルイはかっこいいから昔からモテるんですよ」

「かー、やっぱりかー! ま、でもアイツ基本不愛想だし、そんなアイツのこと分かってるのは幼馴染のミリーちゃんくらいだから自信持てって、な?」


 茶化しつつも励ましてくれるコナーの優しさに、今度は作り笑いではなく自然な笑みが零れる。

 そしてミリーが、ありがとうございます、とコナーにお礼を口にしようとしたその時。


「……お前、なんでこんなとこに居んの?」


 突然、ミリーとコナーの和やかな空気に冷や水を浴びせるような言葉が投げられた。


「あ……っルイ! お、お疲れさまっ」


 ミリーはいつの間にか近くまで来ていたルイに驚きつつも、気を取り直して笑顔を向ける。

 だがルイの表情は硬いままで、あからさまに不機嫌さが雰囲気から滲み出ていた。ここまでルイが機嫌を損ねることは珍しく、ミリーはただただ困惑の色を深める。


「あ、あの……ごめん、その、勝手に見に来たりして」

「違うぞルイ! オレがミリーちゃんに見学を勧めたんだ。だからそんなピリピリすんなって、な?」


 コナーが取りなすように話しかけるがルイの表情は依然として険しい。さっきまで他の騎士たちにはあんなに楽しそうな笑顔を向けていたのに。どうして自分にだけこんなにも冷たい顔をするのか。


(そんなに私に見学に来られるのが嫌だったの……?)


 ミリーは泣きたくなる気持ちを抱えながら、ルイになんと声を掛けるべきか迷う。と、そこへルイの背後から何名かの騎士たちが好奇心を隠さない様子でこちらへと近づいてきた。


「なんだよ、なにかと思ったら可愛い子がいるじゃん! ルイの知り合い?」

「オレ知ってる! パン屋の子だよね、いつもルイに差し入れしてくれてる子!」

「マジ!? あそこのパンめっちゃ美味いんだよなぁ! じゃあ今日も差し入れあるってこと? あ、その籠の中?」

「あ……っ」


 知らない騎士から手を伸ばされそうになって咄嗟に身体を引いたミリーだが、そのせいで体勢を崩して転びそうになってしまう。だが、


「っと……大丈夫? ミリーちゃん」

「コナーさん……! あ、ありがとうございます」


 ちょうど背後に居たコナーが支えてくれて無様を晒すことは避けられた。支えられたまま顔だけ振り返ってお礼を言うミリーだが、次の瞬間、右手首を取られてグイと大きく前方へ引っ張られる。


「きゃっ!?」

「っ……なんでこんなに鈍くさいんだよ、お前は」


 引っ張ってきたのは誰あろうルイだった。彼はコナーとミリーを引き離すように距離を取らせると、掴んだままのミリーの右手首に力を籠める。先ほどまで試合をしていたからか、ルイの体温が酷く熱く感じる。まるで火傷しそうなほどに。


「い、痛いよ……っ! ルイ、離して……っ」


 痕が残りそうなほどの強い痛みから知らず知らずに涙声になってしまったミリーに、ハッとした様子を見せたルイが慌てて手を離した。どうやら無意識だったらしい。どこかバツの悪そうな顔をするルイが心配になり、ミリーは勇気を出して声を掛ける。


「ねぇルイ、なんで怒ってるの? そんなに見学されるの嫌だった? 私は……その、嬉しかったんだけど」

「は? ……なんで?」

「なんでって、ルイが活躍しているところ見られたからだよ? 凄くかっこよかった!」


 ようやくいつもの調子を取り戻せてきたミリーは、ルイを仰ぎながら破顔する。大好きな人の一所懸命でかっこいい様子を見られて喜ばない女子はいない。ミリーも例外ではなく、本当は今度来る時にも是非見学させてほしいとすら思っていた。


「あーさっきの試合見てたんだ! ルイ強かっただろー? あの先輩に勝てるの、俺らの世代じゃ今はルイくらいだしな」

「でもまぁ、ルイもそりゃ気合い入るよな! こんな可愛い彼女が応援してたらさー」


 彼女、という言葉にミリーの心臓がドクンと跳ねる。もしかしたらこれは絶好の機会かもしれない。ルイ目当ての少女たちの存在を知ってしまった今、自分がルイの幼馴染で――特別な存在なのだと伝えたかった。

 だが、そんなミリーの淡い期待は粉々に砕かれる。


「やめろ。こいつは彼女なんかじゃない」


 他ならぬルイによって。

 確かにミリーはルイの彼女ではない。だけど、こんなにもハッキリと否定されるなんて思ってもみなかった。唖然とするミリーの傷ついた心などこれっぽっちも気づかず、代わりに眉根を寄せたルイの視線が刃のように鋭く突き刺さる。


「――この際、はっきり言わせて貰うけどさ」


 騎士らしく短く整えられた黒髪を苛立たし気に掻き上げながら、彼は言った。


「お前に来られると迷惑なんだよ」


 全身が凍り付いたかのような衝撃に、ミリーはその場で呆然と立ち尽くす。

 背後ではコナーが「おい、ルイ!」と彼にしては珍しく声を荒らげて怒っているのが分かった。険悪な雰囲気に他の騎士たちや様子を窺っていた見学の少女たちもこちらを注視している。

 そんな中で、ルイはなおも冷たい声を重ねた。


「こっちは遊びじゃないんだ。用があるなら俺の方が帰るから、お前は金輪際ここに来るな」

「っ……ご、ごめ……なさ、い……」


 咄嗟に口から出たのは謝罪。次いで湧き上がってくるのは、どうしようもない自己嫌悪だった。

 こんなにもルイに迷惑がられていただなんて想像もしていなかった。

 騎士になってからルイは本当に忙しくて、ミリーが訪ねなければきっと年に数回も会えてはいなかっただろう。だが、それを寂しいと思っていたのはミリーだけだったのだ。


 そもそも自分達は恋人でも何でもなくて。ただの幼馴染で。

 お互いが特別だと思っていたのも全部全部、ミリーの独りよがりな勘違いで。


「……あの、これ。おばさんから」


 ミリーは全身を羞恥で真っ赤に染めながら、震える手で荷物の布袋を差し出す。一方でパン籠を渡す勇気はとっくに失われていた。

 ルイは何も言わずに布袋を受け取ると、


「用が済んだんなら、もう帰ってくれ」


 トドメのようにミリーを真っ向から拒絶する。ミリーは反射的に下を向いて鼻を啜りながら乱暴にゴシゴシと目元を擦った。涙が勝手に溢れてきて止まらない。こんなにも惨めな気持ちになったのは生まれて初めてだった。


「っおい! ルイ、お前マジでいい加減にしろよ!」

「……コナー先輩には関係ないでしょう? というか、なんでこいつを連れてきたんですか。最初から待合室で待たせてればこんな面倒なことには……」

「だからってお前の苛立ちにこの子を巻き込むなよ! こんなに怯えて可哀想だろうが!!」

「っ先輩こそ、なんでこいつに構うんです? ……もしかして、こいつに気があるんですか?」

「今はそんな話してねぇだろ! この子がどんな気持ちでお前に会いに来てるか少しは考えろよ!」

「だから……ッ! それが余計なお世話だって言ってるんですよ!」


 コナーの擁護の声と反駁するルイの言葉を聞けば聞くほど、胸が苦しくなっていく。

 ミリーはもうこの場に居ることが耐えられず、


「っ……コナーさん、ごめんなさい。わたし、かえります……っ」

「! ミリーちゃん……」


 コナーの服の袖を軽く引いて会話を止めさせた。そんなこちらの行動にまた苛立ったのか、ルイがあからさまな舌打ちをする。

 ミリーはそこまで自分がルイにとって気に障る存在だったという事実に、飽きもせずまた打ちのめされた。


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